日本では新奇的に扱われる「アベノミクス」、じつは「世界標準ノミクス」だった!?(1) 金融緩和編 

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「主任はただいま、外出中でございまして・・・」

マネジャーが電話をとって対応している。

「これはこれは、ヨミヨミ新聞の方ですか、ご連絡ありがとうございます」

どうやら、新聞社からの取材らしい。ヨミヨミ新聞は大手の全国紙であり、これは光栄なことである、といった雰囲気を全面に押し出して対応している。

「えっ。・・・そうなんですね」

こんどは一転して声のトーンが2つばかり落ちている。いったい、どうしたというのだろう。

「であれば、主任ではなく、もう一人のほうがむしろ適役かもしれません。その者でもよろしければ・・・」
マネジャーは受話器越しに末席をチラリと見た。

「ご快諾ありがとうございます。では、なにとぞよろしくお願いいたします」
そう言って保留ボタンを押して、マネジャーは末席のところに来た。

「末席研究員、取材対応をお願いできるかな」

「はい。でも、大手の新聞の取材は主任の役割じゃないですか。今ならケータイでつかまるかもですが、いいんですか、僕でも」

「うん、もちろんじゃないか、私もいずれはこんな日がくると思っていたんだよ。よろしく頼むね!」

感激した面持ちのマネジャーを見て、「もらい感激」をしてしまった末席は、受話器をとって挨拶をした。記者も挨拶を返す。

「こちらヨミヨミ新聞の朝口と申します。今回はアベノミクスの取材をお願いしたいと思いまして」

いまどきアベノミクスなんて、直球中の直球じゃないか。しかも嶋野主任の得意分野でもある。これは一生懸命やらないと。末席は重責に応えようと必死の形相だ。

「ただ、できるだけわかりやすくお願いします」

無論、そのつもりである、読者はエコノミストではないのだから。末席はわかっていますよ、という風に頷いた。
「大丈夫ですよ、まかせてください」

「よかった!読者はこどもさんなんですよ。私、週刊ヨミヨミこども新聞の記事を担当しております」

えっ、ハードル高すぎないか、この取材。しかも、業績的にみてもそんなにおいしくなさそうだし・・・。

記者はそのような相手の落胆への対応には慣れているらしく、励ましながらフォローする。
「大丈夫ですよ、最終原稿の表現はこちらのほうで咀嚼しますから」

末席は、少し離れたところで涼しげにミネラルウォーターを飲んでいるマネジャーをガン視しながら、しぶしぶ応諾した。

アベノミクスの「3本の矢」、金融政策・財政政策・成長戦略

「えー。では、さっそく。アベノミクスの要点は」

いきなりずいぶんザックリ聞いてくるなぁ、この記者は。末席は禅問答の試練に耐える修行僧のような心境で応える。

「(1)金融政策と(2)財政政策と(3)成長戦略と言われています。これがいわゆるアベノミクスの『3本の矢』ですね。これでデフレ不況というおバケを退治するわけです」

「(気は遣ってもらってるな、でも用語の言い換えはあとでこちらで適切に考えるとして)その3つをやればいい、ということなんでしょうか」

「そうですね。ただ、これには注意書きが必要です。じつは、この『3本の矢』という言い方はじつに絶妙なのです」

「なるほど。それはやはり折れにくいとか、強靭になるとか、そういうことですか」

担当者は、首相のお膝元出身者か、歴史好きな人かもしれないな、と末席は思いながら続ける*1。
「もちろん、そういう意味もあると思います。ただ、歴史学的にだけでなく、これは経済学的にも非常に重要な示唆があるのです。3本の矢を射るときには、一本ずつ射ますよね」

たしかに、連射するにしても、一人だったら順番に放つことになるな。こういう論のはこびは、こどもたち(読者)が喜びそうな気がする、そう予感がしながら嬉しそうに聞いている。

「じつは、その順番をも首相は明示しているのです!」

「だから末席さんはわざわざ番号をつけているんですね。順番が違ったらだめなんですか?」

「じつはそうなんです、ちゃんと順番を守らない生徒は、先生に怒られるわけです。まあ首相の場合は、経済学の先生にですがね!」

きっといま上手いこと言ったと悦に入っているはず、そう記者は察しながら応える。
「いやー、ウマいですね。読者も喜ぶと思います」

末席はまんざらでもない様子で続ける。

「(1)の金融政策を最初にやるのが肝心です。これが十分でないと、あとが続きません」

「十分とはどのくらいでしょうか?」

「金融政策というのは通常、政策金利の設定によって行います。景気が加熱気味であれば金利を引き上げておカネを借りにくくし、景気がよくなければ金利を下げて、おカネを借りやすくして使ってもらいやすくするわけですね*2」

