それって私が証明しないといけないの? -悪魔の証明 

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問題です

以下のAさんの問題は何か。

A: 「僕は、UFOは存在すると思うよ」
B: 「その意見には同意できないな」
A: 「どうして?この広い宇宙だ。人間以上の知性が存在する確率は十分に高いと思うがね」
B: 「もしそうだとしても、数十億年の宇宙の歴史の中で、たまたま人類と同時期に生存できた可能性は小さいんじゃないのかな」
A: 「その意見もわからなくはないが、高等な知性をもってすれば、そうした時間の壁を乗り越えることも可能だろう」
B: 「それはSFの世界の話だよ」
A: 「どうしても君はUFOの存在は認めたくないというわけか。じゃあ、UFOが存在しないという明確な証拠を示してほしいな」
B: 「存在しないという明確な証拠?」
A: 「ああ。もし君がそれを証明出来ないということは、UFOはやはり存在するということさ」

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解答です

今回の落とし穴は、「悪魔の証明」です。これは、「○○がないことを証明できないなら、○○は存在する」「△△であることを証明できないなら、△△だ」といった論法です。未知証明と呼ばれることもあります。なお、法律の世界では、所有権帰属の証明の困難性を指して悪魔の証明と呼ぶこともありますが(wikipediaより)、ここでは世の中で一般的に用いられている用法について説明します。

冒頭のケースは典型的な悪魔の証明と言えるでしょう。「ある」ということを証明するのであれば、実際に事例を紹介すれば事足ります。しかし、通常、「ない」ということを証明するのは容易ではありません。想定されるすべての可能性をつぶさねばならず、それは通常、ほぼ不可能に近いからです。

今回のUFOのケースであれば、仮に、極めて多大な労力を払って、過去の数千件のUFO目撃事件をすべて論破したとしても、あるいは、確率論的に知的生命体の存在確率をゼロに近いと示したとしても、「過去の目撃はそうかもしれないが、これから本物が出てくる可能性がある」「ゼロではなく、多少なりとも可能性があるなら、やはり存在しうるということだ」などと言われてしまえば、もうそれ以上反論することはできません。つまり、現実的に、証明することは不可能なのです。

オカルトなどの信者には、この論法を使う人が少なくありません。以下が典型的な事例です。

「幽霊が存在しないことを証明出来ないわけだな。ということは、幽霊は存在するということだ」
「ネッシーが存在しないことを証明した人は結局いなかった。やはりネッシーは実在したのだ」
「死後の世界が存在しないことは誰にも証明出来ない。つまり、死後の世界は存在する」
「202X年に人類は滅びる。これは誰も明確に否定できない。よって、間違いなく、202X年に人類は滅亡してしまうのだ」

悪魔の証明は、証明責任(立証責任)の転嫁と合わせて議論されることがよくあります。証明責任の転嫁とは、本来、自分が証明しなくてはならないにもかかわらず、その責任を相手に転嫁し、証明が難しいために相手がすぐに証明出来ないと、「やはり自分の論の方が正しい」などと主張するやり方です。ビジネスの世界でもよく登場します。

たとえば、ある事業について新規参入すべきと主張するなら、本来、自らが、参入すべき理由を示すべきです。しかしここで、「参入すべきでない理由を示してくれ。もしその理由が示せないなら、やはり参入すべきということだ」と言ったとしたら、これは典型的な証明責任の転嫁と言えるでしょう。

あるいは、「□□社との合併に反対する人がいるが、合併した時に起こる問題が、本当に起こるか示してくれ。示せないだろう。であれば、□□社との合併に反対する理由はない」というパターンも同様です。

世の中には、無意識にこういう議論をする人もいますが、証明が難しいこと、あるいは時間がないことを見越して、証明責任を相手に転嫁し、「証明出来ないなら、自分の論の方が正しい」というように、確信犯的に悪魔の証明を自分の有利になるように用いる人が少なからずいます。

何かを決める時、誰が証明責任を持つべきなのか、あるいは、悪魔の証明を押し付けられていないか(あるいは押し付けていないか)を冷静に見極めたいものです。

名言

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