財政再建の数値目標を明記し、道州制を導入し、憲法裁判所を設置せよ! 

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100の行動憲法編の最後は、「この国のかたち」について論ずることになる。財政再建、地方自治(道州制)、そして憲法裁判所の設置だ。

まずは財政再建だ。日本政府が莫大な財政赤字を抱えていることは周知の事実だ。国および地方の長期債務残高は、2014年度末にとうとう1009兆円となり、対GDP205%となる見込みだ(財務省試算)。国民は赤ん坊からお年寄りまで1人当たり730万円強の借金を背負っており、1世帯当たりの返済必要額は1800万円強にも積み上がっているのが今の日本の財政の現状である。

日本が抱える財政赤字は途方もない規模になり、政府予算は歳出の半分を借金でまかなうという財政運営が常態化している。ギリシャの財政破綻を例に出すまでもなく、これは異常なことである。将来世代にツケを残さないために我々の世代が逃げずに克服しなければならない課題である。

「財政再建など憲法に書き込む必要はない」といった意見もあろう。しかし、財政は「国のかたち」そのものであり、財政が破綻すれば国は崩壊するのだ。従って、「国のかたち」を定める憲法に明確に書き込む必要がある。

次に道州制だ。憲法の章立てでは「地方自治」にあたる。この際、憲法改正をチャンスと捉え、我々国民が国のかたちを思いっきり議論して、「国のかたち」を変える大改革である「廃県置道」を実現しようではないか。

明治維新直後の1871年に、当時の藩を廃止して新たに府県を設置する「廃藩置県」が敢行された。それから現在まで、基本的な枠組みは不変のまま日本の国のかたちは今に至っている。この間、日本社会は大きく変化しているのに、144年前の廃藩置県で構築された中央集権体制は基本的に変わっていない。

6年後の2021年に、廃藩置県体制は150周年を迎える。その廃藩置県150年を期限に、都道府県制度を廃止し、新たに道州を設置する「廃県置道」を断行して、日本の抱える問題を根本から解決に導く大改革を実現したい。

憲法改正は「国のかたち」を変える大改革を実現するビッグチャンスである。我々国民の間で大いに議論し、大改革を実現に向けて前に進めることが可能となるはずだ。

1. <第83条、第84条、第90条>財政再建の数値目標を憲法に明記せよ!

憲法には、健全な財政運営と財政再建の数値目標を明確に書き込むことが必要だ。

実際に近年、憲法に財政健全化に関する条項を盛り込む動きが欧州で相次いでいる。スイス憲法は、2001年の憲法改正で以下のような財政条項を入れた。

スイス憲法126条
第1項 連邦は常に収入と支出の長期的均衡を維持しなければならない。
第2項 予算で承認される総支出の上限は、経済状況を考慮して、見積もられた収入を基礎にしなければならない。

極めて厳格な財政均衡条項だ。

さらに、2009年ドイツ基本法改正では、数値を入れたさらに厳格な財政均衡条項を取り入れている。

第109条第3項
原則として連邦も州も借入金からの歳入を計上することなく予算の均衡をはからなければならない。

第115条第2項
連邦の借入金による歳入については、通常の国内総生産の0.35%を超えてはならない。

健全な財政運営に関する条項は、スペインやハンガリーの憲法でも取り入れられ、アメリカ連邦議会においても2011年、歳出が歳入を上回ってはならないとする財政均衡条項を憲法に組み込もうとする改正案が提出されている。

日本の財政状況は先進国の中でも最悪である。憲法改正に際しては可能な限り厳格な財政均衡条項を盛り込むことが必要であろう。

この際、「税収の収支の均衡」を縛るだけでは不十分である。国家財政に関しては、損益計算書(PL)だけを縛るのでは不十分であり、貸借対照表(BS)側をしっかりとチェックできる仕組みが必要だ。さらには、国は税金の他にも年金や保険料等を国民から徴収し、その運用を行なっている。このため、

1)歳入と歳出に関してはその長期的均衡を明記するとともに、長期的に、国と地方の債務残高を国内総生産の10%以内とすべき

2)税に加えて、年金や健康保険料等の税外収入の運用を含めた国家のトータルなバランスシートを作成し、国会に提出する義務を新たに会計検査院に課すこと
(現在、財務省が独自に国のバランスシートを作成し公表しているが、憲法上定められている会計検査院の義務は国の収入支出の決算のみとなっている)

3)憲法上、法律によることを必要とするのは「租税」のみとなっているが、年金等国民から徴収するお金に関しては当然ながら法律によらなければならないことを明記すること

を規定することが必要だ。

 

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2. <第86条>合理的・効率的な財政の実現を!単年度予算主義を脱し、複数年度予算を可能とせよ!

