経営の全体像を捉える 

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経営における整合性の重要性

日本発の優れた経営手法として有名な「トヨタ生産方式」。長年にわたり研究され、この極めて効果的、効率的な「仕事の仕方」を自社に導入しようと多くの企業が試みてきた。

しかし、多大な時間と労力をつぎ込んでも、期待する成果に繋つながらないことも多い。トヨタ生産方式、問題解決手法を柱とするトヨタの仕事の仕方自体は、製造業に限らず適用できる優れた考え方だ。しかし、「かんばん」「5回のなぜ」などの管理手法、問題解決手法などは、その一部を導入しただけでは有効に機能しない。背後にある開発・生産に対する基本的哲学、人の可能性を信じ最大化しようとする企業理念、そして「人づくり」を最重要に考え設計されたさまざまな人事制度、マネジメントの手法とセットになって初めて機能する。

同時に、こうした手法がトヨタの競争力の源泉として今なお有効なのは、自動車産業の特性と無縁ではない。走行性、安全性、居住性、経済性、デザイン性など多様かつ複雑な特性を極めて多くの部品のすり合わせによって実現する製品特性。そのために多数の関係者が緊密に協働しながら開発、製造、販売することが必要な事業特性であるからこそ、継続的な改善とチームワークを重視する手法が効果を最大に発揮するのだ。

もう1つ例を挙げよう。多くの日本企業で導入されている「バランスト・スコアカード」(一般に、財務・顧客・業務プロセス・学習と成長という四つの視点で目標設定・評価する経営管理のツール)。管理会計諸理論の集大成ともいえる優れた考え方、手法だ。しかし組織の継続的なパフォーマンス向上に繋がっていない事例を数多く目にする。マネジャーが毎年多大な時間をかけて「戦略マップ」を描き、KPI (Key Performance Indicator:重要業績評価指標) を測定しているものの、その営み自体が形式的手続きになり、経営の優先課題が変わってもKPIが見直されず、測定する指標ばかりが増えていくといった話も多い。

優れた企業の成功事例、失敗事例を分析し、そこから学ぶことは重要だ。しかし課題を解決してくれそうな目新しい経営理論やマネジメント手法を、それが機能する前提条件や背景を考えず、接ぎ木的に導入しても思ったような効果は見込めない。いかなるマネジメント手法も、それ単独で効果が出るものではないという単純な事実を認識すべきだ。

「戦略的HRマネジメント」に求められる、経営の全体像理解

筆者はさまざまな企業に伺い、その戦略や組織の課題に向き合い、また経営大学院で教鞭を執
る中で、さまざまな企業の事例を扱い、経営手法について考えてきた。その中で強く感じるのは、優れた成果を継続的に出している企業とそうでない企業の違いはたった1つしかない。「経営において、具体的に繋がった一連の流れがあるか、ないか」、これだけだ。企業の戦略がその業界の事業特性とその時点の環境条件と合っているか。そして組織、人の活動や意思決定の仕方が、その戦略と整合性を持って繋がっているかどうかだ。その繋がりなしに、どんなにすばらしいマネジメント手法を導入しても何の意味もない。

これは、「企業経営においては整合性が重要」という至極当たり前の話だ。しかし問題は「経営の全体を俯瞰し」「具体的に整合性を考える」のが難しいという点にこそある。特に日本企業では、営業、開発、生産、財務、人事などそれぞれの機能部門でキャリアを形成していく人が多いため、このハードルは高い。あるレベルのマネジメントになり、「専門領域だけでなく、経営について理解しなければ」と勉強を始めると、「マーケティング」「アカウンティング」「ファイナンス」「オペレーション」「人材マネジメント」……と、学ぶべき領域の広さと、そこにある星の数ほどの理論や原則を前に立ちすくんでしまう。多少学んで知識が増えても、「知っている」だけではほとんど使い物にならない。

大事なことは、多くの知識を持つこと、最新の理論を追いかけることではない。ビジネス、経営の全体を把握し、さまざまな知識を位置づける「自分なりの全体マップ」を持つこと。そして「具体的な課題について考えるための一連の重要な問いの流れ」を持ち、考える訓練こそが必要なのだ。

「戦略的HRマネジメント」を司る人事責任者・リーダーにとって目の前の課題は「どのような人、組織にすることが必要か、そのためにどのような仕組みが求められているのか」だ。しかしそれを考えるには、前提となる自社の戦略的課題と方向性のポイントを、的確に、また深く掴むことが重要だ。そして人・組織を動かすための要素、レバー(梃子) を理解し、どれを押せばよいか判断できるようにすることだ。

「経営の全体像」を構成する6つの要素

ここで筆者がさまざまな経営課題の分析立案に用いている「考える流れ」を紹介したい。「経営の全体像」と呼んでいるこの流れは、筆者が十数年にわたる実践の中で整理、修正を繰り返してきたもので、今ではどんな業界の、いかなる経営上の議論もこの流れで整理、議論することができている。皆さんがご自身の状況に合わせてカスタマイズした「考える流れ」をつくる参考にしていただければ幸いである。

「経営の全体像」の構成要素は以下の6つだ

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1. 目的・理念・期待成果(「何のために」「何を」目指すのか?)
2. 事業環境(どのような環境条件下で誰と戦うのか? 機会と脅威は何か?)
3. 市場・顧客の選択(「どこで」「誰の」「どんなニーズに」応えるのか?)
4. 顧客提供価値(「どのような価値を」「どのように」提供するのか?)
5. 価値を生み出す活動の仕組み(価値を生み出すために、「どのような活動を」「誰が」「どのように」行うか?)
6. 資源・組織とマネジメントシステム(活動に必要な資源・能力をどのように獲得・構築・運用するか?)

全体の流れを説明しよう。企業はある目的を持って存在している。何のために、何を目指すのか? 大事にしたいことは何か?これらを明確にし、実現したい状態、期待成果を定めることが出発点となる。「1.目的・理念・期待成果」に到達する道筋、やり方は、自社を取り巻く事業環境。 -具体的には「2.どこにどのような機会があり、また脅威があるのか?」によって違ってくる。これらを踏まえて立案実行されるのが「経営戦略」だ。「経営戦略」にはさまざまな定義の仕方があるが、ここでは4つの階層で考える。

まずは、「3.どの事業領域、市場、顧客層を選択するのか?」という論点だ。戦う場所・領域を定め、ターゲットとする市場、顧客を具体化する。それが決まったら、どのような特徴を持った製品・サービスを提供して顧客を獲得するのかを問わなければならない。これが「4.顧客提供価値」の論点だ。これが明確になったら、どのようにその価値を生み出すのか。研究開発、製造、販売等の機能、活動をどのように行うのか、そしてさまざまな機能の活動をどのように結び付けていくかを考えていく。そして最後に「5.価値創造の活動の仕組み」を廻すために、組織をどのように設計、運用し、人の判断・行動を適切な方向に駆り立てていくのかを考える。意思決定の仕組みや情報の流れ、管理会計や人事制度など、「6.マネジメントシステム」の設計と運用、そしてさまざまな資源やノウハウをどう獲得するかが論点だ。

次回から、それぞれの論点について詳しくみていく。

労政時報に掲載された内容をGLOBIS知見録の読者向けに再掲載したものです。

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