自分から歩み寄れますか? 

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■前回までのあらすじ
転職先の経営トップに改革提言を行った押川は、なぜか社長の逆鱗に触れ、権限を剥奪されてしまう。 経営大学院のクラス「パワーと影響力」での議論を通して、社長が自分に何を期待していたのか、その裏にある経営者として苦悩を理解しようとしていなかった自分の未熟さを痛感し、「もう一度やり直したい」という気持ちが湧き上がってきた。ただ、関係が悪化した社長とどうやって修復を図ったらよいのか。そのクラスで上司との関係修復を行うロールプレイを体験したところ、上司の前で「自分の考えを正当化しようとしてしまう自分」「謙虚になれない自分」「頭を下げられない自分」の姿が浮き彫りにされた・・・。

主な登場人物

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※文中に出てくる姓名は全て仮名・仮称です。

■そもそも自分の成し遂げたかったことは?
「パワーと影響力」のクラスで講師がこう問いかけた。

「人を動かす際には目的がある。その目的が明確になっているか、最終ゴールは何か、そして何よりも、自分はその目的を果たしたいと心底思っているか。絶対に目的を果たしたいのなら、したたかさも必要だし、つまらない見栄やプライドなど捨てられるのではないか」

押川は、社長との関係修復に一歩踏み出す勇気を奮い立たせようと自問した。

「そもそも、なぜ自分は、順調に業績を上げ評価も得ていた総合商社を辞め、ボーダーレス社に転職したのか?」

前職で徐々に感じていた閉塞感を打破したかったことも1つだが、よりポジティブな動機はグローバル化を目指す会長の熱い思いに共感し、真のグローバル化を自分がリーダーシップを発揮して実現したいと思ったからだ。今回の組織変革提案も、その上に乗っていたはずだった。

「ボーダーレス社のグローバル化で本当に実現したいことって何だ?」
「なぜそれを目指したいんだ?」
「俺は本当に実現したいのか?」
「なぜ俺でなければいけないのか?」
「自分ひとりでできるのか?」
「今回の提案内容や進め方でそれが実現できたのか?」
「単に自分がリードしたいとか自己顕示欲を満たしたかっただけでは?」

クラスの最中に何十回繰り返しただろうか。悶々としながらも自問自答を通して押川の心の中は次第に整理されていった。

「グローバル化に果敢にチャレンジしているボーダーレス社の経営姿勢や理念に共感している。任せてもらっているし、これまでで最高の舞台に立っている。ここで結果が出せないようならどこに行っても駄目だ。この環境でどうやったら結果を出せるのか、自分は学びたい。一歩踏み出せ、自分!

押川がDay1クラスから帰宅すると、クラスメートの水島がフェイスブック1つのコメントをアップしていた。時計は既に深夜12時を回っていた。

「今日はなかなか濃いディスカッションでした。みなさんありがとうございました。実は本日とある人物と関係がこじれてしまい、悶々とした気持ちを抱えながらクラスに臨んだのですが、クラス終了後、相手方に渾身のメールを送ったところ、見事に氷が溶けました。クラスの皆様、ありがとうございました」

これを読んだ押川がついに動いた。

「自分から相手に対する気持ちの対立を無くすしかない。自分の行動が変われば相手も変わる。自分から一歩踏み出す勇気を振り絞れ!」

■深夜の詫び状
押川は、会長・社長宛てに下記の謝罪メールを書き上げ、明け方に送信した。

**********************************
会長・社長 殿

この半年間の私の行動について心からお詫び申し上げます。

なぜこのような事態を招いてしまったのかずっと考えました。結論として、私の自己中心的な考え方や間違った優先順位が原因であったということにようやく気づきました。

我々は、我が社のマネジメントとしてというより、まずは人間としてどうあるべきかが問われます。

利益を上げることを考える前に、まず私は、従業員に対してもお客様に対しても社長に対しても、誠実でなければなりませんし、一体感をもたなければなりませんし、公平でなければなりません。

もし一体感を失ったり、人の裏でアクションを起こしたりするようなら、ビジネスを失ってしまったほうがましでしょう。

是非とも組織改革について話し合う場をつくらせてください。私の立場がどうなろうと、いかなるご決断をも受け入れる用意があります。 我が社が良くなるための話し合いを持たせてください。社長の決断に従い、ベストを尽くすことをお約束します。

