教育の新たな可能性が見えてきた! 

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< 今回のポイント >
◆貧困や格差の解決に向け、MOOCによる「教育の民主化」が重要
◆MOOCは教育をデータ主導の科学に変える
◆MOOCは有能な人材を世界規模で発掘するツールにもなる

ここまでMOOC(ムーク:大規模公開型オンラインコース)を中心に教育のオンライン化の経緯を見てきました。しかし、そういう動きがあることを理解しつつも、そもそも「なぜMOOCがそこまで注目されるのだろうか?」という疑問を持つ方も少なからずいるのではないかと思います。実を言うと、私自身もMOOCとは距離を置いたオンライン教育事業を手掛けているため、MOOCの教育効果については未だに懐疑的に感じることもあります(この辺りのポイントは後日改めて整理します)。

しかし、MOOCの創設者たちの発言などを追いかけていくと、MOOCに対して旧来の教育とはちょっと違った次元の可能性を期待していることが分かります。

そこで今回は、MOOCの「可能性」について具体的に考えていきましょう。

MOOCの可能性その1: 教育の民主化

1つ目のポイントは、教育の「民主化」です。

MOOCの根底には、「世界的に見れば極めて限られた人しか受けることができない教育という機会を、できるだけ多くの人に広げよう」という思想があります。

教育を受けたくても受けることができないという「教育機会の格差」は、世界を見渡せば至る所に広がっています。そして、この教育の問題は貧困とも密接な関係があります。

ジャーナリストとして著名なトーマス・フリードマンは、「人々を貧困から救い出すために、オンラインを通じた高等教育というものの可能性は底知れないものがある」と述べました。教育格差による貧困という問題を視野に入れると、この「教育の民主化」ということは重要なアジェンダであり、その一手段としてのMOOCというものは大きな可能性を秘めているのです。

実際にセバスチャン・スラン氏がUdacityを設立するきっかけとなった伝説の「人工知能入門」のクラスには、迫撃砲の危険から逃れながら受講したアフガニスタンの若者もいたといいます。スタンフォードはもちろんとして、そもそも学校にすら通えないという人も、インターネットにつながる環境さえあれば誰でも無料で受講できてしまうのです。教育に携わる人間としてこの可能性の魅力は何物にも代え難いものがあります。

実際にこの可能性を肌で感じたスラン氏は、「(オンライン教育という)ワンダーランドを見てきてしまった私にとって、もう(教室という限定空間で行う)スタンフォードに戻って教えることはできません」と述べています。

この教育と貧困にかかわる問題は昨今先進国においても重要になりつつあります。Courseraの設立者であるダフニー・コラー氏は、アメリカにおける高等教育のコストが「1985年との比較で5.6倍にも跳ね上がっている」という事実を指摘し、先進国であっても教育が普遍的な機会ではなくなっている、ということを示唆しました。

動画はこちら → 「Daphne Koller:  What we're learning from online education

「教育のすそ野を広げていく」「誰もが教育の機会を等しく享受できる」ということは、今後の世界を考えていく上で極めて重要な課題です。その課題を解決する手段として、誰もが無料で使えるMOOCのプラットフォームは非常に重要な意味と可能性を持つのです。

MOOCの可能性その2: データ主導による教育革新

教育機会が「閉じられた教室から、広大なインターネット空間へ」と広がったことに伴い、当然ながら受講生数は桁違いに増えます。

現在Udacityには160万ユーザー(2014年4月時点)、Couseraは1000万ユーザー(2014年10月時点)、edXは300万ユーザー(2014年10月時点)という途方もない数の受講生が集まっています。

受講生数が桁違いに増えるということは、膨大かつ様々なデータが獲得できるようになるということであり、そのデータを活用することで教育手法をさらに改善できるようになるということです。まさに「ビッグ・データ」の世界です。

教育手法というものは、今までも数多くの試行錯誤の結果として改善がなされてきました。しかし、今までは「こういうやり方が効果的ではないだろうか」という、限られた経験に基づく「仮説主導」によるものが中心でした。どちらかというと属人的な経験に基づくものであり、決して科学的なアプローチとは言えないことが少なくありませんでした。仮説主導の改善には、汎用性において限界があります。この限界を「膨大なデータ」が打ち破るのです。

MOOCでは数百万や数千万というユーザーデータや、数億、数十億にも上るインタラクション(講師と受講生・受講生同士のやりとり)の履歴データが蓄積されていきます。このデータを活用することにより、アプローチを「仮説主導」から「データ主導」へ切り替えられるようになります。例えば、「このタイミングでこういう質問を取り入れることによって、8割の受講生の理解度は向上する」とか「この問題でつまずいた受講生の9割は、このパートの視聴時間が足りない」といったように、実データに基づいた検証ができるわけです。

教育をデータ主導の科学に変えたい」というのは、セバスチャン・スラン氏の言葉ですが、Courseraのコラー氏も含めて、MOOCの創設に関わった人の共通理念のようです。Udacityでスラン氏とともに人工知能について教えているピーター・ノーヴィッグ氏は、TEDのスピーチで以下のように述べています。

面白いのは集まってくるデータです。1人の学生が、1つの授業を通じて何百何千という情報を交換します。学生全体では何十憶にもなります。それを分析することによって新たな知見が見つかり、すぐに試してみる。その繰り返しから革新的な変化が生み出されるのです。そうした新しい教育手法で育っていく新世代の学生たちの活躍に注目です

動画はこちら → TED: Peter Norvig「The 100,000-Student Classroom」

このノーヴィッグ氏の言葉を借りれば、MOOCは人間の学びを「分析」するためのツールでもあるのです。この視点はまさに「教育者」ではなく、多分に「(人工知能)研究者」ならではの視点だと言えるでしょう。

データを通じて人間の学びについて今までにない洞察を得られるという期待値は、MOOCの可能性を語る上で欠かすことができないものなのです。

MOOCの可能性その3: 教育による人材発掘

3つ目のポイントが「人材発掘」というキーワードです。国境を超えて多くの人材がMOOCに集まり、かつ、各個人の学習データが取得できるということは、「世界のどこかに存在している有能な人材を発掘するツール」にもなるということです。

この点は、企業側にとっても極めて魅力的なので、MOOCの教育以外のもう1つの側面として注目されていることでもあります。ここについては、MOOCのビジネスモデルを語る際に改めて詳しく書きたいと思います。

さて、ここまで「民主化」「データ主導」「人材発掘」という切り口でMOOCの可能性について述べてきました。これらの視点は、もちろん既存の「教室型」の教育モデルにおいても意識することは可能だったかもしれません。しかし、MOOCのように国境を超えて桁の違う数の受講生を引きつけるプラットフォームを持つことによって、初めてその可能性が「リアリティを感じるレベル」になったと言えるでしょう。MOOCの創設者たちは、総じてこれらの可能性に夢を感じ、異業種から教育の世界へ身を投じてきたのです。

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