スパイ・ゲーム −メンターを考える 

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よく耳にするメンターってどんな存在

こんにちは。林恭子です。皆さん、いかがお過ごしでしょうか。

先日、久しぶりに友人と会う機会を得ました。今、仕事で大活躍しているその人から出た、こんな言葉が胸に残りました。「いやあ、良いメンターに恵まれたんだよ。本当に幸運だったと思う」。

メンター。皆さん、きっと耳にしたことのある言葉ですよね?会社によっては、制度として新入社員にメンターをつける、なんていうところもあると聞きます。

ではメンターという言葉の語源をご存知ですか?実は、そのルーツは、ホメロスによる、かの一大叙事詩「オデュッセイア」にあるんです。なんだか、格調高いですよね。オデュッセウス王の信頼厚く、王子テレマコスの教育を託された人物、メントルこそがそのモデルです。メントルは、王子の良き指導者であり、理解者で、支援者として描かれています。

そして、今の時代では、メンターとは、「人生経験が豊富で、指導者、後見人、助言者、教育者、または、支援者という役割を果たす人」として位置づけられています。メンターに支援される立場の人をプロテジェ(またはメンティ)、と呼びます。

今日はそのメンターについて、映画「スパイ・ゲーム」をもとに考えてみましょう。

「スパイ・ゲーム」は、2001年の作品です。タイトルから受ける印象と内容にちょっと乖離があるせいか、大ヒットとまではいきませんでしたが、CIAのベテランエージェント、ミュアーが、中国に捕まった若い工作員を助けるため、自分の最後の任務として、壮大な作戦を実行する24時間を描いた、秀作です。ミュアーを演じるのはロバート・レッドフォード。そして、ミュアーが見出し、腹心の部下として育てあげた工作員、ビショップをブラッド・ピットが演じています。

定年を迎え、CIA最後の日を迎えたミュアーは、その朝、香港にいる友人から一本の電話を受けます。かつて、ミュアーの部下であったビショップが、中国・蘇州で捕らえられたという知らせでした。CIA本部に出勤したミュアーは、ビショップに関して秘密めいた行動をとる同僚達に気付きます。巧みな手管で、まんまと秘密会議に入り込むミュアー。そして彼は、CIAが政治的判断によりビショップを見殺しにしようとしていることを突き止めます。中国で捉えられた工作員が生かしておかれる時間は24時間。ミュアーの心は一つの結論に達します。誰にも知られず、たった一人でCIAに立ち向かい、ビショップを救出しようと。そこから、ミュアーのCIAエージェントとしての最後の、そして最も長い一日が始まるのです。

メンターの行動

さて、「人生経験が豊富で、指導者、後見人、助言者、教育者、または、支援者という役割を果たす人」として位置付けられているメンターですが、組織行動学者のK.E.クラムは、メンターの行動には、大きく分けて2つの機能があるとしています。

ひとつは、「キャリア的機能」。そしてもうひとつは、「心理・社会的機能」です。もうちょっと掘り下げて見てみましょう。

1つ目の「キャリア的機能」には、以下のような行動が含まれます。

・「スポンサーシップ」(プロテジェのプロジェクトへの参加や、配置、異動、昇進への支援)」
・「推薦とアピール」(組織内外の人にプロテジェを推薦したり、存在を知らしめたりする)
・「訓練」(職務遂行や、キャリアについての考え方を共有・フィードバックしながら、プロテジェの目標達成のための戦略や手法を教示、提案)
・「仕事上の挑戦性の向上」(挑戦しがいのある仕事をプロテジェに割り当てる)
・「保護」(プロテジェがキャリアを形成するにあたり、本人の評判を脅かすような不必要なリスクを削減し、リスクから守る行動をとる)

そして、もう1つの、「心理・社会的機能」の方は、こうです。

・「ロールモデル」(キャリアを進むのにふさわしい態度、価値観を身に着けさせるために、メンターが身をもってお手本を演じる)
・「受容と確認」(無条件に、プロテジェへの肯定的な関心を伝える)
・「カウンセリング」(仕事上の悩みや心配事をメンターに話せるような機会を提供する)
・「友好」(仕事上の関係の上に、友情、信頼・尊敬に基づく、より非公式な相互信頼関係を築く)