「で、金利を0%まで下げると*3。アレ?でも景気は良くなってない気が・・・」
「通常であれば、そこまでしなくても持ち直すものなのですが、これはなかなか重症な患者さんだということですね」

「金利は0%で、これ以上は下げられないということは、もう打つ手がないのでしょうか」

「これに関しての議論は、じつは日本では10年以上も続けられているところなのでした。いまでもまだその意見はけっこう根強いのですが、海外の著名な経済学者の多くは、『打つ手はなんぼでもある』*4と言っています」
なぜ外国人のセリフが関西弁風なのだろうか。そんなこども騙しは、いまや目の肥えたこども新聞読者には通用しないんだよな、と思いながらも相槌を打った。

「それが、いわゆる『量的緩和』といわれるものですね。金利が0%でも、こんどは量を増やして勝負、どうぞどんどん借りてください、というわけです」

「でも、0%で借りないのに、同じ0%だとしたら、やっぱり借りないですよね」

「なるほど。では今まで、金利0%(という破格の借りやすさ)でもおカネを借りてくれなかったのはなぜだと思いますか?」

「うーん、おカネを借りても、それを使っても儲けるのが難しそうだからじゃないですかね・・・」
記者はこども役に慣れているようだ。

「そうですね。ではなぜそう思うのでしょうか。そう、不況だからですよね。モノを作っても売れなさそうです。とくに起業家は大変ですよ、いま成功してる人はすごいと思います。で、その不況の元凶がデフレ(とそのスパイラル)なのではないか、という見方があります」

*1: 矢は3本束ねると折れにくい、と息子たち3人が力を合わせるよう諭した長州の戦国大名、毛利元就の逸話は有名
*2: 通常、金融政策は、中央銀行が政策金利目標を定めて各種オペレーションを実行する
*3: 現在はゼロ金利政策を継続中で、金利はほとんど変動していない
*4: たとえばノーベル賞学者、ポール・クルーグマンは「なんぼでもあるのでなんぼでもやって、さっさと不況を終わらせろ」という趣旨のことを述べている

インフレ・ターゲティング明示のイミ

「それはよく聞きますね。でもなぜデフレだとマズいのでしょうか」

「デフレだとモノが安くなりますよね、牛丼だって安く食べられます。ただ、そう喜んでいる間に、なぜか自分の給料が下がっていたり、ましてや失職してしまいやすい状況が生まれていたとしたら、どうでしょうか*5」

「牛丼におカネを使うのももったいない、お昼は手製の弁当にして、いざ失職したときに備えようとするかもしれない」

そういう人に取材をしたことがあるのか、記者の相槌はここだけかなり具体的だ。

「そうですね。それは企業側にとってもしょうがないところもあるんです、デフレによる雇用不安下でモノが売れないのと同時に、会社の資産が年々目減りしていきます。また、投資したい案件があっても、来年のほうが安くなりそうだ、ということであれば買い控えをしますよね、合理的に考えればこれはしょうがないことです。それが何年も続くと、ずっとおカネを使わないままになってしまいます。で、どんどん不況が深刻化する。これがデフレとデフレスパイラルのメカニズムの説明です。デフレでなければ、必要なものにおカネを使う人も増えて、低い金利で借りたおカネで投資をして儲けをあげられる企業も増えて、景気がよくなってきます。まあ、話は簡単ですね」

簡単かどうかは最終的には読者が決めることなんだけど・・・、と思いながら記者は応える。
「なるほど。じゃあ、デフレは退治したほうがいいとして、どうすればいいのか手段も『なんぼでもある』として、なぜやらないんですか?

待ってましたとばかりに末席はその言葉に飛びついた。
「まさにそれをいまの首相が選挙で問うたわけですね!」

そういうことだったのか。案外、こうして淡々と説明されたほうがわかりやすいかもしれない。日々の報道に流されてしまうと、わかっているようでよくわからなくなるものなんだな、と記者は自省しながら言った。
「そして、デフレを脱却します、その手段がインフレ目標の設定だと宣言したのですね。ただ、あの時点であれ言われても、何がなんだか分からない人のほうが多かった気が」

末席は頷いて応える。
「まあ、そうですよね。実際、景気対策の初手の初手なのですが、これがかなり専門的なんですよね。選挙の最大の争点がインフレ率だったのですから、経済学的には画期的です!*6」

