じつはQE(量的緩和)は前途多難!? 

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「不況が深刻になってデフレになると、政策金利を0%にしてもなかなか景気浮揚の効果が出なくなってしまうこともでてきて、そのときは実質金利をもっと下げるべくインフレ率を少し上げることで、実質金利を0%よりも下げたほうがいい、ということはわかりましたが」

経済学部に進学予定のケンジは、前回の内容を頭のなかで整理しながら疑問を発する。

「それって、言うほど簡単にできるものなんですか?」

けっこう鋭いところを突くじゃないか、レクチャー役を買って出ている末席研究員は、若者の進化の速さに驚きながら答える。

「まあ、なかなか、ね・・・」

ケンジの叔父の嶋野主任研究員も応じる。

「おカネを(中央銀行が)ただ出しているだけだと、なかなかね、効果の波及も遅々としてしまうんだ」

ケンジは悩ましげに言葉を絞り出す。

「そんなんじゃ、QE大作戦、絵に書いた餅だって言われちゃうよ・・・」

ケンジの、空理空論ではないかという素朴な疑問に誠実に応えるべく、末席は口を開く。

「よく、『糸を引っ張ってモノは動かせるけれど、押してもモノは動かせない』ともたとえられることがあるんですが、金融引締めは容易にできるけれど、金融緩和はなかなか思いどおりにはいかない、という主張もあるんですよ*1」

怪訝そうなケンジの顔色を気にしながらも、末席は根気よく説明を続ける。

「実際、そういう傾向はあるんだと思います。ただ、それはどの程度なのか、そして、それはなぜなのか、を見ていく必要があるんだと思います」

よーし、空論じゃないというのであれば、じゃあ聞いてやろうじゃないの、というケンジの表情にプレッシャーを感じながらも、ここが耐えどころと念じて末席は続ける。

「たとえば、中央銀行が金融緩和をしたとします。さて、そのおカネ、どこに行くでしょうか」

「・・・(どこだろう?)」

ケンジの心の声に耳を傾けつつ、必ずしも答えを期待していなかった末席は、それに自分で答える。

「中央銀行が自分で国債などを買う(引き受ける)場合、国債と交換したぶんのおカネは、市中に出てきますね。そのときには、債券の価格、ちょっと上がるんですよ、市場で買われるわけですので。そうすると、実質的な金利がちょっと下がります。なぜかというと、もらえる利子の額が変わらないのに、国債の価格が上がるから、相対的にそうなるのですね*2」

「そして、それは、銀行が持っている国債に対しても行われるとすれば、その銀行はどうするでしょうか。その現金をそのまま寝かせておいてももったいないですから、もしかしたら市中から債券を買ってくるかもしれない。それは、中央銀行の行動と同様の効果をもたらします、つまり、金利の低下ですね」

「それが繰り返されると、金利はどんどん低くなります。2%以下にもなるかもしれないし、さらには0%近くにもなるかもしれない*3」

「そうすると、銀行(や市場)の人たちは、『低リスク資産として国債買ってたけど、もう現金で持っててもあんまり変わらないんじゃないか?』と思って、買うのも面倒だし(労力というコストもかかるので)、そのまま現金で持ったままでもいいやと思ってしまうかもしれない」

「この状況になると、中央銀行がおカネを(銀行に)供給しても、そのまんま放置される(退蔵される)ことになってしまい、金融緩和をしてもなかなか効果が出にくくなるのです。これがいわゆる『流動性の罠(リキディティ・トラップ)』と呼ばれる現象です。流動性とは『通貨』のことだと思ってください、通貨供給が過剰になって債権の金利が現金で持っているのと大差がなくなってくると、このように金融政策の効果が出にくくなってしまうのです」

通貨と金利の話が好きな嶋野主任は、罠に嵌り込んでしまったかのように身動きがとれなくなっている。それを気にせずに末席は説明を続ける。

「金融政策による通貨供給は、金利を十分に下げ、将来の景気回復のために行うものですが、ただ皮肉なことに、その通貨供給によって金利が0%近くに低下してくると、こんどはいま説明したように金融政策が効果的でなくなる原因にもなってしまう。このような、にっちもさっちもいかなくなってしまう現象を、罠に嵌まりこんでしまうという比喩を用いて、流動性(リキディティ)の『罠』(トラップ)と呼ぶんですね*4」

