16%の溝を越えろ ― 『キャズム Ver.2 増補改訂版』 

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ビジネスリーダーにぜひ読んでほしい1冊を紹介するこのコーナー。第6回は世界的ベストセラー『キャズム』の12年ぶりの改訂版である『キャズム Ver.2 増補改訂版』を取り上げる。今なお新鮮さと有効性を失わないキャズム理論の原点を確認しつつ、昨今の著名企業やサービスの成功/失敗理由を知り、さらに、IT関連ビジネスの普及に関する著者の考え方にも触れることができる。事例は2002年の旧版からほとんど差し替えられている。IT業界のものが増え、巻末の補論で昨今の新しいビジネスモデルについて言及している。
ある程度ビジネスに興味がある人間で、キャズムという言葉を全く知らないという人間は少ないだろう。キャズムは1991年にジェフリー・ムーアによって提唱された概念であり、特にハイテク製品において市場の拡大を妨げる「溝」のことを指す。キャズムは、潜在市場の概ね16%程度の普及度の個所に位置するとされる。そして、多くのハイテクベンチャーは、キャズムを越えることができずに市場から消えてしまう、というのがキャズム理論の説くところだ。

この言葉や現象の説明自体は多くのビジネスパーソンが知っているだろう。しかし、原典の著書を読んで、そのメカニズムや乗り越え方まで正確に理解しているという人間は、筆者の経験から言えば少ない。さらに言えば、キャズムという言葉とその意味を知っているにもかかわらず、いざ計画や実践となると

「(過大な数字を出して)一気にこのくらいの市場はとれるはず!」
「なぜ売上げが過去のペースより伸びなくなったんだ。気合いを入れろ!」
「とにかく営業リソースを投下して顧客への訪問を増やせ!」

など、非現実的な目標を立てたり、見当違いの解決策を打ち出して発破をかける経営者や営業リーダーが少なくない。本書の中でムーアも述べているように、知識を持っていることと、実際に実行に移すことの間にも、深い溝があるのだ。

本書で提示しているキャズムの原理そのものは、24年前に提示されたものと基本的に変わっていない。ポイントは、早期受容者であるアーリー・アドプター(ビジョナリー)とアーリー・マジョリティー(実利主義者)では求めているものが全く違うし、そもそも行動パターンが全く異なるということだ。前者がブレークスルーを求めるのに対し、後者は改善や実利を求める。前者が現在の方法論にこだわらないのに対して、後者は現在利用している方法論やそれを前提とした自社の資源に強くこだわるし、サンクコストを過大評価する。ニーズや行動パターンが違っているのだから、同じ売り方では売れないのは自明の理である。

本書の良い点は、単に現象を説明するだけではなく、その解決方法も併せて提示している点だ。割いているページ数や事例は、キャズムの越え方に関する方が圧倒的に多い。筆者はそれを第二次世界大戦における連合軍のノルマンディ攻略に例えている。詳細はここでは割愛するが、要はアーリー・マジョリティーの中に橋頭保を築くことに注力し、そこからの波及効果を促すことである。おそらく、キャズムをうまく乗り越えられない経営者やマネジャーの多くは、このパートを詳しく読んでいないか、実務的に「難しい」と考えてしまい、それ以上思考投入しなくなってしまうように思われる。

本書で説いているキャズムの越え方は、マーケティングのみならず、組織行動学や人的資源管理、管理会計、仮説思考などの領域にもおよび、かつそれまでの成功のアンラーニングも求められることから、実行するのは容易ではない。しかし、だからこそライバルに差をつけられるチャンスとも言える。ぜひ、このキャズムの越え方の章こそ、ページ数も多く手ごたえ大だが、しっかり読んでほしい。

「自分の業界はハイテクじゃないから」と思われる方もいるかもしれないが、どのような業界で仕事をしていようが、業界の垣根を越えて学ぶべき点は非常に多いはずだ。最後の補論では一見キャズムに陥らなかったように見えるインターネットビジネスについても独自のモデルを提案するなど、新しい提言もある。多くの方に読んでいただき、自社ならではの活用方法を考えていただきたい1冊である。

『キャズム Ver.2 増補改訂版 新商品をブレイクさせる「超」マーケティング理論』
ジェフリー・ムーア著、川又政治翻訳
2,000円(税込2,160円)

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