それって本質的なこと? -手続きルールの悪用 

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問題です

以下の議論の問題点は何でしょうか

ある会議における議論。

Aさん: 「ということで、この議論については、Bさんのグループの主張より、私たちの主張の方が妥当性があることは明らかですね」
Bさん: 「…」
Aさん: 「Bさん、そして他の方もよろしいですね。では、今回はこちらの案でいきましょう」
Bさん: 「待った」
Aさん: 「何でしょう?」
Bさん: 「今回の進め方に疑義がある」
Aさん: 「進め方、ですか?」
Bさん: 「ああ、この手の案件については、規則では、本社からのオブザーバーの参加が必要要件のはずだ」
Aさん: 「確かに、四角四面にルールを適用するとそうかもしれません。しかし、最近ではほとんど実際にはそんなことをしていませんし、費用対効果を考えると、現実的なプロセスとは思えませんが」
Bさん: 「それは単にルールがなし崩し的になっていただけだ。今回はしっかりと本社のオブザーバーにも入ってもらうことにしよう。それがルールだ。ルールを無視したところで出した結論に効力はないはずだ」
Aさん: 「…」

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解答です

今回の落とし穴は、手続きルールの悪用です。これは、議論そのもので負けそうな時に、プロセスや手続きの妥当性を理由に、結論に同意しないというものです。往々にしてスピードを削いだりすることにつながります。

最初に断っておきたいのは、プロセスや手続きを強く意識することそれ自体は決して悪いことではないという点です。たとえば、法律の世界ではそれが顕著で、「デュー・プロセス・オブ・ロー(法の適正な過程)」と言う言葉があります。刑罰などを受ける際には、適切なプロセス(手続き)に則る必要があるという考え方です。実体法(民法、刑法など)に対して、手続法(民事訴訟法、民事執行法、刑事訴訟法など)を細かく定めている点にも、法律の世界における手続き重視の考え方が反映されていると言えるでしょう。

また、ビジネスの世界でも、手続き的公正(“proceduralfairness”もしくは“procedural
justice”)という言葉が用いられることがあります。手続き的公正は、分配的公正(“distributivefairness”もしくは“distributivejustice”)と対をなす概念であり、結果としての分配の公正を重視するのが後者、結果はともかく、その結論に至る議論やルール等のプロセス、手続きの公正を重視するのが前者です。

一般的に、人は、重要と考えるテーマについては、分配的公正よりも手続き的公正を重視すると言われています。たとえばある企画のコンペにおいて、結果的には負けてしまったとしても、どのような議論や意思決定メカニズムを経てその結果がもたらされたのかのプロセスが透明で納得感あるものであれば、負けたことにそれほど不満は持たないものです。ところが、評価基準や意思決定プロセスが不透明でアンフェアと感じられれば、人は大いに不満を持ちます。

こうした人間の性向を踏まえた上で、たとえばある企業では、人事考課にあたって、異議申し立ての仕組みを導入しています。人間は神ではないので絶対的に正しい判断は下せません。しかし、プロセスに工夫を加えることにより、人々の不満を最小化しようと試みているのです。

このように、プロセスや手続きは、最終結果以上に重要な意味を持つことが少なくありません。では、ケースにおいて、本来の手続きルールにこだわるB氏のどこに問題があるのでしょう。実は、冒頭にも書いたように、プロセスや手続きのルールへのこだわりは、往々にして、議論そのもので負けてしまった時(あるいは負けそうな時)の言い訳として用いられることが少なくないのです。より直截な言い方をすると、議論に負けてしまったときに、「決められたプロセスがとられていない」という言い方で議論を蒸し返す道具にされてしまうことがあるのです。

今回のケースでは、最近は、同様の案件では、本社のオブザーバーは参加しないことが慣用化しているようであり、それで何の問題もないように思われます。ところが、議論に負けそうになったBさんは、一転して、過去に決められたものの、ほとんど死文化していると思われるルールを引っ張りだし、もう一度議論すべきと主張しています。典型的な手続きルールの悪用と言えるでしょう。

こうした方法論は、狭い視野から自分の主張を押し通すこと、あるいは単に議論に負けたことを認めたくないという偏狭な自尊心を原動力とすることも多く、企業にとって望ましい結果をもたらすケースはまれです。むしろ、スピードを削いでしまって競争上不利になったり、あるいは、(リスク回避型の組織で特に顕著ですが)せっかくの創造的な提案だったものが、余分なプロセスを経ることで、エッジが削がれ、平凡な提案になったりしてしまいます。

プロセスや手続きで重要なのは、皆が「公正だ」「納得感がある」と思えることであり、死文化している文言を四角四面に守ることではありません。もともと何のためにプロセスに関するルールが定められたのか、その本質を理解することが必要なのです。

理想論から言えば、企業サイドも、実態に合わせて適宜ルールを変えていくのが望ましいのですが、現実的にそこまでケアできることはまれです。多くの企業では、何か問題が起こってから、ようやくルールの変更に踏み込むケースが多いでしょう。つまり、常に「望ましい姿」と、明文化されたルールの間にはギャップがあり、そこに今回のような事態が起こる素地があるのです。

そうした点を踏まえたうえで、ビジネスリーダーたるもの、ルールは悪用するためにあるのではなく、組織を潤滑に動かすために存在するということを強く意識しておきたいものです。

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