「イノベーター」を自認する人がイノベーションを阻む 

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今回は、イノベーションを賢く進めるコツの1つを紹介します。まずは、以前私が同席した新規事業のキックオフ・ミーティングの1シーンから見ていきましょう。新規事業チームリーダーのA主任と、事業開発担当のB常務との間で交わされていた会話です。

(ミーティングの冒頭で)
A主任:「それでは本事業を管掌してくださるB常務からお話いただきます」
B常務:「当社ではこれまでも数多くの新規事業に取り組んできたが、この事業への期待は別格だと言っていい。この事業には、まさに当社の未来が託されている・・(中略)・・この事業を進めるには、過去の成功体験を引きずっていては絶対にダメだ。だからこそ、しがらみのないメンバーを選んでチームに集めた。皆さんには、『自分が変革の旗振り役だ』という自覚を持ってもらいたい。事業を推進するだけでなく、現在のウチの保守的な文化を破壊し、新しい風を吹き込むつもりで頑張って欲しい」

(チーム運営に話題が及んだとき)
A主任:「定例会議にはB常務もご出席されますか?」
B常務:「いや、ここから先は君たちに全て任せる。もちろん、進捗報告は定期的に入れて欲しいのと、バックアップが必要な時はいつでも教えてくれ」

細かい表現は多少違ったかもしれませんが、大体上記のような会話だったと記憶しています。担当常務の発言、皆さんはどのように感じますか?

新規事業チームは他部門と戦ってはいけない

その場にいた私は、熱弁をふるう常務とチームの反応を見た瞬間、「この事業が失敗する確率が、少なくとも数ポイントは高まった」と感じました。なぜなのか。ミーティングでの発言を聞いていると、「君たちは変革者だ」「保守的な文化を破壊してくれ」と訴えかける常務に応じ、チームのメンバーが「自分達が未来を切り拓くのだ」と使命感を燃やし始めたのがわかりました。

実はこの使命感は、「新規事業に関わる自分達が先駆者で、既存事業の社員は守旧派」という認識と表裏一体です。外部者の私にもすぐに伝わったように、燃え上がる使命感は、他の部門の社員にも容易に伝わっていくでしょう。そして他の社員たちは敏感に感じ取ります。「あいつら、全然利益を出していないくせに、どうして上から目線なんだ?」と。

新規事業のチームは、資金や設備、人材や販売チャネルといったリソースを十分持っていませんから、本来ならば既存事業部門に対して謙虚に協力要請しなくてはなりません。それなのに「あなた達の旧い体質を我々が変革する」という態度で来られたら、既存事業に携わる人々が、新規事業チームのメンバーに対して協力を拒みたくなるのも無理はないでしょう。

新規事業チームの使命感は厄介です。他部門から協力を拒まれると、「変革者」を自認する者として「自分たち以外は皆、抵抗勢力だ。決してくじけてはならない」といっそう燃え上がってしまい、周囲との温度差がますます拡がる悪循環に陥ります。B常務がかけた「君たちは変革の旗振り役だ」という発破は、この悪循環の発火点とも言えるのです。

新規事業チームの満たされない欲求

ミーティングの数日後、B常務と二人きりで話す機会があったので、懸念をやんわりと伝えました。常務はしばし黙って考えた後、「そのリスクはあるかもしれない。が、我々はベンチャーと違ってストックオプションを与えるわけにもいかない。唯一与えられるのは、新規事業を通じて『自分が会社を変えている』という自己実現の手応えしかない」と説明されました。

本当にそうなのでしょうか?ここにもエグゼクティブが犯しがちなミスがあるように思います。
企業研修の講師を務めた際などに、経営幹部や中間管理職の方から「最近の若手社員は豊かな時代に育って、安全欲求や所属欲求といった基本的な欲求は既に満たされている。より高次の欲求である自己実現の機会を与えたいが、どうしたらいいのか?」といった類の質問をしばしば受けます。恐らく頭の中にはマズローの欲求段階説があって、「社員を動機づけるベストの手段は、自己実現」と思い込んでいるのでしょう。先ほどのB常務の説明からも、同じようなニュアンスを感じました。

