日本では新奇的に扱われる「アベノミクス」、じつは「世界標準ノミクス」だった!?(3) 成長政策編 

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週刊ヨミヨミこども新聞の記者は、「アベノミクス」の3本の矢、「大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略」の解説を求めて取材を続けているが、締め切りが近づいているのか、だんだん早口になってきている。

「じゃあ、2本目の矢で上手く行けば、3本目は必要ないんですかね?」

末席はモジモジしている。記者はそれにじれったさを感じつつ、コメントを待つ。

「それで上手く行けば、そうかもしれないですね。ただ、やはり備えるということは重要だと思います」

うーん、なんかさっきまでの威勢の良さとは打って変わって、コメントの歯切れが悪くなっている気がする。記者は急かすように質問する。

「はっきり言っていただかないと、こどもたちには伝わらないですよ!やるべきですか、どうですか?」

末席は一気に追い詰められる。やはり今回、ハードル高いな。そう心で嘆きながらも、一生懸命に説明を試みる。
「じつは、3本目の矢に関してどうしたほうがいいのか、経済学的には処方箋があんまり確立していないんですよ*1」
記者は驚いたまま、続きを待っている。

「(1)の金融政策に関して言えば、まあ9割以上の経済学者はやるべきでしょうね、という感じだと思います。(2)の財政政策に関して言えば、平時なら半々くらい、ピンチの時なら7~8割方の経済学者がやったほうがいいと言う感じでしょうか。ただ、(3)成長戦略に関しては、それよりも支持率が落ちるのかな、と思いますね、ザックリとですが。ただ、備えるということは重要ですが」

記者は、煮え切らない態度の末席に、さらに疑問を投げかける。
「それは意外ですね。なぜなんでしょうか。無計画にしていては成長も実現しにくいのでは。こどもたちだって、夏休みの計画を事前に立てておかないと、宿題を終わらせられないかもしれない」

末席は、息たえだえ、といった状態で答える。
「そもそも夏休みの計画って、ちゃんと立てられます?詳細に立てたとして、その通りいくでしょうか?計画通りやることを優先してしまって、逆にめったに来ないが急に来てしまった遠方からのお友達と遊べない、となったら、夏休みの意義も少なくなってしまうのではないでしょうか」

たとえが夏休みの計画になっているせいで、逆に記者にはわかりにくくなっている。末席は説明を続ける。
「経済の場合、『こうすれば成長する』ってなかなか言いづらいんですよ。それがわかったら、ノーベル賞10個モノだとも言われるくらいです。もしそれができたら、原理的に世界中の貧困を根絶できる『夢の薬』となるのですから当然です。では何が寄与してGDP規模が成長するのか。自動車産業なのか、シリコンチップなのか、OSソフトウェアなのか、ハイテクデバイスなのか、ネットワーク規模なのか。かなり混沌としていますし、むしろ見通しができそうと思い込むほうが、逆に非現実的ではないでしょうか。準備と偶然のアンサンブルで、運よく上手くいく、それがたまたま連鎖してさらに相乗効果がでる、そんなフンイキなんですよ*2。ですので、運よく上手くいく頻度を上げていくという意味でも、自由市場に任せたほうが上手くいきそうだ、という前提で、資本主義は基本的に成り立っています」

*1: 『クルーグマン教授の経済入門』(ポール・クルーグマン著)などを参照
*2: エコノミストのダイアン・コイル氏はそれを、「経済成長はダンスに似ている」と表現している cf. 『ソウルフルな経済学―格闘する最新経済学が1冊でわかる』(ダイアン・コイル著)

“健康体”の自由市場においてこそ規制緩和は意味を為す

記者は、じゃあ3本目の矢って、なんなのさ、という気分になってきている。末席はそれを察しながらもなんとか説明を試みる。
「いやね、私もね、計画の絵を描いてそのとおりに成長できるならいいと思うんですよ。でもそれって、なかなか上手く行くこと、多くないんです。それがたいてい上手くいくのであれば、共産主義は失敗していないんですよ。計画どおり、経済成長してみんなお金持ちになれるんですから。でもそうならなかったことは、歴史が示しています」

