それって当然、こういうことだよな -推理による記憶強化 

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問題です

以下のAさんの問題は何か。

Aさんは雑誌を読んでいた。そこには以下のような記事があった。

「亡くなったBちゃんの父親は、常日頃から、ちょっとした拍子に激高することがあった。その日は、Bちゃんの寝ぐずりが収まらず、父親は声を荒げ、激しく感情を表に出したということが、近隣住民の証言から明らかになっている。Bちゃんが遺体で発見されたのは、その翌日であった」

「これは間違いなく父親が犯人だな。それにしてもBちゃんはかわいそうだ」

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解答です

今回の落とし穴は、「推理による記憶強化」です。特に定まった用語があるわけではないので、ここではこのように呼びます。これは、ダイレクトあるいは具体的に物事を語られるより、推理や想像を働かせる方が、かえって記憶に残りやすいというものです。強く記憶に残るだけならいいのですが、間違って推理した場合は、時として望ましくない結果をもたらします。

冒頭ケースの雑誌記事の中で語られている事実は、単純化して言えば、父親が前の日に激高したということと、次の日にBちゃんが亡くなったということだけです。父親が暴力をふるったなどという具体的な記述はありません。しかしここに、推理や想像が入りこむ余地が生まれます。推理や想像は、具体的に書いてあることを単純に理解するよりも、受け手に頭の働きを要求します。それがかえって「自分が考えて導きだした」ということで、印象に残ることにつながってしまうのです。

このケースであれば、Aさんならずとも、「父親がBちゃんに暴力をふるって」という推理を働かせてしまい、そうしたシーンを頭の中に思い浮かべるでしょう。それが本当のことであればまだ害は少ないですが、もし週刊誌の記事が、憶測に基づいてミスディレクションするように書いてあったとすると、ひょっとすると無実の人間を頭の中で容疑者に仕立て上げることにつながるかもしれないのです。

ビジネスでもこうしたことは頻繁に起こります。例えば、Cさんがクライアントを怒らせてしまった、しばらくしてそのクライアントとの取引が切られてしまったという状況になると、多くの人は、Cさんがクライアントを怒らせたから取引を切られてしまったのだと類推を働かせます。

もちろん、その可能性はありますし、それが切掛けとなった可能性は否定できませんが、実は、取引停止は既定路線であり、Cさんの出来事があろうが無かろうが取引は切られる運命にあったかもしれないのです。もしそうだとしたら、最も責められるべきはCさんではなく、当該のクライアントと一番接点のあった人のはずです。しかし、多くの場合、冷ややかな視線はCさんに行きがちです。

こうした類推や想像は、特に時系列の因果関係において強く働きます。もともと人間は、物語を好む動物です。物語はたいてい時系列に沿って書かれており、ストーリーの中で飛躍があると、人間はそこを埋めようとします。埋めないと気持ちが悪いからです。

逆に言えば、まさにミスディレクションするように物語を与えられてしまうと、人間は間違った類推を働かせ、しかもそれを記憶し、周りに喋ってしまいやすいということです。世に広まっている陰謀論などはこのパターンが多く見られます。例えば、「J.F.ケネディは、戦争で金儲けを企んでいた軍需産業の意に反して、ベトナム戦争を終結させようとした。そしてケネディは、ダラスで暗殺された」といった類のストーリーです。そこそこ蓋然性も高く、記憶にとどめやすいことから、多くの人がこうした話を口にしてしまいます。

物語は、昨今、組織文化を強化したり、戦略の意図を伝えたりする道具として非常に脚光を浴びています。しかし、使い方を誤ると、「推理による記憶強化」と相まって、人々を好ましくない方向に招いてしまう可能性があることは留意しておきたいものです。

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