人工知能の潮流は「ドライ」へ ~コンピュータ将棋の先駆者、棚瀬寧氏に聞く 

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棚瀬寧(たなせ・やすし)氏は、コンピュータが人間と対戦するコンピュータ将棋の開発者として活躍してきた。東京大学情報科学科の学生時代に「IS将棋」の開発チームに加わり、後に「棚瀬将棋」(製品名は東大将棋)を世に送り出した。最近は、「将棋クエスト」「囲碁クエスト」「リバーシ大戦」といったボードゲーム・アプリの開発者としても知られる。第3次ブームの到来で注目が高まる「人工知能」について、棚瀬氏の見方を聞いた。(文中敬称略)

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知見録: コンピュータ将棋のトレンドは?

棚瀬: 「IS将棋」で世界コンピュータ将棋選手権に初参戦したのが1997年。その後、1998、2000、2001、2003年に優勝を果たした。チェスを代表とするボードゲームは、人工知能研究の一分野として認められており、海外ではかなり早くから研究が進んでいた。コンピュータ将棋については1970年代から本格化し、1990年に世界コンピュータ将棋選手権の第1回大会が開催された。

コンピュータ将棋の開発に長く関わってきた者として振り返ると、最大の転換点は2004年にBonanzaというプログラムを知った時だった。Bonanzaは2006年に開催された第15回世界コンピュータ将棋選手権大会に初参戦し、いきなり優勝した。「機械学習(Machine Learning)」の手法を取り入れて大成功したものだ。

(知見録注: 機械学習は人工知能研究の主要テーマ。収集・蓄積された大量のデータの中から規則性を見つけ出し、定量評価することによって、人間の学習と同じような機能を実現することを目指す)

Bonanzaの機械学習は、将棋の局面に応じて「特徴量」を人間が記述する方式。特徴量とは、飛車や角などの駒を何枚持っているかとか、飛車が何マス効いているかといった情報だ。コンピュータは何億ものパラメーターの組み合わせについて評価関数を使って点数をつける。実戦ではそのデータベースに照らして最適な打ち手を見つけ出すことを繰り返す。

正直なところ、とんでもない衝撃を受けた。パソコンの中に本当の人間がいるような気がした。以前なら、コンピュータの打ち手には「明らかにコンピュータ」と分かるものが一局に何回もあったが、そういうことがほとんどなかった。「チューリングテスト」にかけることができたら、「人間」と判定されるだろうと思った。将棋エンジンに関しては「シンギュラリティ(技術的特異点)」が起きたのではないか、と。

(知見録注:「チューリングテスト」とは、英国の数学者アラン・チューリングが考案したコンピュータに知能があるかどうかを判断するための試験方法。「シンギュラリティ」とは、人工知能が人間の知性を超える未来のある時点のこと)

「何かが全く違う」とすぐに感じた。開発者としての限界を感じ、もう止めようかと思ったぐらいだ。人間に勝てるかの問題よりも、プログラムが発する“雰囲気”がそれまでのものと全く違っていたことがショックだった。それを糧に奮起してIS将棋のアルゴリズムを一から作りなおしたのが“棚瀬将棋”と呼ばれるものだ。Bonanzaの登場で、コンピュータ将棋の流れは一変した。

知見録: コンピュータ将棋における機械学習とは、人間の棋士の思考プロセスをトレースするイメージなのか?

棚瀬: 「人間の棋士が考えるように、コンピュータが考える」という、いわゆる「強いAI」を実現しているわけではない。今のコンピュータ将棋の主流は、盤面から3つの駒を選び、何億通りものパターンに点数をつけるという「三駒関係」という手法だ。人間の思考法とはかけ離れており、コンピュータが結果を出しやすい「ドライ」な方法論を追求するのが現在のトレンドだ。画像認識でも同じようにドライな手法が主流になっている。

(知見録注: 「強いAI」とは人間が行う推論や問題解決を行える水準のもの。それに対して「弱いAI」とは特定の問題を解決するための高速演算器としての位置づけ)

知見録: それは人工知能と言えるものなのか?

