日本史上初となる憲法改正プロセスに多くの国民が参加しよう! 

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初稿執筆日:2015年5月19日
第二稿執筆日:2016年10月20日

「日本国憲法は世界最古の憲法である」

こう書くと、普通の人は「いや、そんなわけはない」「間違いだ」とお答えになるだろう。正確に言えば、日本国憲法は、近代憲法の中で、古い方から14番目となる。しかし、日本国憲法よりも古くに制定された欧米各国の憲法はすべて、かなり頻繁に改正されているため、日本国憲法を「世界最古の憲法」だといっても間違いではないのだ。

日本国憲法は1947年5月3日に施行されてから一度も改正されないどころか、憲法改正の「発議」すら一度もなされなかった。なぜか。憲法学者もマスコミも「護憲=良いこと」「改憲=タブー」という情緒的な単純方程式の考え方で、「憲法を変えたら戦争国家に逆戻り、徴兵制も可能になる」「先進的で民主的な日本国憲法を変えることは民主主義に逆行する」という誤った「護憲」意識が社会に定着してしまったためではないか。

しかし、我々国民は、主権者として、国民の権利と国の基本構造を規定する憲法について真摯に向き合わなければならない。つい最近(2015年3月)の読売新聞の世論調査では、憲法を「改正する方がよい」と思う人は51%で、「改正しない方がよい」の46%を上回った。いよいよ私たち日本人は、これまで約70年間の「思考停止」から脱し、時代にあった憲法を創る時を迎えているのだ。

100の行動もいよいよ憲法編に入る。93から98まで6回を使い、「93: 憲法改正の必要性(総論)」「94: 憲法の基本思想(前文、天皇)」「95: 安全保障政策(平和憲法)」「96: 新しい時代の人権(基本的人権)」「97: 統治機構(国会、内閣)」「98: 財政と道州制(財政、地方自治)」と論じ、日本再建の土台となる憲法改正の姿を提言する。

1. 憲法改正は、日本の歴史上初めて主権者たる国民が憲法を判断する一大イベント。憲法改正を前向きに捉えよう!

これまで高めの直球でドラスティックな提言を続けてきた「100の行動」だが、「国のかたち」を決める憲法に関することなので、ここは少し歴史の勉強から入ろう。以下は国立国会図書館の資料による史実だ。

1946年2月13日、ポツダム宣言を受諾し占領下にあった時代の日本。この日、外務大臣官邸において、マッカーサーの指示を受けたホイットニー民生局長と吉田外務大臣、松本国務大臣との会談が行われた。ホイットニーはその場で、松本が中心となって日本政府が作成し、GHQに提出した「憲法改正案」を「拒否」することを伝え、GHQ草案(いわゆるマッカーサー草案)を手渡した。

私はなにも、「他国に押し付けられた憲法だから独自の憲法を作れ!」などと言うつもりはない。しかし、重要なのは、実はこの間、日本政府が新憲法草案を検討していたことに加え、民間有識者のあいだでも憲法改正草案の作成が進行し、1945年末から翌春にかけて次々と公表されていたことだ。

その代表例は、1945年12月26日に発表された憲法研究会の「憲法草案要綱」であり、天皇の権限を国家的儀礼のみに限定し、主権在民、生存権、男女平等など、のちの日本国憲法の根幹となる基本原則を先取りするものであった。

さらに、1946年になると帝国議会に席を有していた各政党とも相次いで憲法改正草案を発表している。こういった動きは、民主主義国家として極めて健全なことだと言えよう。しかし、実際の日本国憲法は、いくつかの軽微な修正を除いてほぼマッカーサー草案の原案のままの内容となった。

日本国憲法制定当時、国民的な議論が巻き起こっていたにもかかわらず、GHQ作成の草案を元に作られ、国民投票も経ずに成立したのは史実である。

同様に当時占領下に憲法が制定されたドイツでは、その後、ドイツ人自身の手によって60回も憲法が改正されている。日本は、一度もない。

憲法改正は、日本の歴史上初めて主権者たる国民が憲法を判断する一大イベントなのだ。国民自らの手で、民主的手続きを経て、国民的な盛り上がりがある環境で、前向きな憲法改正を行うべきであろう。

いみじくも今、戦後初めて憲法改正を真面目に現実的に考える政権が発足した。しかも衆参で2/3の勢力を得る可能性がある(2016年7月の参議院選挙によって、衆参両院において、与党自民党、公明党に加えて憲法改正に前向きな勢力が2/3の議席を実際に獲得した)。この時期を逃さずに、ぜひ前向きに憲法改正をとらえたい。

2. 憲法改正を拒絶する「護憲」の発想から脱却を!

