リンダは銀行員? -代表性ヒューリスティック 

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問題です

以下の会話のどこに問題があるか考えてみましょう。

「最近、うちの会社に応募してきたA君だけど、やたら元気な人間だったね」
「確かにそうでしたね。学生時代は、体育会系、趣味系含め、いくつものサークルを主催していたそうです」
「いかにもそういう感じだったな」
「でも、頭は悪くないし、社交的な感じですよね。大きな欠点もないので、採用は問題ないと思います」
「採用したら、彼は10年後何をしているかな」
「まあ、最もイメージしやすいのは、営業で頑張っているという感じでしょうか」
「僕は単に営業で頑張っているというより、営業マンの中でも結構トップグループにいる可能性の方が高いと思うな」

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解答です

これは、「代表性ヒューリスティック」と呼ばれるヒューリスティック(人間の思考の癖)で、特定のカテゴリーに該当しやすいと思われる事柄の確率を過大に評価するものです。冷静に考えれば、「営業で頑張っている。なおかつトップグループにいる」ということは、「営業で頑張っている」ということの部分集合ですから、そちらの方が確率が高いことはありえません。しかし人間は、なんとなく前者の方の確率を過大に評価してしまうのです。

このように、特定の母集団やカテゴリー(このケースだと営業マンのトップグループ)に典型的と思われる事項に着目しすぎるあまり、その確率を過大に評価しやすい意思決定プロセスを、代表性ヒューリスティックと呼びます。この問題を端的に示す有名な例が、下記の「リンダ問題」と呼ばれる事例です。構造は、今回ケースに示したものと全く同じです。

リンダは31歳の独身女性。非常に知的で、はっきりものを言う。大学時代は哲学を専攻しており、学生の頃は社会主義と差別問題に関する活動に深く関わり、核兵器反対のデモにも参加したことがある。さて、リンダの今を推測する場合、可能性が高いのはどっち?

・彼女は銀行員である
・彼女は銀行員で、女性運動で活動している

後者は前者の部分集合ですから、当然、確率としては前者の方が高いはずですが、多くの人は後者の確率が高いと錯覚してしまいます。筆者がある生産財メーカーで技術者対象の研修をしたとき、この事例を出してみたことがあるのですが、数学的素養の強いはずの彼らでさえ、半数近くが間違った方を選んでしまいました。

確率や可能性を考える際には、直感に頼るだけではなく、「何に対する何の比率か」ということを冷静に考えたいものです。

なお、ある条件の下での確率の考え方に「ベイズ確率」という考え方があります。これもよく錯覚しやすいテーマなので、別の機会にご紹介したいと思います。

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