ランニングブームはなぜ広がったか?買いたい人を増やすマーケティング術 

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883万人。

何の競技人口かわかるだろうか。これは2010年のジョギング・ランニング人口(過去1年間に実施した人の数)の推計である。

笹川スポーツ財団の調査によると、2006年と比較して、ジョギング・ランニング人口は300万人近く増加しているという。読者の中にも、ジョギング・ランニングを行っている人も多いことだろう。

この競技人口の増加と共に成長したランニング関連ビジネスの代表格がランニングシューズである。株式会社矢野経済研究所の「スポーツシューズ市場に関する調査結果 2011」によると2010年のスポーツシューズ国内出荷市場規模(メーカー出荷ベース)は、数量ベースで対前年比101.1%、金額ベースで同101.0%であったのに対し、ランニングシューズだけをみると、数量ベースで対前年比110.7%の1714万足、金額ベースで同108.4%の464億8000万円となったようである。

●スポーツシューズ国内出荷数量推移 【株式会社 矢野経済研究所】

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今回は、このランニングシューズ市場の成長をけん引した「売れる仕掛け」について考えながら、読者の会社の製品・サービスのマーケティングに役立ててもらいたいと思っている。

何を伝えれば、購入に結びつくのか

さて、読者のみなさんが、製品・サービスを売るとき、まず何をお客様に伝えるだろうか。

筆者が担当している経営大学院の基礎クラスにおける議論の経験などからも、「差別化ポイントを伝える」と答える人が多いように思う。つまり、この商品がいかに優れていて、そして競合商品とはどの点において違うのかを説明するということだ。

確かに、マーケティング戦略の中では、商品やサービスの「差別化ポイント」を訴求することに重点が置かれる。ランニングシューズを持っている読者(多くの読者が1足は持っていると思う)も、各社のシューズの特性やフィット感を確かめながら選んだのではないだろうか。つまり、各社の差別化ポイントが効果的に読者の購買に影響しているということである。

ランニングに興味がない人には何を伝える?

しかし、それで充分なのか。少し立ち止まって考えたい。

製品の特徴を伝えることで購入に至る人は、もともとランニングをする人だけだ。ランニングをしようと思っていない人に、「このソールの特徴はですねえ…」と説明しても、購入に至る率はかなり低い。そもそも購入すべき理由がないからだ。

至極当然の話なのだが、ここに企業のマーケティング活動の盲点が隠れていることも多い。

つまり、購入意思がない人にさえ、自社製品の差別化ポイントを伝えているということだ。自社商品の売り込みをする前に、「購入したい」と顧客が思う、その「理由付け」を顧客の中につくることが必要なのである。「購入する意思」のない人に、差別化ポイントを伝えたとしても、

「商品が優れているのはよくわかりました。でも…」

ということになる。まずは、商品・サービスを購入するに足る「意味づけ」を、顧客の中に行うことが必要なのだ。ランニング市場は、ランニングをしようと思う人が増えたことで成長してきた。では何故、ランニング人口は増えたのだろうか。市場拡大の背景にはどのような仕掛けがあるのだろうか。

ランニングブームはなぜ広がったのか

近年のランニングブームのきっかけというと、何を思い浮かべるであろうか。多くの読者が、東京マラソンをはじめとした市民マラソンの隆盛を挙げるだろう。

今や3万5000人を超える参加枠に、その約8倍の28万人を超える応募が殺到する東京マラソン。その第1回が開催されたのが2007年であった。東京マラソンの成功の後を追うように、大阪、神戸など各地で市民マラソン大会が開催されるようになった。

もちろん、こうした市民マラソン大会の開催は火つけ役の1つではあるが、これがすべてではない。東京マラソンになぜ参加したくなるのか、参加する理由・参加する動機は何なのか、までの考察があってこそ、マーケティングである。

この頃、それまで迷走していた日本経済が踊り場を脱し、人々は他人が押し付けた枠で自分の価値観を測るのではなく、自らが主体的に、自分らしく輝くことを探し始めた。当時流行ったキーワードが「脳トレ」。自分の能力開発、トレーニングすることに意味を見出す大人が増えた。その後次第に、心身をトレーニングすることや、デトックス、そしてメタボリックなどの健康に関連した言葉がよく聞かれるようになっていった。

同時に「ウェブ2.0」の言葉に象徴されるように、ソーシャルネットワーキング・サービスで情報を発信し共有することが加速した時代。ランニング雑誌「ランナーズ」の刊行元が運営する「RUNNET」や「RUNNERS WOMAN」などのように、ランニング情報サイトからの発信、ネットワーク構築が進められた。

加えて、2008年4月から厚生労働省の省令により、公的医療保険に加入している40歳から74歳までの全員にいわゆるメタボ健診を行なう「特定健診・特定保健指導」が開始されると、「自分も体調管理のために何かを始めよう」と人々が動き出しはじめる。ここで、人々の間に、体調を管理し、輝きを増すためにトレーニングを始めたほうがいいのでは、という空気がまず生まれていたのだ。

体調管理などに興味を持った人にとって、周囲の人から「ランニング」という言葉を聞く機会が自然と増えていたのは言うまでもないであろう。つまり、誰かからの押しつけではなく、「自身が輝くために心身の健康維持のために何かを始めよう」という空気の中で、その1つのソリューションとして「ランニング」に自然と出会う機会が多くあったのである。

