アバクロ…「買いにくさ」という価値 

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この夏、短い休暇をハワイで過ごした。帰国便の乗客を見渡すと、ざっと10人に2~3人はアバクロ*1の洋服を着ている(かく言う私もその一人)。相変わらず根強いアバクロ人気を実感した*2。

私が初めてアバクロを知ったのは3年前の春。ニューヨークへ出張した際、日本への土産は何がいいか現地で働く知り合いに聞いたところ、即座に「そりゃアバクロでしょう」と言われた。「アバクロ」と聞いて「ユニクロ」のアメリカ版をイメージした私は、さっそく5番街のショップに行って驚いた。アバクロのエントランスには、ファッション雑誌から抜け出したような美しい男性店員が、上半身裸で立っていたのだ*3(今でもその店員の割れた腹筋と滑らかな肌をリアルに覚えている)。

アバクロのショップには、裸の店員以外にも「店舗のあるべき姿」について私の固定観念を打ち砕く特異な点があった。それは、店が異常に「暗い」「臭い」「うるさい」ことだ。アバクロの店舗空間は、まさにユニクロのそれとは正反対だった。

1.暗い店内
店に入るとまずはその暗さに戸惑った。商品自体は、カラフルな色合いのものが並んでいるのに、店内が暗いので実際にどんな色なのかもよく分からない。しかも、店内は、幾つかの狭い小部屋に区切られていて、店内全体が見渡せず、レジがどこにあるのかも分からない。

2.臭い店内
店に入ってもう一つ気になったのは「匂い」だ。どこへ行っても強烈な香水の匂いが充満している。どうやらその匂いの素はぎっしりと並んでいる商品であることに気づく。どの商品にも香水が染み込ませてある。商品を持つだけで香水の匂いが手に移るほどだ(購入した商品をスーツケースに入れて帰ったら、スーツケースもアバクロ臭くなった)。

3.うるさい店内
店内には、常にアップテンポの音楽が大音量で流れている。友人と会話するのもままならないほどだ。暗さと相まって、まるで「クラブ*4」にいるような錯覚に陥る。自然と歩くスピードも早くなる。

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初めてアバクロのショップに足を踏み入れた私は、暗さと匂いに戸惑いながらアップテンポの曲に追い立てられるように*5短時間で数枚のTシャツを購入して店を出た。それが、私のアバクロ初体験であり、今でも当時の状況が思い浮かぶくらいの鮮烈な印象を残した*6。

ユニクロの店舗が万人にとって買いやすい、ユーザ・フレンドリーな店舗であるとすれば、暗くて臭くてうるさいアバクロの店は、買いにくい「ユーザ・アンフレンドリー」な店舗である。それにもかかわらず、私はその後もアバクロで買い物をし続けているし、私以外の人々にもアバクロは人気があるのはなぜか。

それは、その買いにくさこそがアバクロの個性であり、アバクロならではの価値の源泉になっているからではないか*7。「買いにくさ」ゆえに、無意識のうちにそれを乗り越えたという満足感が生まれる*8。あの大音量と匂いの中で気に入った商品を選び取ったことで、商品が戦利品のように思えてくる。

今年12月、アバクロの日本で初めてのショップが銀座にオープンする。その店もオープン当初は大賑わいすること間違いない。ただ、アバクロの価値が「買いにくさ」にあるとすれば、日本進出には大きなジレンマが伴う。それは、「日本では買えないこと」も、「買いにくさ」の重要な構成要素であることだ。実際、日本で入手できないことは、アバクロ・ユーザのささやかだけど確実なプライドだった。日本進出によって、それが消滅する。

アバクロの日本進出・・・それは日本でのアバクロ人気の終わりの始まりとなるだろう。

 

*1 正式名称は、アバクロンビー&フィッチ(Abercrombie & Fitch)。1892年に設立されたアメリカのカジュアルファッション・ブランド。年商35億ドル(07年)
*2 この話をすると、多くの人が「実は私も買った」と答えるケースが多い。マーケティングクラスのY氏の妻などは、この夏20枚のアバクロのTシャツを買って帰ってきたそうだ。
*3 初めてバーニーズ・ニューヨークに行ったとき、イケメンのドアマンがいたのにも驚いたが、アバクロの裸の店員ほどの驚きは無かった。
*4 言うまでもないことだが、銀座のクラブではなく、DJが入ったりするいわゆるクラブの方。
*5 アバクロの音楽には、パチンコ屋の軍艦マーチと同種の効果があると思う。
*6 強いブランドには、イニシエーションの儀式があるというのが私の持論だが、私のアバクロ初体験はまさにイニシエーションだった。
*7 これも私見だが、デザインや品質が凡庸な割に価格は高く、決して商品そのものの価値が高いとは言えない。
*8 イニシエーションの儀式には、ある種の苦痛を伴うものが多い(バヌアツのバンジージャンプや新歓コンパでの酒の強要など)が、それはイニシエーションを通過した後の達成感につながる。

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