古今、財政再建への努力は、政治的圧力によって先送りされてきた。政治家が、目前の選挙に勝つためにバラマキ予算や減税を行い、痛みの伴う歳出削減は先送りしてきたからだ。しかし、現代に生きる僕らは、選挙権のない子供たちや未だ生まれていない未来の子供たちのために「何を残すのか」という視点で行動しなければならない。財政再建は、そのための重要な改革なのである。

このため、憲法においてもその価値を明記(第83条)したうえで、強制力を持った「財政健全化法」の策定、官邸に予算配分権限を集中することによるトップダウンの歳出削減、各省庁への歳出削減インセンティブの付与によるボトムアップの歳出削減等の改革を断行することが必要だ。

この詳細に関しては、100の行動28財務2「歳出削減のしくみを政府に組み込め!」を参照されたい。

合理的・効率的な財政運営を行う上で、憲法の規定上問題となるのが、複数年度予算の問題だ。財政を効率的に運営するには、複数年度予算が可能であることがリーズナブルであることは明らかだ。毎年、年度末が近づくと予算を使い切るために無駄な予算執行が行われるといった現象は、財務省による予算査定が各省庁の前年度予算執行を基準にして行われるため、予算を使い切らないと財務省によって次年度予算が削減されてしまうことによって生じるが、根本は単年度予算主義の弊害である。

予算の単年度主義は、憲法86条に定められているとされる。学説上も結論としてはほぼ異論なく予算単年度主義が憲法上の要請であると解している。

一方で、実は憲法86条は「会計年度」の期間を明示していないから、複数年の会計年度を設定することが認められる余地はあり、通説の予算単年度主義は、憲法86条を受けた財政法11条が定めているのに過ぎないといった意見もある。しかし、憲法改正に際しては、明示的に複数年度予算が可能となるよう、条文を書き込むほうが合理的だ。

なお、複数年度予算はイギリスなどでも採用されているが、その期間は最大でも3年程度が妥当であろう。戦時中(昭和12年9月)、臨時軍事費を一般会計と区別して戦時終結までを1つの会計年度として整理する「臨時軍事費特別会計」という会計がつくられたことがある。こういった例は、財政民主主義の観点からの議会の予算に対する審議権の確保の要請に反し、財政均衡にも歯止めがかからなくなるため、認めるべきでないのは言うまでもない。

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3. <第92条〜第95条>道州制を導入し、道州の設置、課税自主権、法律制定権について憲法に規定せよ!

地方自治(憲法第8章)に関して日本国憲法は、実はたった4条の項目しか用意していない。その内容も、地方自治が地方自治の本旨に基づくこと、地方議会を置き、住民が選挙し、地方自治体は法律の範囲内で条例を制定することができること、1つの自治体のみに適用される特別法の成立には住民投票による過半数の同意が必要であること、とする程度だ。

100の行動では、地方分権の大胆な「行動」として、300の基礎自治体、10の道、2の特別区からなり、課税自主権、法律制定権を持つ独立性の高い道政府をつくり、補完性の原則による国と地方の役割分担を明確化する道州制の導入を提言した。

莫大な財政赤字をかかえ、人口減少が進む日本では、思い切った地方分権を実現するため、地方政府を大きくし、各地方が独自の政策によって世界と競争し、経済成長を実現することが必要だ。

道州制100の行動67総務1「廃県置道 10の道州、300の基礎自治体による、新しい国のかたちを!」

「憲法に道州制を明記しなくても、法律レベルで道州制の導入は可能だ」といった考え方もあるが、日本の現状と将来を考えると、道州制の導入は法律や制度を一つひとつ変えていくのではなく、まさに「この国のかたち」を変える大改革として短時間で成し遂げることが必要だ。そのためには、憲法改正が打ってつけであろう。