記者は、話の飛躍にびっくりしている。末席は説明を続ける。

「経済学的には、計画立てて経済成長が実現できるっていう発想は『計画経済』、たとえば共産主義の『5カ年計画』とかですね、そんな雰囲気があるんですよ。資本主義においては、自由市場の交換と裁定のパワーで、最良(いわゆるパレート最適など)が実現される、と考えます。自由な取引がしにくいと、そのパワーが減じるかもしれない、とも考えられるわけです。ただ、『計画経済』がいつもダメかというとそうでもないんです、たとえば旧ソ連の宇宙開発は世界一となりましたし、“開国後”あるいは戦後復興時の日本の傾斜生産方式もそれに近い発想です。これは、目標が明確だったり、明らかに不足しているものを早く用意したりするときには効果を発揮するんです。まさに“選択と集中”に近い状態です。ただ、変化が激しい、また変化の激しさがどんどんエスカレートしていく環境では、計画が現状と合わないことになってくる、あるいは計画が立てようがない、というふうになりやすいのですね。というわけで、旧共産主義経済はパワーを徐々に失っていき、資本主義経済はフクザツな現実に上手く順応してきた、といえるのかな、と思います」

記者は露骨に、そんな大前提のそもそも論を聞いている時間はないんだ、というふうに応答する。
「じゃあ、3本目の矢は、計画経済的だから、資本主義下の日本市場にはそぐわないんですか?」

末席は、ここが堪えどころだ、と念じて辛抱強く答える。
「実際にそのような観点から、規制緩和の動きは説明されます。より自由市場のパワーを活かすべく、規制を緩和すべし、と。これはこれで平時ではそのとおりだとも思うのですが、行きすぎてしまって『小さな政府』論まで行ってしまうと、(2)財政政策との整合性がとれなくなってくる懸念が出てきます。今の日本の景気はデフレの放置により重症なんです。手厚い治療と栄養補給で、健康体になることがまず重要です。健康体かどうかをどう判断するか、に関しては、たとえばGDPの潜在成長率と実質成長率のギャップで判断できるでしょう*3。いまはまだそこまで到達していませんので、規制緩和は経済の新陳代謝を促す上で重要なのだということを肯定するにしても、これには“体力”がいりますので、(1)金融政策と(2)財政政策が十分に行われて、健康体まで戻ることが前提になるかと思います」

「それって、病み上がりの人が、十分に回復していないのに、カラダにいいかなと思ってスポーツジムに行ってハードなメニューで鍛えるのはよくない、みたいなことなのでしょうか」
「まさにそうですね!」末席はうなずきながら、嬉しそうに答えつつ続ける。
「成長戦略の目的って、なんでしょうかね?それは、政策論議の前提となるマクロ経済的に言えばGDPの成長ですよね。成長を可能にする具体的なプランを練るのは、ノーベル賞が10個もらえるほど難しい。ヘタを打ったら、無駄骨ですし、汚職(官製レントシーキング)の温床にもなってしまうかもしれない*4。というわけで、3本目の矢の表記をもう一回、よーく見てみてください」

記者はまどろっこしいな、と思いながらも暗唱した。
「民間投資を喚起する成長戦略・・・」

記者は、目が少し開いた気がしながら続ける。
「なるほど。だからほかの矢の説明が『大胆な』『機動的な』というシンプルさなのに、ここだけ『民間投資を喚起する』と注意深いのですね」

「そうです、おそらく『前政権の発想とは、そこが違う』とも言いたいのではないでしょうか。実際、多くの経済学者は、トップダウンでGDPの成長戦略を決めて、それが実現できるなら苦労しませんよ、と思っていると思いますし、歴史的に見てもやはり、その有効性が確認できるのはごく限られた事例だけかなと思います」