「そんな罠に嵌ってしまうと、どうなっちゃうんですか?」

無邪気に質問するケンジに、罠に嵌った嶋野を見ながら末席は言った。

「最悪の場合、『デフレ』というブラックホールに吸い込まれてしまいます*5」

「そこで、このまえ説明した、QE(量的緩和)という、「金利0%でも、通貨量増量で勝負!」という手法が考え出されたのですが*6、その効果に肯定的な人と否定的な人がいるんですね(*7)」

「たしかに、金利が下がれば下がるほど、金融政策は効きにくくなるんです。そして、それは積極的な金融政策によってもたらされている。では、積極的な金融政策を止めますか、それでもやっぱり続けますか、という議論が出てくるわけですね」

「QE否定派は、そんな効果が薄いのであれば、ムダだしヘンに経済がゆがみかねないので、もうQE止めましょう、と主張します」

「QE肯定派は、効果は小さくなっても、止めるべきではなく、むしろ目標(インフレ率のターゲットなど)を設定して、もっと積極的にQEを続けるべきだ、と主張します*8」

「そこで重要になってくるのが、『予想インフレ率』です。これは、みんなが予想するインフレ率だと考えて結構です。ゼロ金利下であっても、インフレ率のほうを、QEによって適度な水準にコントロールできる、そう言い切れるかどうか。それができれば、QEによって、実質(的な政策)金利(政策金利からインフレ率を引いたもの)を下げることができ、経済を刺激できる、ということになります。できないと言い切れれば、QEは意味がない、ということになる。というわけで、QE(的な金融政策)が『予想インフレ率』に働きかけることができるかどうか、それこそが見極めポイントになります」

「『予想』ですか。なんか、ずいぶん曖昧なもののような感じもしますが・・・」

ケンジはいささかびっくりしているようだが、末席は頷きながら続ける。

「そう、予想とは、将来を信じる(信じられる)度合いです。その曖昧としたものを見極める必要があるために、難しくなるのです。それが、より強く信じられるようにできれば、将来のインフレ率の実現にも近づきます*9。そうなれば、QE肯定派の勝利と言ってもいいですし、それが難しいというのであれば、QE否定派が『それ見たことか』と勢いづくことになる」

「そして、その『予想インフレ率』を左右するのは、市場なのか、中央銀行や政府(合わせて広義の政府ともいう)の決意なのか。中央銀行のコミットメントは『予想インフレ率』には響かないのか(QE否定派)、逆にコミットメントが強ければ強いほど、『予想インフレ率』は信じられやすいものとなるのか(肯定派)」

「そして、そのコミットメントの物理量的な裏付けとして、QEをとことん行うべき、そして中央銀行はその方針を明言すべき、というのがQE肯定派の『論建て』となります」

金融政策の最終局面では、量による調整の方法だけでなく、信じる/信じさせることが必要になるのか・・・。経済学は量の配分の科学だと思っていたら、最後は心理学っぽくなってきたな、そう狐につままれたように不思議そうな顔をするケンジを、末席は理解を急かさないように気遣いながら見守った。

*1:実際のことで言うと、日本ではマネタリーベースを2013年3月末から6月末までに21.4%増やしたが、マネーサプライの伸びは1.4%(M3)という結果となっている。この程度のマネーサプライの伸びはマネタリーベースの増分の影響として見るには小さすぎる、あるいは、たまたまなのではないか、という意見もある
*2:利子の額をI、債券の価格をPとすると、利子率rはr=I/Pになるが、Iが変わらず、Pが大きくなれば、rはそのぶん小さくなる
*3:現在の10年国債の利子率は、米国債で約2.5%、日本国債で約0.5%程度
*4:「流動性の罠(リキディティ・トラップ)」に関しては、ポール・クルーグマンの論文による指摘が有名だが、その命名者はジョン・メイナード・ケインズであり、クルーグマンが近年に持ちだしてくるまで、長い間、ほとんど忘れられていたような状態だった
*5:日本ではデフレ脱出のために、米国とユーロではデフレになってしまわないように、積極的な金融緩和策が行われている
*6:前回のQEの説明を参照
*7:例外ももちろんあるが、ごくごく大まかに言うと、肯定派にはケインズ派や新ケインズ派が多く、否定派には古典派や新古典派が多い
*8:「インフレ・ターゲティング」のベン・バーナンキ(前FRB議長)、「マイナス金利」のマリオ・ドラギ(ECB総裁)、「異次元緩和」の黒田東彦(日本銀行総裁)などはその代表格
*9:実際には、銀行が物価連動国債を購入するなどの行動を通じてそれは実現する

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