本当にその確率? -シミュレーション・ヒューリスティック 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

問題です

以下のAさんの問題は何か。

A: 「さて、明日はいよいよ経営陣向けのプレゼンだ。ここまで頑張ってきたのだから、ぜひ成功させたいものだ。でも、自分は上がり症だからな。もし最初で噛んじゃったりして、あたふたしたりしたら、オーディエンスからは冷たい視線が飛んで来そうだな。俺ってそういう視線に強くないからなあ。ますますプレゼンが拙くなって、伝えたいことが伝わらなかったらどうしよう・・・。もちろん、質疑応答で挽回するチャンスもあるだろうが、そういう時になると、俺の苦手なZ事業本部長あたりが、辛辣なコメントを最初にくれたりするんだよな。というか、その可能性はかなり高そうな気がする。Z事業本部長とはどうも昔から相性も悪いし。うーん、考えれば考えるほど、やられる気がする。そうなると絶対に俺、固まっちゃうだろうな。困ったなあ」

19348310ff28d8badc458f5d6efc5781 e1422005048972

解答です

今回の落とし穴は、「シミュレーション・ヒューリスティック」です。一般に、「○○した結果、△△になるだろう」という「連言事象」では、詳細なシミュレーションをするほど、記述や描写が詳細になってゆきます。その結果、ある事柄の代表性、言い換えれば「もっともらしさ」が高まります。そして、それが、連言事象の起こる可能性を、実際の可能性よりも過大に錯覚させてしまうのです。

この説明からもわかるとおり、このヒューリスティック(経験則、自己発見的学習)は、かつてこの連載でも紹介した「代表性ヒューリスティック」や、それを示す有名な「リンダ問題」の設定と、根底の部分で通じるものがあります。

冒頭のケースでは、Aさんは、プレゼンがうまくいかなくてZ事業本部長に厳しく突っ込まれ、固まってしまう可能性をかなり高く見積もり、勝手にブルーな気分になっています。しかし、本当にAさんが質疑応答のシーンで固まってしまう可能性はそんなに高いのでしょうか?

本来のこの事象の可能性Pは、ラフに計算式で表すと

P=最初に噛んでしまう確率×あたふたが制御できない確率
×Z事業本部長が厳しい突っ込みを入れる確率
×厳しい突っ込みを入れられた際に固まる確率

となります。多少Aさんが上がり症とはいえ、普通に考えればそんなに大きな確率ではありません(なお、ここでは、全く別の理由がもとでAさんが固まってしまう可能性は除外しています)。

ところがAさんは、悪いイメージのシミュレーションを精緻(?)にやり過ぎたが故に、プレゼン本番がうまくいかないのは、もう既定の路線というか極めて確度の高い事象のように扱ってしまっています。そうなるとそこがスタートラインになってしまいますから、Z事業本部長に厳しく突っ込まれ、固まってしまうという、本来はそれほど高くない可能性が、非常に高いものに思えてくるのです。

このように詳細なシミュレーションをした結果、ある事象の起こる確率を本来の確率より過大に評価するというパターンは、いろいろな場面で起こります。

たとえば、編集者が、アポを取って取材に行ったはいいものの、相手がそれをすっぽかしてしまった、というシーンを想像します(何か印象的な事件があると、こうした可能性をかなり高く見るようになります)。そして、すっぽかされた結果、原稿が間に合わず、自分の担当ページを埋められない。控えの予備原稿も、たまたま何らかの事情で載せられないことに。そして完全に穴があいて各所に迷惑をかけてしまう・・・。

よくよく考えれば、このようなことが重なる可能性はかなり低いはずなのですが、頭の中でいろいろ考えているうちに、どの可能性もかなり高いものに思えるようになってくるのが人間というものです。その結果、過剰にリスクを恐れて必要以上の備えをしたり、メンタルをすり減らしたりします。

事前にシミュレーションをしっかり行うこと自体は決して否定されるものではありませんが、それはある程度、確率判断も含め客観的にシミュレーションを行う場合の話です。いたずらにある事象の起こる確率を高く見積もって、浮かれてしまって必要な備えを怠ったり、逆に、必要以上にハイリスクと考えて手間やコストをかけすぎたりしていては、なかなかビジネスはうまく進みません。

未来の物事の起こりやすさに関する判断は、未来のことゆえに難しいものですが、難しいからこそ冷静に付き合っていきたいものです。

名言

PAGE
TOP