CIAという組織における、メンター、ミュアーと、プロテジェ、ビショップの場合は、どうだったでしょうか。

彼らの出会いは、ベトナムでした。指令を冷静に捉え、粘り強く狙撃を遂行し、危機に追い込まれても、撃たれた仲間を助け生還するビショップの姿を見て、ミュアーは直感します。この男こそ、自分の部下としてCIAの任務を遂行するのに相応しい人物であることを。その後、ミュアーはCIAならではの手練手管を使って、ビショップのリクルートに成功します。「スポンサーシップ」の始まりです。

そして翌日から早速「訓練」も始まります。無線、周囲の観察・記憶、嘘発見器をだしぬく方法……。ビショップはスポンジのように吸収していきます。毎回難しい課題を出すミュアーに、驚きあきれながらも、楽しそうに応じていくビショップ。それを笑顔で見守るミュアー。この頃から2人の間には厚い「友好」が芽生え始めます。

そしてミュアーは「これだけは憶えておけ」と、工作員というキャリアを歩む心構えを授けるのです。「南国で引退生活できる金を貯めておけ」、そして「アセット(情報提供者)の為に命をかけるな」。

こうしてビショップは本格的にミュアーの下で諜報活動を始めていきます。世界を股にかける数々の任務。これが実現できる裏には、メンターの「キャリア的機能」の殆どが働いていると考えられるでしょう。また、現場でのミュアーは「ロールモデル」であり、ビショップは様々なことを学んでいきます。

ドイツでの任務中、亡命させるはずのアセットを見殺しにしなければならない状況に追い込まれたビショップは、本来の気持ちと、非情な工作員としての立場の間で、やりきれないジレンマに苛まれます。「アセットを野球ゲームのカードのようには換えられない。これはゲームじゃない!」と苦悩を吐露するビショップ。でも、ミュアーはこう言います。

「いや、これはゲームだ。いいか、絶対に負けることが許されない、真剣なゲームなんだ!」
「あんた達は何をやっているんだ、汚いじゃないか。」
「そうだ、でも、そのおかげでお前は今、生きていられる。憶えておけ、もっと厳しくなるぞ。」

「カウンセリング」と呼べるかはわかりませんが、工作員としてのキャリアを極める為に乗り越えなければなない試練を、ビショップはメンター・ミュアーと共に乗り越えていきます。

こんな風に、はっきり言わないけれど自分に「受容と確認」を示してくれるミュアーへの感謝を、ビショップはこっそり用意した誕生日プレゼントに託し、二人の「友好」はますます深まっていきます。

メンターとプロテジェの関係性

こうして順調に育まれ、機能していった、ミュアーとビショップの関係でしたが、この蜜月は永遠に続くものではありませんでした。

前述のクラムの調査によれば、メンターとプロテジェの関係性は、ある一定のプロセスにそって4つの段階を推移することがわかっています。

第1段階は、「創始(Initiation)」。訓練し、仕事上の挑戦を与え、内外の人に紹介するという、メンタリングの入り口の段階です。両者がその関係を築き始めてから、半年〜1年くらいの時期とされます。

第2段階は、「養成(Cultivation)」。両者がこの関係から様々な利益を獲得し、感情的にも強い信頼関係を築く時期です。メンタリングが最大限に効果を発揮する段階ですが、永遠に続くものでなく、2年〜5年くらいで終わることが多いとされます。

そして、第3にやってくるのが、「分離(Separation)」の段階です。昇進や転勤、異動といった外的な力に起因する場合もありますが、互いの内面に感情的・情緒的な変化が生じることから、メンタリングの必要性がなくなる場合もあります。