ダーウィンの進化論を持ち出すまでもなく、環境の変化に対応し、自らが変わり続けなければ種は保存できない。国家も、時代の変化に応じて自らの形を最良のものにすべく不断に努力しなければならない。その最たるものが憲法改正だ。諸外国は、その不断の努力を行っている。

1787年9月17日に制定されたアメリカ合衆国憲法は、1945年以降に6回修正されている。これら6回の修正のうち、4回の修正が統治機構に関するものであり、ほか2回の修正は選挙権に関する修正である。

驚くべきは、修正案の連邦議会への提出そのものは1787年の合衆国憲法制定から現在に至るまで1万1500件以上あるということだ。それらの大半は連邦議会による発議の前に廃案となったが、それだけ真摯に憲法について政治や国民が議論を重ねているということだろう。

その他の国でも、カナダでは戦後18回、フランスでは27回、イタリアでは15回、憲法改正が行われている。統治機構に関する改正が多いのは諸外国に共通する。

次にドイツだ。ドイツにおいては、「ドイツ連邦共和国基本法」が憲法の役割を果たしている。単一の条文のみの基本法改正から複数の条文にわたる基本法改正まで多様だが、特に、1956年3月19日に行われた「再軍備のための改正」、1968年6月24日に行われた「緊急事態条項の追加のための改正」、1969年5月12日に行われた「予算・財政改革のための改正」は、当時の西ドイツにおける政治の大きな転換点となっており、西ドイツ時代の代表的な基本法改正の例として挙げられる。

日本を除く先進国で、戦後の憲法改正回数が最も少ないのがオーストラリア憲法で、1945年以降の改正は3回だ。これはオーストラリアの憲法改正要件の厳しさに起因している。オーストラリアの憲法改正には、「連邦全体の総投票数の過半数」という一般的な過半数の要件を満たすだけでなく、加えて「過半数の州における過半数の賛成」という要件も同時に求められており、いわば「二重の過半数」が要求されているため、国民投票に付された憲法改正案は25件あるものの、実際の改正は3件にとどまっている。しかし、そんなハードルの高い憲法でも、戦後3回は改正されているのだ。

冒頭で触れたように、日本で憲法改正が一度も実現していないのは偏った「護憲」の発想が社会を支配していることと無関係ではないだろう。ほとんどの憲法学者は憲法改正を拒絶する「護憲」を信奉しており、憲法と社会が乖離しても、社会が憲法に合わせるべきだという憲法「非改正」至上主義が支配的である。中東への自衛隊派遣をめぐり、現実に即して改正のための論点を明示する憲法学者はこれまで残念ながらほとんど見受けられなかった。

憲法は国家と国民の約束であり、政府と国民が憲法を守ることは当たり前のことである。だが、時代の要請に応じて適切な形に変更が必要なのは諸外国の例をみても明らかだ。盲信的な護憲の発想から脱却し、時代に即した憲法の必要性を認識することが求められる。

3. 日本の歴史上初めての国民投票による憲法改正~すべての政党やシンクタンクが憲法草案を出し、国民的議論を!

日本国憲法改正は日本人にとって初めての体験となる。僕ら国民一人ひとりにとっても、国民投票に付しての憲法改正は前例がないものであり、初めての経験だ。ここでもっとも重要なのは、国民の参加、オーナーシップだ。

日本国憲法の「制定」過程前段においては既述のように国民的な議論が起こった。これは民主国家として誇るべきことである。国立国会図書館の史料によれば、戦後の焼け野原の混乱の中で、政府による作業の他に多くの草案が作られていたことがわかる。


その後約70年間にわたって憲法を改善しようという思考・意思は、残念ながら停止してしまっていた。日本社会が初めて試みる憲法改正においては、すべてのステークホルダーを巻き込んだ極めて活発な国民的議論が必要だ。

現在、自民党による2012年版憲法改正草案が日本に存在する最新の憲法改正案だ。その他の政党では、たちあがれ日本(現:日本のこころを大切にする党)、みんなの党(現在は解党) 「憲法改正の基本的考え方」がある。民主党(現:民進党)は、2005年に基本的考え方をまとめるに留まっている。また、民間団体では、「21 世紀の日本と憲法」有識者懇談会(民間憲法臨調)、ゲンロン憲法委員会「新日本国憲法ゲンロン草案」、日本青年会議所「日本国憲法草案」、新聞社では読売新聞や産経新聞なども憲法改正案を出している。