棚瀬: 一般には人工知能の解釈がとても曖昧で幅広い。家庭用自動掃除機やエアコンなどの家電製品も「人工知能」と呼ばれることがあるが、そこに“知能”があるわけではない。コンピュータ将棋の場合、人間が打った棋譜を何万も読み込んで、解析し、生成した膨大なパラメーターの集まりこそが、人口知能そのもの。実際に対戦するときには、パラメーターの集まりを参照しながら、一手ずつ単純計算を繰り返しているだけ。今、多くの人が人工知能だと考えているものは、そういうレベルのものだ。

その意味で、今この瞬間の大勢は、人間の思考を真似できるようにしようという方向からはどんどん離れているように感じる。私はそれを「ドライ」と表現している。

知見録: コンピュータ将棋について言えば、「機械学習」の精度を上げることに集中するドライな期間がしばらく続く?

棚瀬: そういう流れだと思う。学習器にデータを突っ込んで、ひたすらパラメーターを生成するという「ドライ」な技術開発にしばらくは力が注がれるだろう。プロの棋譜をどれだけ真似できるかという学習だ。読みを入れないで0.0何秒でプロの手を何%正解できるかの勝負だ。あらゆるパターンを網羅し、評価関数の精度を上げていく。

一方、世の中は将棋のようにルールが明確なものばかりではない。曖昧でモヤモヤした分野をしっかり定義して、コンピュータが学習できるようにする創意工夫の期間が続くと思う。

そうした蓄積の先に、新たなフロンティアが開けてくるのではないか。「三駒関係」のような手法を、賢い人がどんどん編み出していくだろう。そうした手法は、人間の思考プロセスとはかけ離れているように見えるが、突き詰めていくと、人間が意識していない脳の働きをある部分では真似していると言えるのかもしれない。「ディープラーニング(Deep Learning、深層学習)」というのはそういうものだ。ニューラルネットワークは、脳の神経網をモデル化したものであり、まだ解明されていないことが多い。ひょっとしたら脳の神経細胞では「三駒演算」のようなことを繰り返しているのかもしれない。

(知見録注: 「ディープラーニング」とは、人間の脳の仕組み(ニューラルネットワーク)を真似ることにより、入力情報からコンピュータが自動的に学習できるようにする手法。人工知能研究の大きな技術革新であると考えられている)

知見録: ところで、子供の頃からプログラミングを学ぶべきだという意見がある。

棚瀬: アメリカでは、プログラマーは稼げる仕事だ。年収の中央値で1500万円ぐらい。プログラミングは数学を楽しく勉強するためのツールとしても良いと思う。ただし、私がプログラミングを始めたのは大学に入ってからだ。いつからでも始められる。結局は数学力が問われる。

また、「将棋クエスト」「囲碁クエスト」「リバーシ大戦」というアプリも開発しているのだが、私の場合、囲碁はアプリを作るために始めた。コンピュータがいろいろなことを肩代わりしてくれるので、必ずしもその道に精通している必要はなくなっている。コンピュータ、あるいは人口知能を最大限に活用することによって、これまでにない価値を創り出せる時代が訪れている。

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囲碁・将棋・リバーシで競う知のトライアスロン 「第1回グロービス・トライボーディアン選手権」

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本大会は、囲碁、将棋、リバーシという日本で広く知られる3つのボードゲームの総合的な棋力・技量を競うものです。遠泳、サイクリング、マラソンの3種目のタイムを競うトライアスロンになぞらえ、「トライボーディアン」と命名されました。

競技は個人戦で行われ、選手はスマートフォン・タブレット用の無料アプリ「囲碁クエスト」「将棋クエスト「リバーシ大戦」を使用して対戦します。対戦方式はスイス式トーナメントを採用し、囲碁(9路盤、中国ルール、3分切れ負け)、将棋(5分切れ負け)、リバーシ(5分切れ負け)をそれぞれ4~5局ずつ対戦。総合点を競います。

当日は、囲碁、将棋、リバーシの愛好者をはじめ、囲碁、将棋の各プロ棋士など、小学生から大人まで多くのボードゲーム・ファンが参加する見込みです。

■「第1回グロービス・トライボーディアン選手権」 開催概要
日時:  2015 年8月1日(土)
場所:  パレスサイドビル9階「マイナビルーム」 (東京都千代田区一ツ橋1-1-1)
参加者: 囲碁、将棋、リバーシの愛好者 (事前登録制)
詳細:  知のトライアスロン 第1回グロービス・トライボーディアン選手権
主催:  株式会社マイナビ
協賛:  株式会社グロービス
協力:  公益財団法人日本棋院、公益社団法人日本将棋連盟

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■ニコニコ生放送
【知のトライアスロン】グロービス・トライボーディアン選手権 中継(2015/08/01(土) 開場:13:57 開演:14:00)

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