消費者が主体的に価値に気付く流れとは

さらに、この頃から、経営者や芸能人のランニングをしている姿がメディアを通して多く紹介されるようになった。人々は、インスピレーションを得たり、前向きな気分になったり、セルフマネジメントのためにランニングをしている有名人を多く目にした。

また、一定の速度以上で走った時に人の思考や学習をつかさどる前頭前野を活性化するという研究結果が紹介されたり、「忙しく働いている人ほど走っている」といった話題も増えるなどした結果、「やはり、ランニングがよい!」と思う人が増加。つまり、ランニングへの期待値は信頼性を伴って膨らんだのだ。

ここまで観てきたように、最初から「ランニングしたらいいですよ」というソリューションの提示をしているのではなく、「トレーニングして仕事でも自分なりに輝きたい」という空気の中で、その解決策の1つとして、ランニングがいいらしいと自らが主体的に気付くような流れがあった。

押しつけではなく、そういう空気の中で自ら、主体的にというところがカギである。

つまり、なぜランニングが必要なのかというストーリーを、顧客自らが紡ぎあげたかのようになっているのである。これこそランニング人口増加の背景にある仕組みなのである。

空気感、ストーリーが市場を広げる

このような空気感・ストーリーを作る際には

・顧客が「自ら」その重要性に気付くような空気感をつくること
・そして、信頼感のあるインフルエンサーの後押しがあること

などがカギになろう。

ランニングシューズも各社機能性を追求しており、その性能とマーケティングなどの結果、ランニングシューズ市場が拡大しているのも事実である。しかし、製品の機能性だけでランニングシューズの売上が伸びるのではない。

なぜランニングをしたいのか、すべきなのか、ということに自らが気付く空気感の醸成がなされており、ランニングを始める(続ける)ための意味づけが多くの人にしっかりなされているからこそ、各社の製品やマーケティングがさらに効いてくるのである。

ここまで来て、初めて「自社の製品・サービスの特徴は…」という売り文句が効を奏す。

そもそも、買う必要があると思う人がどれだけいるのか。買いたいと思ってもらうにはどうすればよいのか、こちらのほうが前段階として重要である。

生姜ブームはなぜ起ったか

ランニングシューズ以外でも、「空気感」の醸成は行われている。たとえば、生姜入り食品。永谷園をはじめとして多くの生姜入り食品が出て空前のヒットとなった。

その背景にあったのが、女性の体の悩みである。

多くの女性が肩こり・腰痛、肌荒れ・くすみに悩んでいる中、今までの一時的な悩み解消法ではなく、身体の中から変わること、つまり冷えをとる重要性がネットや女性誌などで特集され、冷え解消への意識が高まった。

またナチュラルイメージの有名女優やモデルが生姜を愛用していることが分かると、身体を温める生姜は健康と美容に欠かせないのではないかという空気感が出来上がる。サプリメントとしての生姜効果ではなく、食生活から改善したいと思う人も増え、コンビニで見かけた生姜入り食品を手にするようになるのである。

ここまできてやっと、生姜成分含有量などをメーカーごとに比較をして買う人が出始めるのである。いわゆるメーカー間での差別化ポイントの効果が出るステージである。

永谷園は、まず「空気感」を醸成するために、「永谷園生姜部Webサイト」を開設し、生姜についての知識や理解を深めるプロジェクトを実施した。その結果、同社の『「冷え知らず」さんの生姜シリーズ』は、2008年に対前年比200%を超える勢いの売上を記録したといわれている。

マーケティングの第一歩は買いたい人を増やすこと

売上をつくるために、懸命に自社製品を売ろうとする。しかし…その前に歩を止めて、本当にその人は、そもそもその商品を買う必要性を主体的に実感しているのかを確認してほしい。

マーケティングのファーストステップは、商品の差別化を伝えるのではなく、その商品こそが自分の悩みを解決してくれるものだと感じる人を増やすことであろう。「その商品こそが自分にとって必要!」という意識を市場の中にうえつけることが重要である。

今回は、市場の活性化など大規模な事例についてみてきたが、この考え方は営業活動の場面でももちろん活かすことができよう。優れた営業パーソンは、自社製品の特徴を話す前に、お客様自身が「買う必要性」を自ら見出すような空気感をコミュニケーションの中で作り出しているのである。読者の日々の仕事にも応用して活かしてもらいたいと思う。

<今回のポイント>
◆自社製品の差別化ポイントを伝える前に、「それが自分に必要だ!」と
思わせる空気感をまずつくっているか
◆その空気感を作るには、顧客自らがその必要性に気付く(押しつけがましくない)仕掛けと、
インフルエンサーによる信頼感(お墨付き)が必要

さて次回は、オリンピックマネジメントの事例を取り上げる予定である。製品・サービスの優位性を伝えながら商品自体(「モノ」)を売るだけではなく、顧客がその製品・サービスを通してどのようなベネフィット(利益・満足)を得るのかに注目し、「コト」売りをすることの意味を考えたいと思っている。

※参考:アスキー新書「新版戦略PR」 本田哲也
2012/6/12にNumberWebに掲載された内容をGLOBIS知見録の読者向けに再掲載したものです。

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