私心をもって申し上げているのではありません。これまで私は良心ある人間としてというよりも、頭でっかちで傲慢に振舞っていたことがようやく分かりました。

これは私の偽らざる気持ちです。お許しいただけますよう心よりお願い申し上げます。

金曜日に社長にお会いし、お話しできることを楽しみにしております。

押川
**********************************

■トップとの和解
押川は、上辺だけ媚びるのではなく、本当に相手を理解するために自分の心を開き、社長の懐に裸で飛び込んだ。本気で社長やチームメンバーの成長・アウトプット最大化のために仕えることをコミットした。同時に、一歩踏み出すため自分に勇気を与えてくれたクラスメートたちへの感謝の気持ちで一杯だった。

翌朝、会長・社長から別々に話があり、押川は感謝された。社長は押川の提案により自分の足りなかった面を見つめるきっかけをもらったとも言ってくれた。社長の謙虚さに押川は頭が下がる思いだった。同時に、押川に対して率直に次のようにフィードバックした。

「押川さんの提案された方向性が、大きく間違っているとは思わない。ただ、その進め方には多くの改善しなければいけない点があると思っています。押川さんは海外の現場の支持を得ていると思っているかもしれないが、あなたの強引なコミュニケーションや進め方に対して海外から否定的な声が私の耳には入ってきています。もっと謙虚さがないと現場との信頼関係も作れず、あなたのプランは前には進まないでしょう」

押川にはなかなか厳しいものだった。しかし、その率直さは社長から自分に対する今後の期待だと受け止めることができた。何より社長から直接こういうフィードバックをもらえることがありがたく、嬉しかった。最後にふたりは男同士でハグし、短いミーティングを終えた。押川にとって人生初の行動だった。

一方、会長からは、「メールありがとう。大きな前進だ。自分が考えていることは必ずしも正しいとは限らないのだから、お互いを尊重して謙虚に意見を聞き合う姿勢が大切なんだ」というメールをもらった。

2日後、押川はトップ3とミーティングを行い、事業部の根幹にかかわる提案に合意を得ることができた。

なぜ、関係修復ができたのか。押川は次のように振り返った。

1. わだかまりを解消して臨んだことによりビジョン(あるべき姿)を共有できたこと
2. お互いの不信感が無くなったことにより、「大筋で合意してから詳細を議論する」ことができたこと。これまでは疑心暗鬼のあまり、詳細を見るまでは大筋の合意さえもできなかった
3. 相手のバックグランドやビジョンを振り返り、「社会的な力」や「一貫性の力」を使って説明したこと

テクニックによって「イエス」と言わせたのではなく、根本的な考えのところで参加者全員の理解が得られた。押川には、そのことが一番嬉しかった。

​< 講師解説​ > 気持ちの対立を無くすには、自分から歩み寄る勇気を持て!

自らの目的を実現するために、悪化した相手との関係を修復したいのであれば、自分から相手に歩み寄る必要がある。そのためにはまず、相手が考えていること、求めていることなどを理解する努力が不可欠である。その上で、謙虚さをもって自分が先に相手のために行動する。それにより相手からの返報性が期待でき、相手に心を開いてもらえる可能性が高まる。しかし、普通、人は自分を正当化したり、自分の考えを相手に納得させようとしたり、自分起点で考えてしまいがちである。

エドガー・H・シャインは次のように述べている。

“上に立とうとするのではなく、自分をあえて弱い立場に置くことを学べば、より良い関係が築ける。自分をさらけ出し、あえて弱い自分を見せることは自尊心が傷つけられるので難しいと思うかもしれないが、人との付き合いを深めていく上でもっとも重要な要素である”
(『問いかける技術』、2014年)

競争に勝たなければならない時代には自己主張することが賞賛されるので、謙虚さを実践したりすればせっかくの地位を失いかねないという恐怖にかられるかもしれない。だが、これからは相互依存が基本的な前提となる仕事が増えていく。謙虚さの無いビジネスパーソンは、仕事の幅が狭まっていく

過去、競争に勝ち続ける人生を送ってきた押川にとって、人とのコミュニケーションで意識してきたことは常に勝つための“駆け引き”だったと本人は言った。そんな押川には、謙虚に振舞うことは自分を劣位に置いてしまうことだと感じていたのだ。

その意識を変えるきっかけを与えたのは、自分と同じような問題意識を持っている経営大学院のクラスメートの変貌だった。厳しく自己内省し、新たな行動に踏み出していく仲間の姿は衝撃的だった。押川は過去の自分の価値観を全否定するほどの激しい葛藤に悩みながら、自己変革の勇気を振り絞った。ひとりだったら決して越えることのできない壁だった。

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