じつは、経済学は金儲けの役に立たない!? ―経済学と経営学はどう違う? 

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「この四月に、甥が大学に入るんだがね」

そう顔をほころばせながら話をする嶋野は、そうとうの叔父馬鹿ぶりを感じさせるに十分なウキウキ感を漂わせている。

「へぇー、それはおめでとうございます!学部はどこなんですか?」
末席はいかにも興味があるふうに聞いてはいるが、じつはそうでもない。

「それが経済学部なのだよ」
嶋野は「私の影響かもしれない」と言わんばかりの笑みを浮かべている。

「お祝いはもうされたんですか?」
末席は、手元のキーボードを叩きながら相槌をうっている。

「いや、まだなんだ。入学祝に何がいいかを聞いたら、クルマがいいと言うんだよ」
叔父としてはまんざらでもない、そんな表情をしているが、明らかに甥のお願いは求めすぎだな、と末席は思った。

「ただ、クルマは事故が心配なので、どうしたらいいかなと思っていて」
嶋野は甥の失望と身の危険とを秤にかけているようだ。ハムレットのように苦悩している。

「クルマは環境に負荷がかかるからって、なにかほかのものにしてもらえばいいじゃないですか」
末席は、嶋野を苦悩の淵から救うべく、もっともらしい理由を考えた。決して嶋野の甥がクルマのある豊かなキャンパスライフを堪能することを妬んでいるわけではないんだ、と自分に言い聞かせながら。

「ただ、そうすると、こんどは『じゃあ、環境負荷のより小さいバイクでいい』と言われたらどうする、もっとリスクが高まる上に、断る理由も失ってしまう」

交渉術の本の読みすぎなのか、相手の出方を即座にいろいろと想定するクセがついているようで、ウーンと唸っている。

「バイクだと、雨の日はつらいですよね、あと冬は寒いですよね。そして、女子の送り迎えに向いてませんよね。経済的に考えても投資効率が悪いんじゃないかと」

末席はなぜこんな理由を自分がいろいろと考えなければならないのか、よくわからなくなってきている。もう切り上げたいというふうに、末席は続ける。

「だいたい、1番目に好きなものは自分でバイトして買えばいいのでは。インセンティブの設計の観点からも良くないですよ。経済学部に入る学生さんであれば*1、その意味はわかるはず」

「む・・・。そこなんだよ・・・」

そう言って嶋野は末席のほうをチラリと見た。
「じつは、甥は経済学が何を目的にしているのかわかっていないのだよ・・・。いわゆる『とりあえず経済』学部生なんだよ・・・」

意外そうな顔をして末席は言った。
「主任の甥子さんだというのに、なんという・・・」

「いや、ほら、身近な人の話は逆に聞きにくいということもあるじゃないか・・・」
嶋野はつまり「うるさい叔父」だと思われたくないらしい。末席は、主任の叔父馬鹿ぶりに思わずニヤニヤしてしまった。

「そうだ、じゃあ、末席くんから甥に話して聞かせてくれないか、その経済学の目的とやらを」
嶋野は、いい案を思いついたとばかりに目を輝かせて言った。

「いやー、僕も分かっているかどうか自信が・・・」
末席は反射的に口ごもった。この研究所にいると、どんな些細なお願いでも、まずは断わろうというクセがついてしまう。人間は、ムチャぶりを脳ではなく脊髄で判断するのだろうか。末席は自分の身体をしげしげと見ながら、しかし、すぐに受諾の返事をした。
「『経済学の目的とは何か』がわかればいいんですね。まぁ、お金儲けのために役立つと思っている人は多いですからね」

末席は、学生が誤解しやすいイメージのなかで、最も典型的な例を挙げて言った。

「・・・えっ、違うの?」
嶋野はびっくりしたまま絶句してしまったが、あとは末席に任せることにした。嶋野にしてみれば、最終的に甥が満足すればそれでよいのだろう。

「いま甥に連絡するから」
嶋野はこころなしか足取りがスキップ調になっている。

一部始終を離れて見ていたマネジャーは、末席の近くに来てボソリとつぶやいた。
「主任の甥子さんが、これでもし経済学嫌いになったら、ちょっと末席君の身が危ないな」

末席は、普段の講義とはまた一味違うプレッシャーに、胃がキリキリと痛くなっていた。

*1開発経済学的見地から。経済的に困っている層への過度の物的援助は、貧困問題への根本的な解決への道のりを遠くさせる可能性があり、それよりも自助自立をサポートする観点からの支援に重心を置くべきという意見がある(『エコノミスト 南の貧困と闘う』イースタリー著、2003年)

儲からないけど、損する確率は下げられる

「はじめまして、ケンジといいます。今日はよろしくお願いいたします」

いまどきなかなかいい挨拶をする若者じゃないか、と末席は好感を持った。

「どうだ、いまどきなかなかいい挨拶をするナイスガイだろう」
と自慢げに嶋野は言った。末席は、そう思っていたにもかかわらず、なぜか素直にイエスと言いにくい気分になる。

「こんにちは、ケンジさん。こちらこそよろしくお願いしますね」
末席は、嶋野の言葉にうなずきながら握手をした。

「質問があれば、どんなことでも聞いていい人だから」
嶋野は末席を指して、ケンジに向かって言った。末席は便利に使われることには慣れているので、このような扱われ方は、じつは気に入っている。

「なんでもどうぞ。私で答えられれば、ですが」
末席は、昨日から一夜漬けで覚えてきたことをアタマの中で反芻しながら言った。

「ありがとうございます、ではさっそく。経済学を勉強すると、お金が儲けられますか」
ケンジはどうやら現金な性格らしい。

「必ずしも儲けられません」
末席は自信満々にキッパリと言った。

「えっ、そうなんですか!じゃあ、まじめに勉強しても意味ないのかな・・・」
ケンジは明らかに落胆している。つられて嶋野もガッカリしているようだが、末席は後者のほうは気にしない。