このため、憲法改正にあたっては、明確にこの道州制について書き込むことを提言したい。憲法の地方自治の章には、

(1)道及び特別区を置くこと(92条)
(2)道及び特別区はその範囲内に効力を有する法律を制定することができること(94条)
(3)道及び特別区は課税自主権を有し、地方税その他の租税を課すことができること(95条1項)その財源は独立採算を徹底すること(95条2項)

を明記する。

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4. 法律の最終有権解釈をスピーディーに判断できる憲法裁判所制度の導入を!

諸外国の憲法では、憲法裁判所という制度が採用されている。これは、特に具体的事件が起きていなくても、法令等の合憲・違憲の審査ができるという制度だ。

日本の場合、特別の憲法裁判所は設けず、違憲審査権を最高裁判所に与えているが、この制度だと、何か具体的な事件が起き、その事件がある法令違反に問われた場合にのみその法令の違憲判断ができるという制度設計である。そのため、法令が制定されてから違憲判断が下されるまで通常極めて長い時間がかかり、その間は違憲の法令が施行された状態が続くこととなる。

日本の場合この弊害は顕著で、最高裁判所は憲法判断に極めて消極的であり、昨今では一票の格差問題を除いてほとんど憲法判断はなされない。その一票の格差訴訟においても、「違憲状態ではあるが選挙結果は有効」という判断にとどまっているのが実情だ。

例えば憲法裁判所を採用している韓国では、その内容の良し悪しの判断は別として、憲法裁判所による違憲判断が活発に行われている。2011年には憲法裁判所は、元慰安婦の賠償請求権について日本政府と解釈上の争いがあるにもかかわらず、韓国政府が紛争解決の手続に踏み出していないという政府の「不作為」が違憲であると決定した。

この違憲判決がその後の実際の韓国の政治に与えている影響は周知の通りである。また、今年(2015年)2月には、婚姻関係を持つ男女が配偶者以外と性関係をもつことを禁じ、違反した場合に2年以下の懲役が科される韓国刑法の姦通(かんつう)罪を違憲とする判断を示し、姦通罪は廃止された。

日本の場合も例えば2015年現在進められている安全保障法制と憲法との関係などを憲法裁判所が憲法に基づいて違憲・合憲を判断することができれば、スピーディーに物事が決まるはずだ。現在は最高裁が憲法判断を実質上できないために政治家が延々と議論している。各国の憲法裁判所のようなシステムを日本にも取り入れ、憲法で明確に国の最終有権解釈を確定する仕組みを構築することが、立憲政治を守るために必要だ。

1990年以降に制定された諸外国の新憲法では、3分の2近い国で憲法裁判所が設置されており、憲法裁判所制度は世界の趨勢といえる。民間の契約でも、契約書の最後には、「契約の解釈に疑義が生じた場合は、相互に協議の上、解決するものとする。」といった条項が必ず挿入されるものであり、最終有権解釈の確定の仕組みは国の制度においても同様に重要なはずだ。

一方で、憲法裁判所による合憲・違憲の判断は、政治的な判断を伴うので、裁判官の選任方法には注意が必要だ。

ドイツの憲法裁判所の場合、裁判官16人を下院と上院それぞれ8人ずつ選任する。フランスでは、法令の事前憲法審査が可能だが、憲法院の裁判官9名は3人が大統領によって、3人が下院議長によって、3人が上院議長によって任命される。日本の場合は、三権分立も考慮しつつ、衆議院、参議院、内閣、最高裁判所からそれぞれ同数ずつ選任するとすれば良いのではないか。

なお、新設する「憲法の解釈」は第100条として、憲法の最後に入れる形にした。現行の日本国憲法の第100条以下は、「補足」であり削除しても差し支えないものだ。それらを削除すると、新憲法の条文はちょうど100条になる。(厳密にはこれまで条項を追加してきたので、整理が必要ではある。)

100の行動による新憲法草案は、第100条で終わる。

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