じつは、おカネは使えば増える!? ―ケインズからの回答2 

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「自由市場のなすがままに任せるべきという古典派*1と、自由経済全否定のマルクス派*2、その両極端な2つの立場の、中間に位置する第3の存在として・・・」
前回までの嶋野主任研究員たちの説明を、自分のアタマのなかで整理するように大学生のケンジは続ける。
「行政府などによる『お買い上げ』を上手に行い効果的に景気を良くしようというケインズ派が出てきた*3、ということはよくわかりましたが、それで結局、経済はよくなったんでしょうか」

前回の内容を150字程度でまとめきった甥のサマリー力(りょく)に満足しながらも、叔父である嶋野は試すように言ってみる。
「ケンジは、なにをもって『経済にとっていい』と思うんだい?」

「えーっと、やっぱり、景気が悪くならずに、順調に成長していって、その恩恵をみんなが受けられる、そんな感じですかね・・・」

やっぱりケンジくんはいいやつだな、嶋野の同僚である末席研究員は感心しながらそれを承ける。

「なるほど。経済が順調に成長して、みんなが豊かになって、結果として幸せになる、そんなイメージなのですね。たしかに、程度の差はあれ、経済学者はその境地を目指して、その実現の方法を模索している、と言ってもいいと思います*4」

それを受けて、嶋野も補足する。
「その実現の方法に関しては、いろいろな立場の人がいて、議論がなされている。自由市場が一番いいという立場、計画経済のほうがいいという立場、そして、いい感じで市場をサポートするという立場から、もう100年以上、論争になっている状況なんだよ」

「えー、じゃあ、まだ、決着はついていないんだ」
ケンジは、はやく答えを知りたいというふうに聞いてみる。
「でも、そのなかで誰がいちばん強いんですか?」

「たぶん、みんな、『オレこそが最強だ!』と思っているんじゃないかな」
嶋野は笑いながら応える。末席もそれを受けて続ける。

「さっきのケンジくんの“いい経済”の定義からすると、不況になりそうだったら、それをなんとか回復させて順調な軌道に戻す、ということが出来そうだったら、強そうな感じでしょうかね」

ケンジは、「そうそう」という感じで頷いている。末席はそれを確認して続ける。

「もしそれであれば、ケインズ派が最強かもしれませんね!」

珍しく断言する末席にケンジはおどろきつつ、あとに続く末席の解説を待つ。

「前にも話したように、古典派自由経済は恐慌を作り出し、それになかなか対応できずに手を焼いた*5。計画経済派は、恐慌を創りださず、恐慌の影響も受けなかったが、とはいえその後に経済成長は鈍化し、最終的には慢性的な経済停滞に陥ってしまう*6。一方でケインズ派は、自由市場を活かしながら、その『不具合』に着目して、それを積極的になんとかしようとしたのです」
末席が長文で息切れしているところを、嶋野はフォローする。
「そして、じっさいに大部分はなんとかなったんだよね。市場が不得意そうな部分から順に、行政府がおカネを出して、率先してインフラをつくったり、社会保障(サービスの買い上げ)を行っていった結果、雇用が確保され、不況に歯止めがかかったんだよ*7」

おお、ケインズ、やるじゃないか、でも・・・、という思いを隠しきれずにケンジは質問する。
「それ、でも、おカネ余分に使っただけな気もしないでもないですが、どうして効き目があったんですか?」

息を整えた末席が、待ってましたとばかりに応じる。
「じつは、ケインズ経済学では、おカネは使えば増えるんですよ!」

えっ?ちょっと大丈夫なのかな、この人は。うさんくさい人を見るような目で説明を待つケンジに、その反応は想定済みだというふうに、末席は自信満々に答える。

「もちろん、個人のおカネは、使えばなくなりますよ。でも、そのおカネはほかの人に渡って、その人のおカネを増やす。その人はまた、そのおカネを使いますよね、そうすると、どんどんまたほかの人に渡って行き、全体としてみれば、もとの拠出額の何倍もの効果を生むんですね」

