それだけで決めていいの? -フォーカシング・バイアス 

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問題です

以下のAさんの考え方の問題は何か。

「セミリタイアして移住するとしたらどこがいいかな。生まれてこの方ずっと札幌に住んできたから、やはり陽光がさんさんと降り注ぐ沖縄だろうか。もし海外も視野に入れるとしたら、カリフォルニアやオーストラリアなんかもいいかもしれない。とにかく暖かくて住みやすそうだ」

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解答です

今回の落とし穴は、「フォーカシング・バイアス」(FocusingBias)です。物事を判断する時に、ある特定の側面のみに目を当てすぎて、結果として必ずしも望ましくない結論を出してしまうというものです。

今回のケースでは、Aさんは、札幌に数十年住んでいるということで、暖かい気候に思い入れがあるのか、沖縄やカリフォルニア、オーストラリアに移住できたら、と考えています。一見、ありがちな発想と言えますが、これでいいでしょうか。

筆者も沖縄は大好きですが、いざ移住となると、旅行で訪問するのと訳は違いますので、陽光がさんさんというだけでは不十分でしょう。米軍基地や台風被害、経済環境といった問題や、もし子供がいるのであれば、教育環境や就職の状況といった要素までをしっかり考慮に入れなければ、札幌も住みやすくて人気の街ですから、家族の賛同はなかなか得にくいと思われます。

今回の例に限らず、人間は、物事のある側面を過剰に重く見る傾向があります。たとえば、現在、ホットな話題になっている件として、静岡県の浜岡原子力発電所をどうするかという問題があります。即時運転中止派の人間は、福島第一原発の事故を見て、もし大きな地震が浜岡原発を見舞えば、福島よりはるかに大きな影響が首都圏を含め広範囲に及ぶと指摘します。

一方で、浜岡原発維持派の主張の根拠は、そうしたテールリスクを認めながらも、代替手段が出そろっていない段階で浜岡原発を止めてしまうと、夏に電力不足になり、熱中症で亡くなる人も出かねない、あるいは、ただでさえ今年は東北の震災がある上に、中部地方が電力危機に見舞われると、日本の工場が本格的に止まってしまい、経済に大きな悪影響を及ぼす、といったところでしょう。

どちらも、指摘している根拠自体が間違っているわけではありません。問題なのは、一側面のみを重く見て結論に結び付けようとしている点です(なお、中には、浜岡原発を止めても、中部地方の電力需要は全く問題なくまかなえるという見解を述べる人もいますが、これはよほどの降雨と冷夏に恵まれた場合であり、現段階では信頼性が低い意見と考えます)。

この手の議論をする際に、本来とるべき理想的な態度は、相手の意見も尊重した上で、創造的な最善策を協力して考えていくことです。ところが、普通、なかなかそうはいきません。たとえば、浜岡原発の例でいえば、即時運転中止派の人は、停電のリスクを過小に評価したり、代替エネルギーがすぐに湧いてくるような楽観論を述べたりするなど、かえって、意固地に元の自説にこだわったりします。あるいは、以前この連載で紹介した「確証バイアス」に捉われ、自分にとって都合のいい情報ばかりを見るようになってしまいます。

これは、その人が「背負っているもの」や価値観、立ち位置が違うので、ある意味仕方ないとも言えます。たとえば、地元の人と東京都民では、意見が違って当然とも言えますし、若い世代とお年寄りではまた重視するポイントも違うでしょう。

ただ、そうした違いゆえに、喧嘩腰になって議論が進まないというのは望ましい姿ではありません。立ち位置の違いがあることを認めながらも、不毛な中傷合戦にならないように意識し、想定されるさまざまなリスクや、コストベネフィットを、極力多面的に見た上で創造的な解を共に作っていくことが、我々に求められていることは忘れないようにしたいものです。

注)本コラムはあくまで思考力強化のための題材として書いたものであり、著者のエネルギー政策に関する私見を反映させたものではありません。

※追記(5/9):その後、浜岡原発について、稼働中の4、5号機も含めて運転を見合わせるよう政府より要望があり、中部電力もこれを受諾しました。コラム中に触れた中部地方の想定電力需要は、現状、さまざまな情報が飛び交っており、どれが真の数字かまだわかりません。いろいろな意味で今後の展開を見守りたいものです。

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