「もしそういう方法が存在するのなら、みんなお金儲けができることになります。でもそれは相対的に誰も儲かっていない状態に等しいことになりますね。つまり、原理的に不可能だということです」
末席は背理法*2を用いて説明した。ケンジはわかったようなわからないような表情をしている。数学者でもある嶋野は、排中律*2を無条件では認めない派であるため、態度を保留しているようだ。ただ、訝しげな表情の外見は両者ともよく似ている。
末席は気にせず続けた。
「ただ、知らないとお金を損する確率が上がるかもしれませんね」

「損するのはたしかに嫌だなぁ」
ケンジの言葉に、嶋野もうなずいた。嶋野がクーポン券のコレクターであることを知っている末席は吹き出しそうになるのをこらえて続ける。

「というわけで、どんなメカニズムで損得(といった経済現象)が発生するのか、それを一般的に解明、理解するのが経済学です」

「理解して、何か得するんですか?」
ケンジは腹の足しになるものを探している子供のように言った。

「・・・」
少し間を空けて、ちょっと困ったように末席は言った。
「わかると楽しいですよ!」

ケンジは、どう楽しいのか想像もできないというふうに言った。
「楽しいかどうかよりも、お金にどうつながるかどうかが知りたいんです!」
嶋野も、憤っているようだ(「当然だ、言うまでもなく経済学は楽しいに決まっているじゃないか、その先を知りたいと甥は言っているのだよ!」)。

二人に気圧されて末席は答えた。
「お金にはもちろんドンピシャで直結します。経済(学)の歴史を振り返ってみれば、おのずとその目的がわかると思いますので、できるだけザックリ見ていきましょう。その前にまず、経済学と経営学の違いから説明したほうがいいかもしれませんね」
*2: 背理法とはある命題の否定が偽であることを示すことでその命題が真であることを導く証明法のこと。排中律とは、ある命題かその命題の否定かのどちらかが必ず真であるとするものであり、排中律を認めないことは即ち、背理法を使った論法にも懐疑するということになる。

経済学の目的とは?

「経済(学)は、ザックリいえば、なぜ富が発生するのか、なぜ、富の発生にムラがでるのか、その富は誰のものになるのか、どうしたら富を有効活用できるのか、といった現象・事柄について、なぜそうなのかを考えることです。ですので、概念的には、人類史上の富の発生の時点からありえるといえばありえます」

「その富を金額換算する単位が、お金(マネー)です。それは金属のこともありますし、紙切れのこともあります、また、形になってない場合(信用)だってあります」

「その関係性について根本的に考えるのが経済学です。わかりました?」

ケンジはよけいに何がなんだかわからなくなっているようだ。嶋野は末席があまりにも当たり前のことをなぜ言うのかがわからないでいる。嶋野の方は気にせず、ケンジのために末席は続ける。

「そして、経営学はどうしたら自分(たち)が上手に生き残れるかの方法を考える学問です。つまり、プロセス的にはいろいろありうるかもしれませんが、結局は自分の幸せを考える学問なのです。経済学は、みんな(人類)の幸せはどのように実現できるのか(あるいはできなさそうなのか)、その(社会)環境的なメカニズムを説明しようとします。字面は似ていますが、このふたつはけっこう違いますよね。生物学的な比喩を使えば、火星で人類がそもそも生きて行けるかどうか、あるいはどういう条件を満たしたら住めそうかを研究するのが経済学で、火星に住めたとして、そこでどう自分が生き残って(できれば楽しく生きて)いくための方法を考えるのが経営学です」

ケンジは比喩にしては題材があまりにも現実離れしていることに驚くとともに、そこまでのスケール感がなぜ必要なのかわからず戸惑いを感じている。嶋野のほうは、この比喩がわかりやすくて気に入っているようだ。嶋野の方に引きずられないように末席は続ける。

「別の言い方をザックリとするならば、経済学はみんな(社会)の損得(のメカニズム)が対象、経営学は自分(個)の損得(の最大化)が対象、ということになります」

「なんだか、それだと経営学のほうが役に立ちそうですね」
ケンジは、学部選択に後悔の念を滲ませて言った。

「そうかもしれませんね。ただ、個の利益は、みんなの利益をよりよく産み出す社会から生み出されやすいとすれば、経済の仕組みそのものを研究する経済学の理解なしには、実現が難しいこともあるわけです」

ケンジは途方もなさそうな表情で言った。
「でもそれって、まどろっこしくないですか?なんかこう、これをやればいいよっていう題目だけ教えてくれればいいんだけど・・・」

「そういう題目があれば、私もそれだけでいいですよ。でも、それは最初に証明したようにありえないのです。もっと言えば、どう上手くいったかどうかが合理的にきちんと説明できないと、たまたまなのか必然だったのかが区別できませんよね。そうなると、その題目はもはや願掛け同様であって、サイエンスとは言えないわけです、再現性が危ういという意味で」

ケンジはもはや観念したようだ。

「というわけで、経営学をサイエンスとして学びたい人は、結果が導かれた理由と紐付けてしっかり理解するために、経済学(や諸科学)もあわせて学ぶべきなんです、というところまではガッテンしていただけましたでしょうか」

なぜ、TV番組調で締めるのだろうか、ケンジは不思議に思いながらしぶしぶうなずいた。嶋野はうなずく甥を見て、楽しそうに拳をつくり目の前のテーブルを2回叩いた。

<次回(第7回)経済史編に続きます>

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