勝手に悦に入っている末席をいなしつつ、記者は疑問を投げかける。
「それって、でも、正しいんですか?インフレってどちらかというと良くないというイメージが」

「たとえば二桁%以上といった高すぎるインフレは問題ですね。ただ、デフレは最悪だ。というわけで、学者によって議論が分かれますけれど、だいたい2~5%のあいだくらいが物価としてちょうどいいというのが国際標準でしょうかね。そのあたりだと、マネーという『経済の血液』の巡りがよくなるらしいのですね!というわけで、多くの先進国は目標を定めて、そこに収まるように金融政策をやります」

「それが、いわゆる『インフレ・ターゲティング』というやつなんですね。今回、首相はそれを『2%』と設定した」

「まあ、もしかしたら、もっと高くてもいいと思っているかもしれませんが、結局2%ということにして、中央銀行と共同声明を出しましたね

「(えっ、本音では?と聞きたいけど、まあ、こういうウラオモテというものはこどもにとってはよくない話だな・・・。)*7それは分かったとして、なんで今までそれをやらなかったんでしょうか」

「さあ・・・。世界の七不思議のひとつと言ってもいいくらいの興味深いナゾですが*8 、それもそろそろ解明されてくるかもですね!」
「でも、こんなに何年も続いているのに、本当にできるんでしょうか」

「そうですね、もうザックリ15年くらいになりますかね。経済学の世界では、処方箋は当然ありますよ*9。ただ、それができる人は中央銀行の非常に限られた人たちで、その責任者が『それやりたくない』『やっても効果ない』『景気が回復すれば自然にデフレ脱却できる』という人であれば、もうしょうがなかったのかもしれませんね。その責任者が法律的に独立した存在なのであれば、説得に応じなければもうなすすべがないわけです。でも、いま首相は、『インフレ目標を早く守ってもらうか、守ってもらえないというなら次は守ってくれる人にします』と厳しく言っている、というわけです。

「約束は、オトナだって守らなければならない、ということなんですね。ではもう、大丈夫ですね!」

「と思っていましたら、共同宣言発表直後に上がった株価が、すこし後であっという間に値崩れしました*10。いろいろな見方ができるかと思いますが、結局、市場は『約束はしたけど、ホントかな』って疑ったんではないか、と。まあ、デフレを15年も事実上放っておいたとマーケット関係者は思っているのですから、半信半疑なところもどうしてもあるのでしょうね、彼らは文字通り非常にゲンキンですから、言ったことをそのまま信じるようなことは、なかなかしないんです。『それ裏付けるマネーの量、足りてないじゃん』*11となったらそれまでですので、期待して買っていた人はさっさと株なんて売り払って逃げるわけですね。でも一部は信じて残る。その人数のバランスで株価はいま決まっていると思われます*12」

「えーっ。ちゃんとおカネ出すって公に言ってるわけですよね、2%っていう物価水準まできちんとやるって」

「うーん、でもたぶんマーケットは『やるつもりですが、仮にやれなくても罰則はありませんし、あしからず』と聞いたのかもしれません」

「そんな!それ守れなきゃダメじゃないですか、こどもの教育にもよくないですよ!」

「そうですね、ちゃーんとそのように書いておいてください。市場関係者はもちろんガン視していますし、なにより将来の日本を支えるこどもたちが、オトナが約束を守るかどうかじーっと見ていますよってね!」
末席は、おそらくお子さんがいそうなその記者に、笑って答えた。(つづく)

*5 本編第4回で詳説のフィリップス曲線を参照
*6経済問題、景気対策を掲げるのはごく普通だが、物価水準を明確に数字で公約にするのは極めて稀で、史上初めてのことかもしれない
*7選挙中には2~3%といった発言もあった。海外には、4%くらいでもいいという著名な学者も複数でいる
*8米FRB(Federal Reserve Board、連邦準備制度理事会)のベン・バーナンキは、プリンストン大学経済学部長時代、日銀のある議事録を読んで、「一人を除いてみんなジャンクだ」と不思議がっていたという
*9インフレ・ターゲティングの設定による金融緩和の実施がその王道
*10 2013年1月22日の日経平均株価の動向を参照
*11一説には、裏付けになる金融緩和の規模が20~40兆円ほど足りず、しかも実施時期が遅すぎる、といった意見がある
*12たとえば日経平均、TOPIXなど、株価平均の代表的なインデックス指標の動向は個別銘柄の事情をかなり排除できるので、このことが顕著に現れるため、よく景気動向の見通しを伝えるものとして引用される

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