オンライン教育、理想と現実 

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< 今回のポイント >
◆MOOCがオンライン教育の理想と現実を浮き彫りにした
◆学びを深めるための5つの条件がある
◆黎明期の課題を解決すべく、新たな戦いが始まっている

前回はMOOCが切り拓いた教育の新たな可能性について述べてきましたが、実際のところは多くの問題が顕在化している状態でもあります。高まる期待とは裏腹に、実はスラン氏は2013年11月にインタビューでこのように語っています。

「我々は世間や私自身が期待するような教育をすることができていない。我々はひどい(lousy)プロダクトを提供している」

このlousyという言葉はかなりインパクトがあり、その界隈では大きな話題となりました。UdacityのWikipediaにもこの発言が残されるまでになっています。MOOCの生みの親として認識されているセバスチャン・スラン氏が、MOOCを否定するような発言をしたのですから、当然「何があったんだ?」ということになりますよね。

では、設立からわずか1年9カ月で、スラン氏は、なぜ「lousy」という表現を持ち出すまでの発言をしたのでしょうか。

予想外に低かった「修了率」

そこには、「修了率の低さ」というカベがありました。

Udacityには160万人の学生がいる、というその規模の大きさはあるものの、実際にクラスを最後まで完走して修了した、という修了率はわずか5〜10%程度なのです。

以前述べた通り、MOOCは単に映像を受け身で視聴するだけではありません。途中にテストが入ったり、視聴期限が決まっていたり、ディスカッションボードがあるなど多くの工夫がこらされています。学生を飽きさせることがないように「あの手この手」の仕掛けがあるのです。

しかし、その仕掛けがあったとしても、100人受講した場合、その途中でクラスから抜け出してしまうのは90名強。通学型で考えるならば、学級崩壊レベルです。これは正しい学校のあり方と言えるのでしょうか。

もちろん、スラン氏はこの状況を放置していたわけではありません。彼は科学者として具体的にデータを検証した上でアプローチすれば解決できる、と考えていました。そして、2012年夏、彼は統計学のクラスにおいて、彼が取り得る最善の方策でこの課題にチャレンジを挑みます。できる限り双方向型の要素を取り入れ、数学やプログラミングが得意ではない学生が離脱しないように、基礎も含めて丁寧に教えました。

「教育者の立場として、私はベストのパフォーマンスをした。そして、結果的に良いクラスになったと思う」とスラン氏は語りました。確かにコンテンツという観点では評価は高いものでした。

しかし・・・残念ながら肝心の修了率は相変わらず低いままだったのです。

登録者が次々に離脱していき、最終的な修了率はほぼ変わりませんでした。そこにきて、彼は改めてオンライン学習の理想と現実のギャップを強く認識することになるのです。

実は私もMOOCにおいて講義を担当したことがあります。日本発のMOOCであるgaccoというプラットフォームにおいて「経営(マネジメント)入門」という科目を担当しました。

この時の当事者としての実感値としても、このスラン氏と同じような認識を持ちました。最初にその登録者の数に圧倒されます。通学型のクラスであれば数年分くらいの規模になり、否が応でも期待は高まります。ところが、最終的な修了率の低さにもう1つの現実を知るわけです。

受講生同士によってなされるディスカッションボードでの議論においても、そこにアクセスする受講生はかなり限られ、集団で疑問を解消し合う「集合知」という理想像には程遠い状況です。MOOCに対する理想像が高かっただけに、その落差も大きかったのです。おそらく当時のスラン氏の落胆や苦悩も想像しがたいほどに大きかったことでしょう。

改めて顕在化した教育の「奥深さ」

では、ここで改めて顕在したことは何でしょうか。それは、教育というプロセスの複雑さであり奥深さです。

学習者は、どういう時に学習に意欲的に取り組み、かつ持続的にその意欲を維持できるのでしょうか?そこには5つの条件があると考えます。

1つ目は、学習内容に対して学習者が本当に必要を感じている、という「必要性」
2つ目は、学習内容のレベルが学習者にフィットしている、という「適切性」
3つ目は、学習の過程で成長実感を得ることができる、という「成長感」
4つ目は、学習の過程で他者との競争意識や協働(コラボレーション)意識を感じる、という「競争・協働感」
5つ目は、学習内容やペースを自分で決められる、という「自律性」

この5つの条件が「学習コンテンツ」にバランスよく組み合わさることにより、人は学ぶことを「楽しい!」「面白い!」と感じ、結果的に意欲的に学習に取り組むことができるのです。

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私が教鞭を執るグロービス経営大学院においても、この5つの条件は暗黙的に意識しています。たとえば、通学型クラスにおいては、オリエンテーションやガイダンス、裏側での学習サポートの面談、もしくは受講生同士のコラボレーションの場の創出など、多くの施策と人手を介しながら意欲を持続していただけるように努めています。もちろん口で言うほど簡単なことではなく、試行錯誤を重ねている途上ではあるのですが、その過程を通じながら「条件整備」ということの奥深さを感じるわけです。

その観点では、MOOC(少なくとも初期のMOOC)は、この条件整備を極限まで「セルフサービス化」した教育サービスとも言えます。自律性は担保しながらも、それ以外の条件の多くは学習者に委ねられていたわけです。

したがって、どれだけコンテンツが良くても、この条件を自分で整えることができない大多数の人は当たり前のようにドロップしていきます。目的意識もないままに何となく面白そうだからログインしてみた人、必要性は感じていたけど適切なコンテンツに辿り着けずに誤ったコンテンツを視聴してしまった人などなど・・・。手間のかかる「条件整備」をほぼセルフサービス化したからこそ、MOOCは地域のカベを超えたグローバルサービスになりましたが、それがゆえに大量に登録し、大量に離脱していくという課題に直面しているわけです。

これらの「条件整備」に関する課題は、課題として顕在化されたからこそ、ビジネスチャンスとして改めて認識されつつあるのも事実です。現在オンライン教育で広がっているサービスは、この条件整備の課題を様々なアプローチで解消し、受講者の集中力、エンゲージメントを高めようとしています。

グロービスがオンラインMBAというサービスを立ち上げ、その仕組みとしてMOOCの対局にあるSPOC(Small Private Online Courses=小規模非公開型オンラインコース)という手法を選択したのは、このMOOCの限界に着目した、という背景があります。(この辺りはいろいろ語りたいことがたくさんあるので、また別のタイミングで詳しく述べたいと思います。)

冒頭にスラン氏がMOOCを「lousy」と表現したと伝えましたが、それはこの「条件整備」における限界が顕在化した、ということに他なりません。そして、MOOCを含めたオンライン教育は、コンテンツそのもの以上に、「条件整備」における課題をどう克服していくのか、ということに関心が向き始めているのです。

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