その数字、本当に大丈夫? 

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上司や先輩などから、「何かを主張する際には根拠を数字で示すように」と指導された方は多いのではないでしょうか。根拠が数字として示されれば確かにその主張の説得力は上がるように思われます。ただ、そこには当然落とし穴も存在します。今回はそれについて考えてみましょう。

一般に、数字で根拠を示すことのメリットとしては、まずは客観性が上がるということがあるでしょう。例えば、同僚がある新興国に出張する際に、人の噂で何となく治安が悪いと聞いていても、それを伝える際に数字・データが伴わないと、いたずらに恐怖心を煽るばかりで、逆に必要な注意喚起が抜けてしまう可能性が高くなります。もし「10万人当たりの殺人件数は○○人、盗難は△△件・・・。犯罪率は日本に比べて数十倍高い」という数字があれば、誰に対しても同じ情報を伝えることが容易になります。

量的なことをイメージしやすく、より適切なアクションに結びつけやすいというメリットもあります。営業会議で、「目標までまだまだだ。とにかく頑張れ」と言われても、営業担当者は困ってしまいます。しかし、「目標まで90%の達成率だ。各人アクションプランを考えるように」と言われれば、ある程度経験を積んだ営業担当者であれば、残りの10%を達成する算段を頭の中でつけることはかなり容易になるでしょう。この他にも多数のメリットがあるため、「根拠は数字で」と言われるわけです。

しかし、そこにも当然落とし穴は存在します。第1に、数字はなまじ客観性が高いと認識されているがゆえに、仮に数字が間違っていたとしても、その間違った数字を根拠に意思決定が行われてしまうというリスクがあるのです。例えば、ある製品の実際の製造・販売コストが1個当たり7000円にもかかわらず、誤って5500円という計算がなされたとします。他人が計算した数字というのは、よほど実感値とかけ離れていないと、意外と検証されないものです。営業担当者は5500円という数字を根拠に、現在8000円の売価を、価格競争力を持たせるために7000円まで値下げしたいと主張するかもしれません。「ライバルの価格に合わせても、まだ1500円の利益が出るのだから」といった主張です。現実にはさらにシミュレーションなども必要になるかもしれませんが、主張そのものはなまじ数字の根拠があるため、説得力を持つように思われてしまうのです。このケースでは、もし提案通り値下げをすれば、いくら売っても利益は出ませんから、企業にとっては大きな痛手です。「数字=客観的」という思い込みが落とし穴となるのです。

「適切でない数字」は上記のような計算ミスだけではありません。「正しい数字」であるにもかかわらず、意思決定上は不適切な数字というものも存在します。その典型は、スピードの速い業界における古い数字です。例えば、仮に官公庁が「SNSの使用動向 平成22年度(2010年)版」という資料を2015年現在発表したとしても、それを重要な意思決定の根拠とするのは難しいでしょう。この5年間で人々のSNSへの接し方も大きく変わってしまいましたから、ちょっとした参考情報以上の価値はないのです。自分の根拠を支える上で本当に意味のある数字なのかを吟味しないと、正しい主張や意思決定には結びつきません。

「正しい数字」であるにもかかわらず、間違った意思決定につながりやすいものとして統計数字というものもあります。例えば日常よく使う「平均値」にも実は大きな罠が潜んでいます。平均というと我々は通常、正規分布をイメージしてその山の頂点付近をイメージしますが、人々の属性や行動がいつもそのような分布をするとは限りません。たとえば個人収入や貯蓄額は、1人で数千人分の額に至る人も少なくないため、実感値より平均が高めに出る傾向があります。むしろ「中央値」を使う方が実感値に近いケースも少なくありません。

あるいはサンプリングによる分析も罠が満載です。統計学的には信頼度などをしっかり意識しないといけないのですが、残念ながら世の中の多くの人々は統計のリテラシーが高いとは言えませんので、10人くらいのサンプル調査の数字をそのまま何の疑いもなく用いてしまうケースが散見されます。こうしたことも、時として正しくない意思決定を招く可能性があるのです。マーク・トウェインが中に広めた「世の中には3種類の嘘がある。嘘、大嘘、そして統計だ」という言葉は意識しておきたいものです。

「根拠は数字で示せ」の落とし穴の別の例としては、数字を根拠にした論理展開が往々にして自分に都合のいい数字だけを用いがちだということがあります。例えば、「ガンは治療してなくてもいい」「タバコは健康に悪影響を与えない」といった主張をする人がいますが、そうした人々が用いているデータは、かなり偏ったデータの場合がほとんどです。私はよく、データやファクトの選び方・見せ方によって、ある企業を超優良企業に見せることもできるし、逆にブラック企業に見せることもできる、ということを大学院や研修の場で言います。結論が先にあって、それに都合のいい数字のデータを集める、ということを人はやってしまいがちなのです。

自分の都合に合わせて楽観的な数字を作ってしまうというケースもあります。例えば、NPV(Net Present Value、正味現在価値)で投資の是非を判断する企業において、NPVを試算した結果マイナスだと、さまざまな楽観的条件を置いて強引にNPVをプラスにしてしまうのです。本来、NPVがマイナスなら投資案件のあり方そのものを見直すのが筋というものですが、多くの人は数字だけをいじってしまう誘惑に負けてしまうのです。

先にも述べましたが、数字は正しく使えば仕事をする上で大きなパワーを発揮します。一方で、数字の持つ怖さを正しく理解しておくこともビジネスリーダーには必要です。「その数字って本当なの?」「その数字で判断していいのか?」を健全に疑う姿勢が求められるのです。

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