ミュアーとビショップの関係に変化の兆しが見え始めたのは、まさにこの頃でした。

ベイルートでの任務に就いたビショップは、難民キャンプでNGOとして働くエリザベスと知り合います。任務の必要性から始まった接触でしたが、やがて2人は恋に落ちていきます。しかし、ミュアーは、メンターであるが故、「保護」の行動をとり始めます。つまり、あらゆるリスクからビショップのキャリアを守るため、エリザベスの素性を調べ上げ、ビショップに突きつけ、別れさせようとするのです。

また、作戦の最終結果も、エージェントとして自我の芽生え始めたビショップの気持ちに影響を与えます。任された暗殺作戦に思わぬトラブルが生じ、彼は必死に立て直して作戦を最後まで遂行しようとするのですが、ぎりぎりの段階でミュアーは別の部隊に作戦遂行を指示します。ビショップの苦労は水泡と帰し、協力してくれた人も、罪のない一般人も、多くの命が奪われました。これが、決定的な「分離」の要因となりました。

「一人でやって行く。あんたの考え方にはついていけない。あんたのようになりたくないんだ」

ミュアーの元を去るビショップ。しかしその時、既に恋人エリザベスは、彼を「保護」したいミュアーの一心により、引き離され、中国・蘇州の刑務所に送られてしまっているのでした。ビショップが黙っているはずもありません。エリザベスの奪還に向かい、今、彼もまた捕われの身になっているのです。

「分離」段階は、メンターとプロテジェに感情的なストレスを与え、不安、恨みや怒りを抱かせることもあります。時間が経った今も、ビショップにしてしまった仕打ちは、心にささった棘の様に、ミュアーの無意識を苦しめていたのです。

再定義への道

さて、メンターとプロテジェの関係性には、4番目の最終段階があります。「再定義(Redefinition)」です。

これは、全てのメンターとプロテジェがたどり着けるわけではありませんが、メンタリングの繋がりは途絶えても、「分離」の際のストレスや恨み、怒りという感情的葛藤が消え、両者が友情や信頼に近い感情を持ち、新しい関係をもう一度築ける段階を指します。

24時間、プロ中のプロのCIAの猛者達を相手に、飄々とした態度をとりながら、一人必死でビショップの救出策を講じるミュアー。これまでのキャリアや経験のすべてと、これまでに貯めてきた個人的な資産と退職後の将来までをも賭け、ミュアーは驚くべき作戦を遂行します。その名は、「ディナー作戦(Operation Dinner Out)」。

救出されたビショップは、ヘリコプターの中で、厳しかった拷問で意識を失いかけながらも、操縦士が口にした「ディナー作戦」という言葉を耳にし、我に返ります。あのベイルートの日々に、自分がミュアーに冗談で言った作戦名だったからです。その時、ビショップは全てを悟ります。なぜ、自分とエリザベスが、生きて救出されたのかを。

ビショップの頬を濡らす涙は、あの日の「分離」のわだかまりを洗い流し、2人の間に「再定義」の段階が訪れたことを物語っているのでした。

あなたには、メンターはいますか?

メンターは、若い時だけに必要なのではありません。実際の調査でも、ミドル以降になっても、メンターの支援によりキャリアの危機を乗り越えられる人が沢山いることがわかっています。役職が上がると、その役割に求められることも変わっていきます。人は常に成長していくのですから、先達に教えを請うことには終わりはありません。良きプロテジェになり、真摯に、貪欲に学ぼうという姿勢が、その後の成長に差を生みます。

そして、プロテジェのキャリア発達のモデルは、「メンターへの依存→独立→自分が新しいメンターになる→メンターとして理念を伝え、組織の方向性や文化形成へ影響を与えるようになる」です。

皆さん、良きプロテジェであり、そして、いずれ、組織へ良き影響を及ぼすメンターになってください。自分のメンタリングから卒業したプロテジェと、いつか美味しいビールを酌み交わせる日が待ち遠しいですね。

次回はハリソン・フォードとトミー・リー・ジョーンズが好演を繰り広げた傑作「逃亡者」で「権威」について考えます。お楽しみに!

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