嶋野も末席をフォローする。
「つまり、全体ではおカネは増える。それを乗数効果といいます*8。そして雇用も増えます。その出し手は、個人(民間)でもいいが、不況になって民間がシブチンになったら、行政府がガツンと最初に出しましょう(財政政策)、ということですね。これを提唱者にちなんでケインズ政策(積極的な財政政策)と呼びます」

末席もさらにそれをフォローする。
「そのように、全体のおカネを増やすことで、不況対策になるわけですね!」

うーん。そんな魔法のステッキのような手があるなんて。ケンジは半信半疑に思いつつ質問する。

「それでみんながハッピーになるならもちろん嬉しいですけれど、であればそれをずっとやればもう経済は大丈夫、ということになるんでしょうか。なんか、こう、手品的な気がして、いまいち腑に落ちないのですが・・・」

ケンジの素朴な疑問に、末席は答える。
「そうですよね、行政府の使うおカネはもとが税金ですし、あるいは将来の税金になります。これずっとやるとなると、税金が経済に与える影響も加味しなければいけません」

嶋野も負けじと答える。
「それに、やりすぎると、行政府による経済運営になってしまいます。つまり、計画経済的になってしまう。それでは長期的には大停滞を招きかねない」

末席も応酬する。
「というわけで、自由市場のいいところを台無しにしかねないので、ケインズ政策はあくまで景気後退時の一時的な『呼び水』として捉えられるべきでしょうね」

末席は、シメを任せるべく、嶋野に発言権を渡した。
「ケインズは大不況のさなかにいましたので、積極的な財政政策を当時の状況に合わせて提案したというわけです。ケインズ自身も、好況時には自由主義でよい、という考えでした」

なるほど、景気に合わせて、自由主義と計画経済の間のツマミを、臨機応変にスライド調整するのがケインズの考えだったのか。順調であれば自由主義側に、不調であればいったんは計画経済寄りに振りつつ、回復してきたら徐々に自由主義側に戻していく・・・。
ここにきて、経済学のおもしろさがじんわりとわかりかけてきた。そんなケンジを、嶋野と末席はほほえましく見守った。

*1: いわゆるレッセ・フェール(市場のなすに任せよ、というスタンス)が経済を活性化させるという立場。詳しくは前々回の内容を参照
*2: 自由市場のなすがままに任せていると不況が発生するので、そうならないように計画して経済を回すべき、という立場。詳しくは前々回の内容を参照
*3: 財政政策を適宜行うことで、自由市場の弱点を克服しようとする立場。詳しくは前々回の内容を参照
*4: 『大いなる探求』(シルヴィア・ナサー・著、新潮社・刊)の序文などを参照
*5: マルクスはそれを先駆けて指摘した。そしてマルクス主義を取り入れたソ連は世界恐慌の悪影響を受けずに経済成長を遂げる
*6: その後、ソ連を始めとする共産主義国は、自由競争の原理の恩恵をうけられず、次第に経済停滞を招き、その多くが破綻することとなった
*7: たとえば、アメリカのニューディール政策などは有名。詳しくは前々回の内容を参照
*8: 財政政策における「乗数効果」は、ある支出が(たとえば政府の支出)他者の収入となり、それがまた新たな支出と収入につながっていく一連の現象のことで、「波及効果」とも呼ばれる。この乗数効果は、限界消費性向という指標から割り出される。仮に限界消費性向が80%であれば(入ってきたおカネの8割を使うと仮定すると)、その乗数効果は5倍となり([乗数効果]=1/(1-[限界消費性向]))、このことによりGDPを増大させ、結果として当初の財政支出の原資を上回る効果を得る、というメカニズムである。これは世界大恐慌時にJ・M・ケインズにより不況対策として体系的に提案されたため、「ケインズ政策」とも呼ばれる

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