エニグマを解読したのはダイバーシティの威力 

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今回は、暗号をめぐる戦いについて、特に第二次世界大戦時にドイツ軍の強大な武器であった「エニグマ」を中心に見ていきます。エニグマについては、今年公開された映画「イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密」でも描かれました。それだけ、この暗号とその解読はドラマチックだったのです。「エニグマが解読されなかったら、第二次世界大戦は1948年まで続いただろう」という史家さえいます。

さて、歴史の表舞台で語られることは少ないものの、古代より戦争や謀略において大きな地位を占めてきたのが暗号です。特に戦争においては、味方との内密のコミュニケーションは必須です。そのために様々な暗号が開発され、それを解読する国や軍とのいたちごっこが続いてきました。

最も古典的な暗号は文字を記号などで置き換えるものです。この暗号は、文字の使用頻度を参考に解読がなされます。英語であれば、最も多く用いられている記号はeを表す、2番目に多く用いられている記号はtを表す・・・と当たりをつけていくのです。

ただ、こうしたシンプルな暗号は、20世紀に入ると現実の戦争の場では簡単すぎるため、ほとんど用いられなくなっていました。文字と記号の組み合わせをルールに従って随時変える方法が第一次大戦頃は主流となりましたが、これも連合軍解読者達の粘り強い努力で解き明かされました。ちなみに、その時活躍したのは主に言語構造学者達でした。

しかし、ニーズあるところに必ずイノベーションは起きます。1920年代に生まれた暗号機こそがエニグマでした。当初、エニグマの発明者達は様々な用途を想定し、企業にも売り込みにかかります。しかし、結局、大金を払ってその機械を購入したのはドイツ軍でした。軍こそが最高難度のニーズを持ち、そこでさらにイノベーションが進むという、近代でもよく見られる事象がこの時も起きたのです。

さて、エニグマという暗号機ですが、その仕組みは複雑なもので、先のように記号と文字が1対1対応するという単純なものではありません。文字の対応はルールに沿って徐々に変化し、また当初は1京(1兆の1万倍)の組み合わせが可能だったと言います(その後、さらに組み合わせ数は増加)。

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鍵(暗号解読の設定)を知っていれば同じエニグマの機械を用いて解読できますが、鍵を知らない人間がこれを解読するのはほぼ不可能と考えられました。しかも、鍵は1日ごとにドイツ軍が変えてしまいます。連合軍側も早々にこの解読を諦め、ナチス・ドイツ軍は暗号漏れの心配をすることなくヨーロッパを蹂躙し始めたのです。

この鉄壁の暗号システムに風穴を開けたのは、ポーランドでした。まさにナチス・ドイツによって国が滅ぶという危機の崖っぷちに立って、「火事場の馬鹿力」を発揮し、エニグマ解読の糸口を手繰り寄せたのです。詳細は省きますが、ポイントは数学者の活用です。長年にわたり、暗号解読のKSF(Key Success Factor)は優れた言語構造学者の活用でした。しかし、ポーランドはこのKSFの変化に気づき、新しいタイプの人材を登用したのです

しかし、さしものポーランドの解読班も、その後さらに性能を高めたエニグマには対抗できませんでした。そこで、それまでの成果を連合軍に渡し、彼らに解読を委ねたのです。連合軍側は色めき立ちます。難攻不落と思われていたエニグマの秘密に(後進国と見下していた)ポーランドが肉薄していたのですから。イギリスは早速ポーランドのやり方を分析し、有望な数学者に加え、クロスワードの達人などを集め、さらに高度化したエニグマの解読に当たらせます。集合知を高めるためにダイバーシティを活用したと言えるでしょう。冒頭紹介した映画「イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密」はこの時の模様を映画化したもので、暗号解読班のチームビルディングの葛藤や悩み、時間との戦いなどが描写されています。

その中心としてチームを引っ張ったのは、天才数学者のアラン・チューリングです。彼は近代コンピュータの発展にも寄与した天才ですが、難攻不落と思われたエニグマを解読する機械の設計を行いました。そして、ドイツ軍の迂闊さ(例:最初に同じ文字を確認のため2度打ち込むとか、QWERTYキーボードでQWEに相当する部分を安易に鍵に設定するなど)にも助けられ、ついにエニグマ解読に成功するのです。これによってナチス・ドイツ軍のUボートの行動などは筒抜けになり、連合軍は極めて有利に戦争を進められるようになったのです。

なお、残念ながらチューリングその人は、同性愛者であること(当時の法律では禁止)が後に露見してしまい、無理矢理受けさせられた治療のせいで心と体を病み、若くして自殺してしまいます。ダイバーシティで知を生み出したチームのヒーローが、別のダイバーシティを受け入れられずに自死したというのは歴史の皮肉としか言いようがありません。

その後、暗号化技術はますます発展を遂げ、現代ではeコマースなどにおいてなくてはならない存在になっているのは周知のとおりです。

このケースから我々が学べることをまとめると、以下のようになるでしょう。

・イノベーションは強いニーズがあるところで生まれやすい。逆に言えば、適切なニーズを与えることがイノベーションを加速する
・究極のイノベーションというものはない。常にそれを上回るイノベーションが起こりうる。イノベーションは常に競争にさらされている
・どれだけ素晴らしい競争優位があっても、油断や慢心がそれを根底から崩すことがある
・KSFの変化を先にとらえた人間が勝つ
・様々なスキルを持った人間からなるチームは、時として不可能を可能とする
・数学や統計は、想像以上に巨大な影響を人間社会に与えうる。(21世紀のITの進化はこれを加速することが予想されている)

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