じつはQE(量的緩和)は経済の救世主!? -QEの効果測定と実験 

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「QE(量的緩和)が経済を立て直せるかどうかに関して、『予想インフレ率』に働きかけられるかどうかが重要だということはわかりましたが」

経済学部に進学するにあたり、経済学のレクチャーを受けている18歳のケンジは、麹町経済研究所の研究員たちに質問を続ける

「肯定派と否定派がいろいろと議論をしているとして、これ、いつ決着がつくんでしょうか」

学生らしい直截的な質問だな、と感心しながら主任研究員の嶋野は甥のケンジに答える。

「こればっかりは、なかなか判定するのは難しいんだよ。なにしろ、実験ができないからね」

なぜ「実験」の話がいま出てくるの?とアタマのなかが疑問符でいっぱいになっているケンジくんをフォローするように、同僚の末席研究員が説明を付け加える。

「『実験』とは、ここでは、やらなかった時とやった時の結果を比較してみることなんですが、実際の経済の場合は、この検証が簡単ではないんです。もし、効果があったように見えても、時期的にたまたまだったのかもしれないし、やらなかったときはどうだったかも、時間を遡って同じ条件でそれを観察することはできないので、厳密な意味で証明されたとも言えない*1」

ケンジは、もどかしい思いで聞きながら、再度、質問を試みる。

「うーん・・・。じゃあ、いま現在は世界的にQEを実施しているわけですよね*2。これやってなければどうなっていたんでしょうか」

主任研究員の嶋野は、甥の疑問になるべく具体的に答えられるようにと説明を続ける。

「ifの話になるけど、だいぶヤバかった、というのがQE肯定派の意見としてある」

もう少し突っ込んだ説明を欲しがっているケンジは、嶋野の説明に食らいつくように言う。

「『ヤバかった』って、具体的にはどういうことですか」

ケンジの経済学への意欲を感じ、また自身が甥に頼られていることに感激した嶋野は、照れながら冗談めかして答える。

「いやなに、それほどたいしたことでもないよ。ユーロ危機から世界恐慌が起こるくらいかな」

それ、めちゃくちゃ大ごとじゃないか!と思わず言葉が口から出そうになりながらも、なぜかそう言ってしまったら負けのような気がしたケンジは、照れ気味の嶋野に我慢をしつつ質問を続ける。

「QEをやらなかったら、本当にそうなっていたんでしょうか」

嶋野は、こんどは飄々として答える。

「なったかもしれないし、ならなかったかもしれない」

イライラしはじめたケンジは、嶋野に詰め寄る。

「叔父さん、それだと答えになっていない気が!」

状況が飲み込めずタジタジになってしまっている嶋野を見かねて、末席が割って入る。

「それはそうかも。ただ、さっき説明したとおり、こればっかりはなんとも言えないところもあるんです。原理的に実験ができないので、『これやったからこうなった』とは、科学者としても言い難いんですよ*3」

実験が難しい、とは、そういうことだったのか。ケンジはようやく納得の表情を見せた。それを見て安心した嶋野は、また冗談めかして話しかける。

「話を少し変えると、QE賛成派のほとんどは『恐慌になったら困る』と主張していたのに対して、QE反対派は『QEは効果がない』という意見の人が多かったけど、なかには『QEするくらいなら不況になっても仕方ない』という意見を持っていた人もいたんだよ」

「えーっ、そんな・・・」

びっくりしているケンジをフォローするように、末席はその意味するところの解説を試みる。

「それは自由市場による調整だということだから、それをきっかけにダメなところが淘汰され、よりよいところに資源配分がなされれば、景気は自然に回復するだろう、という論建てです」

「でも、それって、痛みを伴うナントカというのに似ている気が」

ケンジ自身は「痛い」ことがとても苦手だが、他人が痛そうにしているのを見るのも苦痛だといわんばかりに首を振っている。現代っ子らしいなケンジくんは、そう思いながら末席は解説を続ける。

「それは、そうかもしれませんね・・・。逆に、QE賛成派のほうは、基本的に、恐慌になってもいいという意見は持っていないし、景気後退になってしまったとしてもショック(痛み)はできるだけ少ないほうがいいと思っています」

「うーん・・・。やっぱりボクは、痛くないほうがいいかなあ・・・」

ケンジの優しさに好感をもちながら末席は相槌をうつ。

「そうですね、実際、厳密な実験ができませんから、痛みを伴ったとしても、その痛みが必要だったかどうかの結論は、得られにくいのだとしたら、私もそのほうが良心的かもしれない、という気もします」

ケンジは痛みに顔を歪めるような表情で確認する。

「えっ?それじゃあ、痛いほうを選択してがんばって我慢したとしても、報われない可能性もあるってことですか?」

悲しげな表情をつくって、末席はそれに答える。

「痛いほうを選択したとして、その後に経済が回復したとしても、その痛みが必要だったのかどうかはわからないかもしれないし、痛い思いを回避していても経済回復はできたかもしれない」

嶋野もそれに呼応する。

「また、痛くない方を選んだとして、それで経済の健全化が遅れる可能性もあるかもしれないし、じつはそんなことはないのかもしれない」

麹町経済研究所の研究員によるコンビネーションにより、ケンジの義憤は頂点に達している。

「じゃあ、経済学なんて何にもわかっていないのとおんなじじゃないですか!」

嶋野は、研究者らしく諭すように答える。

「無論、結果の原因は特定できないことは多いが、なんにもわかっていないのとおんなじかと言われれば、それはそうでもないんだよ。方法論的に『痛いか』『痛くないか』は違うし、経済状況が好調か不調かはかなり明確に判断できる*4」

つまり、と嶋野は続ける。

「痛くなくて、経済が好調か。痛みを我慢してこその経済回復か。痛くない選択が不況を長引かせるのか。痛みを伴っても不況は回復しないのか。そのどれかだろうとは言える」

嶋野のマトリクスをわかりやすく説明するために、末席はその意図をひきとり、端的に説明してまとめに入る。

「そして、QEとは、『痛くなくても経済は回復できる』と考える人たちが考えぬいた処方箋なんですね」

うーん。できればそのチョイスで乗り切れたほうが、ボクならやっぱり嬉しいかも、と思うケンジであった。

*1:さらに言えば、経済学の黎明期はとくにデータ自体が満足になかったため、もっぱらモデルによる思考実験により経済学は発展してきた。この経緯が経済学者が物理学に憧れと共感を抱く者が多い理由として挙げる人もいる。詳しくは、第10回「じつは、経済学は常識はずれのサイエンス!?」を参照
*2:QEの定義はいろいろあるが、広めに言えば、「(いわゆる)ゼロ下限制約下における積極的な金融緩和」の実施のこと。詳しくは第23回「じつは、金利はゼロ以下に下げられる!?―金融政策の拡張可能性」、第24回「じつはQE(量的緩和)は前途多難!?」を参照
*3:経済学者が論争を好むのには、このような事情もある(のかもしれない)
*4:GDPや失業率などのデータの推移やそのタイムラグを織り込んだ分析は、かなり精緻なものになってきている。また、じつは自然実験(準実験)という方法論があり、厳密な実験ではないが、たとえば同じような地域で、経済政策を行ったところと行わなかったところの差をチェックして、十分なサンプル量を確保しつつ、効果測定とするケースなどがある。詳しくは本連載にて解説予定

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