今の政権が予定する憲法改正のスケジュールは、早ければ来年(2016年)の参議院選に絡んでくるだろう。そうなるとそれほど時間はない。早急にすべての政党やシンクタンクが憲法草案を書き、極めて活発な国民的議論を巻き起こすプロセスに持っていくことが必要だ。

また、憲法改正の目的は、国論を二分し、日本国民を分断することではない。最後まで最大限のコンセンサスを得る努力をすべきであろう。

国民投票法によって、憲法改正の国民投票は18歳以上のすべての国民に投票権が与えられた。準備は整っている。政治や各界のリーダーが国民各層を巻き込み、(ほぼ)すべての国民の参加による憲法改正を実現したい。

4. <憲法96条>世界的にも異例な「超」硬性憲法からの脱却を!

これまで見てきたように、諸外国は、憲法改正の回数もさることながら、憲法改正の「提案」を数多く国民に対して行い、そのうち幾つもが否決をされながら、いくつかの国民的コンセンサスを得られた改正を行うことによって、憲法を時代に即してブラッシュアップしてきている。

国民はその都度、憲法という自らの国家の基本法に関して真摯に向き合い、議論し、意思を表明するのだ。

日本では憲法改正を国民に提案する前の国会での手続があまりに厳格で、国民から憲法について考え、意思を表明する機会を奪ってしまっている。

憲法96条の改正手続き条項の改正については、本格的な憲法改正論議に先行してここ数年議論が盛んであった。

日本国憲法は憲法改正を国民に発議するための要件として、衆議院と参議院、両院の総員の2/3の賛成を課している。これを両院の総員の過半数にすべきだという議論だ。

「100の行動」でも憲法改正の発議要件の緩和に賛成したい。

反対論の中には、96条が改正されると、その時々の多数党の思うままに憲法改正が可能になるとの主張もあるが、そんなことはない。憲法改正には、国民投票が必要だからだ。

実は、アメリカ、カナダ、インド、ドイツ、ベルギー、オランダ、フィンランドなどは議会の特別の議決等のみで憲法改正が可能となっており、国民投票抜きで憲法改正を行うことができる(例えばアメリカの場合は、既述のように、「連邦議会の両院の3分の2の賛成による修正の発議」と「全州の4分の3の州議会の賛成」)で憲法改正が可能)。それらの国々と比較すれば、国民投票による主権者の直接的な意思決定を要件としている日本国憲法はそれだけで憲法改正手続きのハードルは高いといえよう。

憲法改正の発議要件が緩和されれば、国民は、時の政権によって憲法改正が発議されるたびに、自らの権利や、国家の基本的あり方について考える機会を得、その結果、改正され、あるいは否決されても、そういったプロセスを通して存続する日本国憲法は、真に、国民自らが制定した憲法という正当性を獲得するはずだ。

約70年間、我々日本人は一度も憲法について意思決定する機会を得なかった。今こそ国民自らの手で、国の基礎から作り変える時ではないだろうか。日本史上初となる憲法改正プロセスに多くの国民が参加する運動論として展開していきたい。

次の100の行動94からは、いよいよ憲法の中身に関して議論していきたい。

 


 

京都大学工学部卒、ハーバード大学経営大学院修士課程修了(MBA)。住友商事株式会社を経て、1992年株式会社グロービス設立。1996年グロービス・キャピタル、1999年 エイパックス・グロービス・パートナーズ(現グロービス・キャピタル・パートナーズ)設立。2006年4月、グロービス経営大学院を開学。学長に就任する。若手起業家が集うYEO(Young Entrepreneur's Organization 現EO)日本初代会長、YEOアジア初代代表、世界経済フォーラム(WEF)が選んだNew Asian Leaders日本代表、米国ハーバード大学経営大学院アルムナイ・ボード(卒業生理事)等を歴任。現在、経済同友会幹事等を務める。2008年に日本版ダボス会議である「G1サミット」を創設。2011年3月大震災後に、復興支援プロジェクトKIBOWを立ち上げ、翌年一般財団法人KIBOWを組成し、理事長を務める。2013年6月より公益財団法人日本棋院理事。いばらき大使、水戸大使。著書に、『創造と変革の志士たちへ』(PHP研究所)、『吾人(ごじん)の任務』 (東洋経済新報社)、『人生の座標軸』(講談社)等がある。

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