家族と会社の人は別、一線を引いてます 

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■前回までのあらすじ
社長に会社の変革提案をしたものの受け入れられず、その苦しい胸のうちを初めてクラスメートに打ち明けた押川。押川が尊敬する塩浜は、「本当に成し遂げたいことがあるのなら、もっと“したたか”にやらないと。正論だけ言っても人は動いてくれない」とアドバイスする。押川はその意味するところをまだ十分には消化しきれてなかったが、塩浜が薦める『パワーと影響力』というクラスを受講することを決めた・・・。

主な登場人物

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※文中に出てくる姓名は全て仮名・仮称です。

■「モノにできるかどうかは自分自身の姿勢次第ですよ」
『パワーと影響力』とは、「人はある目的を実現するためには、何らか他人に働きかけて動いてもらわなければならない。そのために何をどういう順番で考え行動するのが効果的なのか、その際に陥りがちな難所は何なのかを人間の心理を理解した上でプロセスにもとづいて整理してゆく」というクラスだった。いかに人と上手く関係性を構築していくかは、単に仕事にとどまらず生きていく上で誰もが日々悩んでいることもあり、多くの大学院生が受講していた。

クラス開講を前に、過去の受講者のクラス感想文がメーリングリストにアップされた。自分変革のための気付きを得たという熱いコメントが満載だった。押川はメールを投稿し、「自分にはどうしても必要なんです。ここに書いてあることを本当に期待していいのでしょうか?」と、珍しく辛い胸の内をさらけだした。それに対して講師からのメッセージは、「モノにできるかどうかは自分自身の姿勢次第ですよ!」という返事。それは、クラスで相手を打ち負かすようなこれまでの押川のスタンスではなく、自分とは異質な考えをもった相手にも謙虚に向き合い、学ぼうとする姿勢を持てるかを意味していた。このクラスは、会社内でのトップやメンバーへの向き合い方を問い直す擬似体験の場であった。クラスでできないことは、会社でもできない。至極当然のことなのだが、押川はそのことに気づかないまま、初回のクラスを迎える。

■違いを理解することを初めから放棄していないか?
――初回のクラスが始まった。クラスメンバーの構成は、自ら会社を経営している社長、外資系のマネージャー、大企業のシニア、ミドル、女性と、プロフィールだけでも多様性に富んでおり、タイプも異なっていた。クラスの冒頭、講師は「クラスでコミット(約束)したことを必ず行動に移す」ことを学生たちに求めた。最初のケース(マネジメントやリーダーシップを学ぶためのストーリー仕立ての教材)は、MBAを取得しマーケターとしてのキャリアを歩もうと入社した主人公が、最初の上司と考え方が合わず、感情的にも対立を深めていくという設定だ。押川はこのケースの主人公に自分を重ね合わせて考えていた。

講師: 主人公には何が足りなかったのか?

大塚(人材紹介会社社長): ケースの主人公の気持ちはよくわかるなぁ。主人公は上司のことをしっかり理解しようとしていたかと言われても・・・。そこまで本当に必要なの? だって僕は社長の立場ですが、社員のバックグラウンドや彼ら彼女らの関心事が何であるかなんてことまで気にかけてはいないですよ。

高橋(IT会社社長): おう、本音いいね。クラスで大塚さんがそうやって本音で熱く語るのを初めて聞いたよ。

――いつも斜に構えて、あまり自己開示しない大塚が、珍しく冒頭から口を開いた。大塚と同じく社長という立場で受講している高橋も議論に乗ってきた。この大塚の一言がクラスの議論に火を点ける。押川が続いた。

押川: そりゃ無理ですよ。僕も大塚さんに賛成。この上司の方が問題だ

講師: どうして社内の人と接する時に、それが上司であれ、部下であれ、その人のことを理解しようとしないの? 大塚さんや押川さんは、家族に対してもそういうスタンスなの?

押川: いや、もちろん家族のことはしっかり理解しようとして接してますよ。でも会社の人は別でしょ。そこは一線を引いてます。

小川(外資系企業マネージャー): 僕も社員の価値観にまで入り込むことはあえてしてきませんでした。そこまで入り込むのが怖くて。そういう意味では線を引いてます。

講師: なぜ家族と同僚を分けるの? そうやって使い分けるあなたという人間は一人しかいないのに。

水島(IT企業女性マネージャー): 線を引かれてしまっている人は、実は寂しく思っているんじゃないかしら?