*3: マクロ経済的には、サプライサイド(≒総供給力)とディマンドサイド(≒総需要)のギャップ、いわゆる「GDPギャップ」が埋まっている状態
*4: いわゆる「ハーヴェイロードの前提」に関する議論を参照

公的な経済成長支援のヒントは「信号機」にあり

記者は、観念して、素朴な質問をすることにした。
「では、3本目の矢の役割はなんなんでしょうか」

末席はようやく生きた心地がしながら言った。
「もちろんありますよ!文字通り、民間企業の行動が促進されそうな、しかも企業間競争では解決が難しいところを、フォローしたらいいんだと思います。日本には必要だけど、企業は営利的な観点から二の足を踏む、といったことはけっこうあるのだと思います。そこを国がなんとかしてくれるんだったら、企業も個人も、とても嬉しいのではないでしょうか」

「具体的には、こう・・・」
記者は、具体的ななにかが欲しいのだが、末席の主張もいまやよく分かるため、もどかしい気持ちになっている。

末席は、趣旨を理解してくれたことに感謝しつつ、懸命に期待に応えようとする。
「具体的には言いにくいのですが、たとえば、道路の『信号』って、車が少なかった昔はそんなに多くなかったはずですよね。でも、車の増加によって信号も増えた。これが少ないままだと大変なわけです。渋滞や事故が多発して、大きな経済的損失(機会損失)が出てしまうかもしれない。いまの時代で、そんな『信号』みたいな存在はなんでしょうね?」

記者は、「そうか、であれば」と逆に案の提示を試みる。
「たとえば、われわれの電子ブックの『縦書』の表示の仕様って、なかなか決まらないですよね。企業が自社でイニシアティブを握ろうとするあまり、なかなか統一的にならないままで、逆に潜在的な読者を逃してしまっているかもしれない。ここに『信号』のようなものがあれば・・・」

「信号はもともと旗を振ってやっていたようですね。文字通り、『旗振り役』なわけです。それでこれまでよりもスムーズに民間投資が促されるのであれば、成長実現の確率も上がりそうです。公的存在であれば、ポジショントークだと疑われることもないわけです」

「ただまあでも、『ウラで通じてるんじゃないか』となったらダメなので、そこはしっかりしてないと、ということでしょうか。これはわれわれがしっかりチェックしないといけないのでしょうけど」
記者はジャーナリストらしく襟を正した。

「あとは、技術的な基盤の整備もいいかもしれません。たとえば、医療や製薬に関する基礎研究は、高額なうえに実現確率も低いのですが、これナシでは医療の発展が難しい。ただ、民間企業がそれをやるのはリスキーだ、と判断してしまうと、医療の基本技術を自国で賄えなくなってしまうかもしれない。というわけで、このような研究分野に関しては、国が積極的に支援する、という方向性もあると思います。いま、たとえば博士号まで取得した研究者が雇用的に安定していないことが、日本の技術基盤を損ねないか、という議論もあります」

記者はアレのことかな、と事例をだす。
「それは、たとえばiPS細胞の研究でノーベル賞を受賞した山中伸弥教授が、受賞に際してのインタビューで、研究内容と同等かむしろ『研究者の雇用の問題』のほうを強調しているようにも見えたのとつながるんでしょうかね。たしか、特定の企業や研究者だけでなく、多くの研究者に提供するために特許(権利処理)チームを作ったと言っていますしね」

「これから必要とされる『信号』はなにか。成長戦略の議論が、そんな方向性で進んでいくのであれば、私は個人的には安心します。日本の将来のために、こどもさんたちも一緒に考えてくれるかもしれませんね!*5」

うちの子も考えてくれるだろうか。そう満足げに頷く記者に願いを託しながら、末席は受話器を置いた。(完)

*5多くの経済学者のコンセンサスをザックリと代弁すると、その『信号』は、たとえば公正な競争環境、教育、技術、マクロ経済の安定などに資するもの、という認識があるようだ

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