キリスト教を世界に広げたマーケティング・ミックス 

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キリスト教は現在、世界で最も多くの信者を擁する宗教です。そこに至った大きな理由の1つに、特に大航海時代以降は、欧州の強国が植民地を広げる過程でキリスト教を広げたという事情があります。ただ、あまり長いスパンをとると焦点がややぼやけてしまいますので、今回は、キリスト教が成立した頃から、ローマ帝国の国教となった4世紀頃までに関して考察したいと思います。

よく知られているように、キリスト教は元々ユダヤ教を母体として生まれました。そして7世紀に生まれるイスラム教のいずれも、すべて同じ神をいただく「兄弟宗教」です。呼び名は各宗教ですべて異なりますが、基本的に同一の神(人格神)が主役です。

さて、ユダヤ教がユダヤ民族という狭い範囲にとどまったのに対し、なぜキリスト教はあっという間に信者の数で追い抜き、またパレスチナ地方だけではなく、ヨーロッパの地に広がって行ったのでしょうか。まず、ターゲット、ポジショニングの側面から考えてみましょう。

ユダヤ教はユダヤ人のみを選ばれた民族として優遇するユダヤ人のための宗教です(選民思想)。歴史的に苦難の道を歩むことの多かったユダヤ人が、「自分たちこそが選ばれた民族なのだ。苦難の先に幸福がある」と勇気づけるために生まれた宗教と言えるでしょう(注)。

(注)このように書くと敬虔な信者の方からは叱られそうですが、特定の宗教を貶める意図は全くありませんのでご理解ください。

当時のユダヤ教の弱点は、その厳しい戒律でした。特に厄介なのは安息日に仕事をしてはいけないというものです。料理をするために火を使ったり、何かを切ったりするのも禁止ということですから、信者にとっては大変です。お金持ちは人を雇うこともできましたが、一般の信者はこの戒律をなかなか守ることができず、大いに苦労していました。

そこに登場したのがイエス・キリストです。キリストは戒律のために人があるのではないと説きました。信者にはありがたい話でしたが、当然、当時のお偉方はこれを快く思いません。キリストが、世を乱す者として十字架で磔にされたのは知らぬ人のいない話です。

キリストの主張のポイントは、「信仰のみが重要」という点でした。戒律を守る必要がなくなった点は、潜在的な信者を広げることに大きく役に立ちました。そしてそれ以上に潜在信者拡大に大きな役割を果たしたのが使徒パウロです。パウロは、キリスト教をユダヤ人から切り離し、人類すべてに通じる教えとしたのです(キリスト本人がそれを望んでいたかは不明ですが)。こうしてユダヤ教とは、ターゲットもポジショニングも異なっていったのです。詳細は割愛しますが、神のイメージを「慈悲深い」と変えた点も重要なポイントでした。

キリスト教とユダヤ教のターゲットとポジショニングの差異

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ヨーロッパへの布教に関しては、今度は土着の宗教との競争になります。そこでパワーを発揮したのが「教会」という組織です。現代風に言えば営業担当者の指揮本部と言えるかもしれません。こうした仕組みを早期に作ったことがキリスト教の普及に大いに貢献しました。「福音を早く広げなくては」という使命感による動機付けも布教者のモチベーションを上げました。なにしろ、キリストは明日にも復活するかもしれないのです。「1日も早く多くの人に福音を届け、救わなくてはならない」という使命感、切迫感をうまく活用したと言えるでしょう。

しかし、組織ができても「モノ」そのものが魅力的でないとそれは普及しません。キリスト教はその点、面倒な戒律はありません。信じさえすれば救われるということで、分かりやすさ、実践のしやすさも抜群でした。イエスがすべての人々の罪を引き受けた(イエス贖罪論)というパウロの主張や、正しく生きれば最終的には神の国に行けるという内容も、貧しい人や迫害されている人、後ろめたい部分を持つ人々にとっては魅力的でした。その意味で、あらゆる人々のニーズにうまく応えていたと言えるでしょう。

個人的にキリスト教の普及に大きく寄与したと考えるのは、そのストーリー性です。人々は物語を好みます。イメージが喚起されるとともに、時には感情移入をしやすいからです。ロジックだけでは左脳にしか反応しませんが、ストーリーや五感を刺激するツール(偶像や音楽など)を使うと、右脳にも効果的に働き掛けることができるのです。

その意味で、聖書の果たした意味は大きかったと言えるでしょう。特に新約聖書のイエスの物語(いわゆる福音書の部分)は叙事詩としていまも世界最高レベルの1つです。魅力的なストーリーの存在は、布教者にとっては説明する際の武器となり、信者にとっても共感でき強く感情移入できる拠り所となっていったのです。キリスト像やマリア像、賛美歌などの五感に訴えかけるツールと相まって、キリスト教はより身近なものになって行きました。

カトリック教会も時代を下るとかなり官僚化するのですが、初期の段階では教義に拘りすぎることなく、市場の細かなニーズに合わせていった、悪く言えば迎合したことも重要なポイントです。たとえば本来神とは関係ない聖母マリアを活用し、母の慈しみのイメージを活用しました。また、ヨーロッパ土着の冬至のお祭りをクリスマスとすることでキリスト教のイベントにもしました(キリストの本来の誕生日は3、4月頃と言われています)。

こうして、当初は迫害されていたキリスト教は、徐々に位の高いものにも受け入れられるようになり、4世紀になるとローマの国教となるに至るのです。これをマーケティング・ミックスの考え方で整理すると図のようにまとめられます(マーケティング・ミックスの前提となる土着宗教とのポジショニングは割愛しましたが、当然その差も重要です)。

キリスト教のマーケティング・ミックスの特徴

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もちろん当時、マーケティングの考え方などはなかったわけですが、よく普及したものは、現代的なマーケティングの考え方でもしっかり説明できるのです。それだけマーケティングのフレームワークは汎用性が高いと言えるでしょう。

以上を振り返った上で、現代のビジネスに応用できるポイントを改めてまとめると、以下のような点ではないでしょうか。

< キリスト教の成功からの学び >
競合との明確な差別化を行うことが重要。また、狭いターゲットに限定せず、大胆にターゲットを広げることも、施策とともに検討すべし

適切な組織を構築するとともに、「営業担当者」に強い動機を与える必要がある。その動機は金銭的なものではなく、最も強いモチベーションを生み出す、自己実現欲求に訴えかけると有効

ストーリーの持つ力や、五感に働きかけるツールの力を最大限に活用すべし

・目的のためには多少手段を選ばず、現場の細かいニーズに対応せよ

良いと思えば当初の作り手の意図を多少はずしてでも商品設計をし直し、ひたむきに売る

最後の項目は、現代のマーケティング現場でもとても重要なことです。目的が正しいと確信できるのならば、キリストが言わなかったことすら教義に据え(イエス贖罪論など)、多くの人を救おうとしたパウロの大胆さ。それこそがキリスト教がここまで広がった最大の理由であり、パウロのマーケティング・センスと意欲こそがキリスト教を世界宗教たらしめたとも言えるのではないでしょうか。
1人でも多くの人々に広めようとする志や強烈な渇望(アスピレーション)こそが大きな差となることを肝に銘じたいものです。

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