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しかしマズローの主張を正しく知っている方ならお分かりの通り、自己実現欲求の前に、「他社から認められたい、尊敬されたい」という承認欲求が存在しています。何も提供が難しい自己実現の機会を与えなくても、部下の振る舞いを見届け、望ましい行動をとった時に褒める対応をとっていれば、ほとんどの社員は活き活きと働いてくれます。つまり「保守的な文化を壊せ!」などと攻撃的なミッションを背負わさなくても、日々のプロセスを評価することで動機付けは十分可能なのです。

部下の行動をよく見て褒めるなんて、マネジメントとして当たり前だろう、と思われるかもしれません。ところが実際の新規事業チームのメンバーに話を聞いてみると、「承認欲求」という言葉までは出てきませんが、たいてい「役員や部長に見てもらえてない」という不満を漏らします。

ありがちなのは、新規事業の企画が社内で承認されるまでは役員や部長が頻繁に関与していたのに、承認が下りた途端、まさにB常務のように「後は任せた。自由にやってくれ」と無責任に裁量を与える傾向です。そして結果だけを見て良し悪しを判断し、チームのメンバーが取り組んできたプロセスには関心を示さない。当然、日々のメンバーの行動を認め、賞賛することもなくなっていきます。

スタートアップも「破壊者」を名乗るべきではない

繰り返しになりますが、既存組織の中で新規事業を進める場合に、「我々が自社を変革する」などとぶち上げるべきではありません。では、ベンチャーの場合はどうなのでしょうか?既存事業を持たないベンチャーの場合には、社内を敵に回すこともないので、一見すると何も問題ないように思えますが…

起業家と会話していると、「○○業界を破壊(ディスラプト)する」という表現をよく耳にします。自分達のビジネスモデルを説明するために使うのは問題ないでしょうが、対外的に「ディスラプト」と言う場合は相手を選んだ方がいいでしょう。少なくとも、その「○○業界」に身を置いている人達は、「破壊者」を自ら名乗る企業に警戒心を抱きます。あるいはそのスタートアップへの出資や提携を検討している大手企業としては、(自分達が「○○業界」に属するか否かにかかわらず)「破壊者」を名乗られてしまうと社内の説得がやりにくくなったりします。

広告予算が限られているスタートアップとしては、うまく目立ってメディアに取り上げてもらうために、あえて「破壊者」を名乗る気持ちもわからないではありません。それでも「○○業界に新たな市場創造をする」と、同じビジネスモデルでも「破壊」ではなく、「創造」の側面を強調してくれた方が、外部のステークホルダーも不必要な壁を作らないで済みます。一時的な喝采を浴びたいか、長い目で自社への支持者を増やしたいか。本当にイノベーションを実現したいのなら、後者を選ぶべきでしょう。

ペイパル共同創業者であるピーター・ティール氏は著作の中で、ペイパルがVisaなどのカード会社の取引を一部奪う可能性があったことを認めた上で、既存のカード会社に直接挑戦状を叩きつけるのではなく、決済市場全体が潤うことを目指したと述懐しています。そして「スタートアップが破壊にこだわることは、自分自身を古い企業の視点でみるようなものだ。君が自分をダークフォースと闘う反乱軍だと見なせば、必要以上に敵を意識することになりかねない。本当に新しいものを作りたいなら、古い業界を意識するより、創造に力を注ぐ方がはるかに有益だ」(出典:ゼロ・トゥ・ワン―君はゼロから何を生み出せるか/NHK出版)ともアドバイスしています 。

社内の新規事業にせよ、スタートアップにせよ、イノベーションの過程では既存勢力との対峙が避けられない時がいずれは訪れます。でも、そうした「避けられない勝負の時」を生き残るために、普段は不必要な敵を作らず、1人でも多くの支持者を獲得しておくことを心掛けたいものです。

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