結局正しいのか、正しくないのか -例外のパラドックス 

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問題です

以下のAさんの問題は何か。

Aさんは中小企業の経営者。自社の経営理念の一節を見てふと疑問を抱いた。

「わが社の経営理念には『ルールは常に変えていかなくてはいけない』って謳ってあるけど、経営理念も考えてみたらある種のルールよね。ということは、この経営理念もいつかは変えろということになってしまわないかしら。でも、そうしたら、『ルールは変えてはいけない』ということになってしまう。それって何だか変ね。『ルールは常に変えていかなくてはいけない』って、せっかく良い理念なのに、なんだか矛盾したことを言っているような・・・。どう考えたらいいのかしら」

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解答です

今回の落とし穴は、「例外のパラドックス」です。「自己言及のパラドックス」と呼ばれることもあります(「例外のパラドックス」を「自己言及のパラドックス」の一部と捉える考え方もありますが、ここでは議論を単純化するためほぼ同じものとして取り扱います)。これは、ある主張が、自分も含んでしまうとその主張自体に矛盾が生じてしまうため、扱いに困ってしまうというものです。

典型的な例としては以下があります。

「貼紙禁止」と書いた貼紙
「絶対に返事はしない」という返事
「例外のないルールはない」というルール
「クレタ人はみな嘘つきだ」というクレタ人

これらは皆、自己に言及したときに、主張そのものと矛盾を引き起こしてしまいます。たとえば、「貼紙禁止」と書いた貼紙は、そこで書かれた内容をその貼紙に転用すると、明らかに矛盾しています。おかしなことを書いた貼紙だなあと思う人は一定数はいるでしょう。

最後のクレタ人の例は、大昔からこのパラドックスを説明するのによく用いられてきた代表的なものです。この発言が真なら、主張は否定されるし、この主張が偽なら、このクレタ人は正しいことを言っていることになるので、また矛盾が生じてしまう。この事例にちなんで、このパラドックスを「嘘つきのパラドックス」と呼ぶこともあります。

冒頭のAさんのケースは、上記の「『例外のないルールはない』というルール」に近いかもしれません。天の邪鬼な社員がいたら、「この経営理念は矛盾していませんか?」と言ってくる可能性は否定できません。それに対して、うかつに「屁理屈を言わないで!」と答えてしまっては、経営者としての信頼感、インテグリティに傷がつきかねません。

この問題にいかに対処するかについては、昔から哲学者や数学者がさまざまな考え方を提示してきました。すべてを紹介することはできませんが、その中で最もビジネスパーソンにとって説得力があるのは、バートランド・ラッセルが提示した、「自分自身を要素として含んではいけない」と考える「階型理論」でしょう。

貼紙の例でいえば、「貼紙禁止」と書いた貼紙は、他の貼紙と同等のレベルで考えてはいけない(考える必要がない)というものです。言及している対象を超越したメタ次元のものを、同じ次元で考えるから混乱が起こるのであり、そこをしっかり切り分けるとそうした矛盾は解消するという考え方です。

言われてしまえば至極もっともな考え方ではありますが、数学的な集合論の知識などが頭にあると、かえって混乱してしまうものです(ちなみに数学的な議論にご興味のある方は、ゲーデルの「不完全性定理」について簡単に調べてみられるとよいでしょう)。

ビジネスは、普遍の真理を追う数学などとは違います。必要以上の論理的精緻さにこだわるのではなく、「こう考えればすむよね」といった割り切りでどんどん先に進めていくことの方がはるかに重要なのです。

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