あの件ははっきり覚えているよ -記憶の捏造 

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問題です

以下のAさんの問題は何か。AさんとBさんは出版社の編集部で同じ雑誌を担当している同僚である。

A: 「Bさん、今度の寄稿の件、Cさんを執筆者候補に挙げているけど、彼はやめておいた方がいいと思うな」
B: 「なぜだい?」
A: 「このCさんって、トラブルが多いのよ。原稿の内容そのものは悪くないんだけど、原稿提出が締切を大幅にオーバーしたり、相手の許可を得ずに実名でプライベートな発言を引用したりと、何回かてんてこ舞いしたことがあるわ」
B: 「それはたまたまAさんが担当の時の話じゃないの?」
A: 「いえ、そんなことはないと思う。まあ、たしかに私自身、彼に痛い目にあわせられたのは間違いないけど。Cさんとのトラブルは本当に記憶に残っているわ」
B: 「具体的にはどんな感じだったの?」
A: 「締切オーバーのケースでいえば、週刊Zを担当している時、何度も何度も携帯電話で催促したのに、原稿が来たのが、落ちる(印刷に間に合わなくなってしまう)35分前ということがあったわ。何とか印刷所で作業すませて間一髪セーフだったけど」
B: 「35分前って、また詳しく覚えてるね」
A: 「だって、その日は私の30歳の誕生日で、彼氏とデートの予定だったのよ!だからとにかく記憶に残ってるの。印刷所からはどんなに遅くても6時半までしか待てないと言われていて、さすがにそれまでには仕事も済んでいるだろうと思って、7時からレストランの予約をとっていたのに、実際に原稿が来たのは5時55分。ちょうどラジオで大相撲の最終取り組みをやっていたから、記憶に鮮明に残っているの。○○山と△△海の取り組みだったわ。胃が痛くなったせいか、せっかくの食事が全然楽しめなかったな」
B: 「へえ、すごい記憶力だね。まあ、いずれにせよCさんは避けた方が無難そうだね」
A: 「それがいいと思う」

後日。Bさんはたまたまスポーツ雑誌担当のDさんと食事をしていた。そしてたまたま話題は大相撲の話になった。

B: 「○○山と△△海だと、やはり横綱の○○山の方が大きく勝ち越しているんだろうな」
D: 「なんだい急に。まあ、たぶんそうだと思うけど、○○山はもう7年前に引退しているから、僕も記憶は定かじゃないな」
B: 「え、7年前?」
D: 「そうだよ。○○山が引退したのは20XX年だから。それと入れ替わるように□□里が横綱になった。それは間違いないよ」
B: 「変だなあ。週刊Zは5年前の創刊のはずだが・・・。Aさんがあれだけ自信もって喋っていた話と辻褄が合わないけど」

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解答です

今回の落とし穴は、「記憶の捏造」です。これは、ある人の記憶が、どんどん(しばしば本人の都合いいように)変更、糊塗されていくというものです。記憶は意思決定や行動の根拠になりますから、記憶の捏造も当然、誤った意思決定や行動の原因になることがあります。

そもそも人間の記憶というものは曖昧なもので、しばしば他の記憶と混乱することがさまざまな研究から示唆されています。明確に覚えていたはずの記憶が、他人からの指摘によって、別の出来事と混乱していたということがわかったという経験は、誰もがお持ちではないでしょうか。

冒頭ケースのAさんの話も、このパターンが当てはまる可能性がありそうです(Bさん、Dさんの記憶は正確という前提はつきますが)。実際にCさんが大幅な締切遅れをしたのは事実で、相撲の取り組みの方を勘違いしていただけなら大した問題ではないかもしれませんが、実は締切を大幅遅延したのは別の執筆者で、それが混乱してCさんが主人公になってしまったのだとしたら、Cさんにとっては災難と言えるかもしれません。

大昔のちょっとした出来事が非常に大きな話になってしまう「ドラマチック効果」も、記憶の捏造の一種と言えます。たとえば、2日連続で徹夜仕事をしたという話が、いつの間にか、4、5日連続で徹夜した言う記憶とすり変わってしまうなどです。これは、他人に対して大げさに話をしているうちに、それがあたかも事実であったかのように錯覚してしまうことが一因となって起こります。

一度印象に残ったことに関して、型にはめて見てしまう「ステレオタイピング」も記憶の捏造の要因の1つと言えます。たたえば、スポーツの世界などで、一度「チャンスに弱い」というレッテルが貼られると、ことさらチャンスをものにできなかったシーンばかりに着目してしまい、「やはりあいつはチャンスに弱い」と記憶に強く留めてしまうのです。

記憶の捏造はこうしたさまざまな原因によって起こりますが、他の要因として重要なものに、人間の「自信過剰」の傾向があります。これは、何の根拠もなく、自分は他者に比べ結構いい線いっていると考えてしまう人間の傾向です。

たとえば、「あなたのIQ(あるいはEQ)は世の中の平均より高いと思いますか?」あるいは「あなたは平均よりも出世すると思いますか?」という質問をすると、母集団にもよりますが、概ね3分の2くらいはイエスと答えるとされています。正規分布を前提とすれば、本来は50%のはずですから、明らかに自信過剰の人が多いことが分かります。

記憶についても、この自信過剰は効いてきます。記憶は本来あやふやなものなのですが、この自信過剰と重なると、本来あやふやだった記憶が、さも「絶対に間違いのない事実」として本人の頭の中には確立してしまうのです。

こうした傾向は人間の情報処理能力そのものとも関連してくるので、なかなかそこから逃れるのは容易ではありません。しかし、重要な意思決定を下す際には、その主要な根拠となっているのが自分の記憶の場合は、一度、それがどのくらい正確なものか、自問してみるのがよいでしょう。

*****

さて、2年弱の長きにわたってご愛読いただいたこの「カイゼン!思考力」の連載ですが、今回が最終回となります。幸いにして、冒頭ケースC氏のように原稿が間に合わないかも、ということもなく、ほぼノートラブルで(これは記憶の捏造ではないはず(^^)ですよね、加藤編集長?)毎週掲載でき、毎回多くの方に読んでいただけたことは非常にラッキーでした。

自分で書いておきながらこう言うのもなんですが、「でもこれって、自分でもよく陥るよなあ」と思いながら続けてきた連載でした。特にバイアス系の話などは、人間という動物の本性でもあるわけで、なかなかそこから自由になるのは容易ではないということを改めて感じます。その他にも、論理展開の話や数字系の話など、さまざまなテーマについて書いてきましたが、それらが少しでも皆さんのヒントになれば幸いです。

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