高橋: そうですよね。僕は会社社長としての自分も家庭の自分も同じ人間としてつながってなければ嘘だと思う。会社の従業員も大切な仲間として家族同様に考えている。そういう組織を創りたい。だってそれを目指したほうがみんな幸せになれるでしょ。逆に家庭のほうがちょっとなおざりになっているかな?(笑)

――人の心を慮る高橋の発言を以前から素直には受け入れ難かった押川は、次のように言い放った。

押川: 高橋さんは経営者として甘いんじゃないの? 経営者なんだから綺麗事じゃなくて、もっと合理を重視しなきゃ会社は立ち行かないですよ。

――ここで、これまで発言を控えていた大塚が言った。

大塚: でもさぁ、どっちが自分にとって幸せなんだろうね? 相手に線を引くのと引かないのとで? そしてどっちのほうが、自分と会社は成長できるんだろう? 高橋さんの根っこにある考えを聞いて、自分でもわからなくなってきたよ。

――押川は、大塚と自分の考え方は非常に近いと感じていた。その大塚の心が揺れている。大塚が考え方の異なる高橋を、一生懸命に理解しようとしている。その姿を見て押川はふと我に返った。「自分は考え方が違う高橋さんに対して、最初から線を引いてしまって、それを見直そうともしていなかった。なぜ考え方が違うのかを本気で理解することを放棄していたのではないか」。そして、その気付きは、今自分が悩んでいる社長との関係性につながっていく。「これは、小林社長に対する自分の向き合い方と全く同じではないか・・・」と。

< 講師解説 > 「真の自己開示」と「相手への真の関心」が自己変革への第一歩

人は、自分と似たタイプの人間を、また自分とは違うタイプの人間を、学びの対象と見ることもあれば、嫌悪の対象と見ることもある。その対象が上司であっても同じことが言えるだろう。

押川は感じていた。今回のクラスで、「理で押す」という点で自分とタイプが近かったのは大塚(人材紹介会社社長)だった。押川は大塚について次のように語っている。

「同世代で既に社長として会社を経営している彼に対してはどこか尊敬の念とライバル意識を持っていたんだと思います。その彼がクラスのなかで自らの本音を吐露する姿を見て、自分もしっかり自己開示しなければと思いました」

一方、押川と正反対の強みをもったタイプの代表格が高橋(IT会社社長)だった。押川は、高橋に対するクラスでの気持ちの変化を次のように語っている。

「以前の私は、自分と似た強みを持つ人間以外は評価しない人間だったと思います。しかしクラスで高橋さんと本気で接するうちに、次第に彼の持っている“人を動かす力”“理屈を超えて大切なことをつかんでいる点”が見えるようになってきました。私が自己開示したからでしょうか。彼も私に“押川さんはこういうとこダメだよね”ということをズバリ言ってくれるようになりました。私は彼の言葉の真意がどういったところにあるのかを、これまでの自分の価値観をひとまず横に置いて理解しようとすることを始めました」

相手の行動を理解するためには、自分の価値観や尺度で判断することを抑えて、いかに相手の意図や背景を推察することができるかがポイントだ。それが自己の価値観の上書きをもたらし、自らをより成長させることができるのだ」(ミルトン・ベネット“Basic Concepts of Intercultural Communication: Selected Readings”)。

自分と似たタイプであれ、違うタイプであれ、相手をポジティブに「学びの対象」と思えるようになるには何が必要なのか。 多様性のあるチームから積極的に学ぶためには、どういうマインドを持つべきなのだろうか。押川や大塚の振り返りからもわかるように、それは突き詰めると次の2つに集約される。

(1)真の自己開示: 自分の強みや知識や自信を示すだけではなく、自らの弱さや心の歪みなども吐露すること
(2)相手への真の関心: 自分は目的を達成する為に何か大切なことをつかめていないのではないか、意見が異なるということは、自分にはない考え方や情報などを相手が持っているのではないか、という謙虚さを持つこと

これらができるようになるためには、自ら強い自己成長意欲を持ちながら、相手と信頼関係を築くことが必要だ。相手がトップや上司であっても同じ。この姿勢は、会社組織内で協力行動を成立させるために大きな影響を与えると言われている、相互の信頼関係互酬性規範(もしAがBを助けたら、AはBに限らず他の人から返報されるだろうという社会的期待)とも通じる。

初回Day1のケース議論から、押川は自分に足りなかったものに気付き、「ハッ」とする思いがしたのである。

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