じつは、経済が自由でいいなんて、そうは問屋が卸さない!? ―自由主義経済の理論の限界1 

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大学生のケンジは、うっかり経済学部に入学することになったおかげで、引き続き、叔父が務める麹町経済研究所で経済学のレクチャーを受けている。

「自由な取引がみんなにとってためになる、というアイデアが、本質的には搾取的である重商主義経済よりもクールだ、ということで自由主義が出てきた、というのはわかったんですが・・・*1」

ケンジは、この連載の長いブランクを埋めるように、アタマを整理しながら続ける。
「じゃあ、それでうまくいくのなら、もう経済学なんていらないじゃないですか。だって、みんなやりたいことやって、それを交換すれば、みんな今よりもハッピーになるっていうのなら、それ以上、難しいことを考えなくたって・・・」

ケンジくんも、さっき研究所に遊びに来たばかりだと思っていたら*2、とうとうここまで来たか・・・。末席研究員は感慨深げに口を開いた。
「そうですね、もし、それでうまくいくのであれば、もう経済学を意識する必要はないかもしれません、それでみなハッピーなのですから」

「しかし、そうは問屋が卸さなかったのじゃ!」
ケンジの叔父で当研究所の主任研究員、嶋野は、時代劇風にツッコミをいれるが、これも甥が退屈をしないための心遣いのようなのだが、肝心の甥へのウケはイマイチのようだ。

笑いにうるさい末席は、こういう場合は、厳しく対応する。
「そんな。三河屋か越後屋かしりませんが、悪徳商人が出てくる重商主義のパートは前回で終わっているんですが・・・*3、こんどはなんだっていうんですか」

ケンジも自由主義が気に入ったせいか、末席に加担する。
「叔父さんには釈迦に説法ですが、卸さない問屋は、自由主義的には問題なのでは。それだと取引がスムーズに行かない・・・」

ケンジの機嫌を損ねないように、嶋野は慌ててフォローする。
「いや、それは言葉のアヤなんだよ・・・。もちろん、いつだって取引が自由に出来て、すべてのものが売り買いされれば理想的だ*4。ただ、言いたかったのは、それこそ卸すべき問屋が卸さないように、取引がいつもスムーズにいくとはかぎらない、ということなんだよ」
末席は、甥になんとかわかってほしいと思っている嶋野の気持ちを察して、フォローを試みる。
「なるほど。取引がいつでもきちんと機能すれば、もう経済学なんていらない(というか完成してしまった)といえるほどハッピーですが、じつはそんなこともなかった、ということなんでしょうか」

「そんな・・・。みんながハッピーになるっていうのに、なんでその問屋は取引しないんだよ・・・」
いまやすっかり自由主義になってしまったケンジは、そのような問屋に納得がいかないようだ。

末席は、ケンジの問屋へのこだわりに、内心、笑いをこらえながら回答を試みる。

「たとえば、卸さない問屋にも言い分があるかもしれない。ケンジくんがもし問屋だとして、卸したくないときもあるかもしれませんよ」

「うーん。問屋になったことはないけど、この服を古着屋さんに買い取ってもらおうと思った時に、『え、買取価格って、こんなに低いの?』と思って、売るのをやめたことならあります」
服好きのケンジは、なかなかいいブランドの服をけっこう持っているのだが、小声で言ったところを見ると、主な供給元は叔父であるようだ。

そんなことはまったく気にしない嶋野は、逆に甥の理解に安堵して言った。
「自由な取引が機能しにくいことは、思っているよりも広範に起こっている、というのが実際の経済の姿なんだよ。取引されればお互いハッピーになるが、なかなかそうもいかないことも多い」

「そんな・・・。みんながハッピーになれそうなのに、それみんなでやらないなんて・・・、もったいないよ・・・」
ケンジは悔しそうにつぶやいた。

ケンジくんはやはり、いいヤツだな、そう好感しながら末席は答える。
「ま、早い話が、疑心暗鬼だとそうなっちゃうんですね。相手が信用ならない、となると、取引が滞ってしまう」

嶋野もそれを受けて続ける。
「それは、お互いが比較優位理論を理解していたとしても、そうなってしまう。つまり、アタマではわかっていても、ココロが動かない、そんなことが起こりうる」

末席もそれを受けて続ける。
「そのことは、最新の経済学でも盛んに研究実証されていることですが、ざっくりいうと、自由主義経済は理想的に働けばスゴいけれど、実際はやっぱり理想通りはなかなかいかない(ことが多い)、ということがわかってきています*5」
ケンジは、経済的ゲンジツに直面するとはこういうことか、と打ちひしがれながら、唸って言った。
「みんなが疑心暗鬼になって、多くの取引が滞ってしまうと、どうなってしまうんですか?」

末席は、おいしい決めゼリフを嶋野に促すように、手のひらを上にして嶋野に差し向けた。嶋野は、経済学的帰結を簡潔に述べる。

「まあ、そんなたいしたことでもないが、恐慌が起こります*6。歴史的には、戦争も起こりやすくなるかな*7」

なんということだ!というか、たいしたこと大ありだし・・・。みんながハッピーになるために生まれた自由主義経済が、恐慌を引き起こすなんて・・・。ショックを受けて言葉を失っているケンジを、嶋野と末席は、次のフォロー(連載)まで暖かく見守った。

*1: 前回の要約。絶対主義王政と結託した重商主義に疑問を感じた人たちが、自由な取引によるメリットを中心に据えた自由主義経済を標榜しはじめた。アダム・スミス、フランソワ・ケネーなど
*2: じつはケンジくんは連載に登場して1年以上たつが、連載形式では、一話のなかで15秒しか話が進まない、といったことはよく起こるcf.『キャプテン翼』高橋陽一著
*3: 世界的にはフランスのジャン=バティスト・コルベール(1619-1683年)が有名
*4: いわゆる「セイの法則」が成り立っている状態。ジャン=バティスト・セイの著書の記述をきっかけに発展した概念で、「供給したものは、かならず需要される(作ったものは必ず売れる)」という前提のこと。自由主義経済の理論は、このセイの法則の下では、非常に精緻かつ調和的に整合する
*5: いわゆる、「セイの法則」をめぐる議論は、形を変えつつ現在進行形で続いている。cf.古くは古典派vs.マルクス派、代表的なところでは古典派vs.ケインズ派、最近のものでは新古典派vs.新ケインズ派など
*6: 19世紀から10年周期で起きていた恐慌(突如の急激な不況)の原因を、カール・マルクスは自由主義経済(近代資本主義)のメカニズム自体に根本的に内在するものと分析した。とくに自由主義経済の理論が前提とする「セイの法則」に関して、その現実的には成立しにくい様を、「商品は貨幣に恋をする。しかし、その恋路は滑らかではない」というふうに表現しているcf.『経済学をめぐる巨匠たち』小室直樹著
*7: 1929年の米国ウォール街で起きた「大恐慌」は、金融危機を引き起こしつつ、貿易が密接な世界各地の経済圏に広がっていき、世界大恐慌と呼ばれる。ヨーロッパ、とくに第一次世界大戦でダメージを受けていたドイツなどにも深刻な影響を与え、旧戦勝国であっても「ブロック経済」化を進めることとなる。その困窮と衝突といった混乱が、後の第二次世界大戦につながった、という分析は数多い。ちなみに当時、共産主義経済だったソ連への影響は軽微だったという

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