生まれ変わった時のパートナーは? 

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4003 1

久しぶりに連載を再開することになった。山籠りをしながら「かめはめ波の修業」に専念していた気分の筆者が、半年ぶりに筆を執ることにしたのは、またもや、グロービス経営大学院の学生数人と食事した際に出てきた、こんな会話だ。

女性A: この前、テレビでやっていたインタビューで「生まれ変わっても今の相手と結婚しますか」という街頭インタビューで、ほとんどの男性が「YES」と答え、逆にほとんどの女性が「NO」と答えていた。インタビューしていた場所が、巣鴨のとげぬき地蔵だったからかも(笑)。
女性B: でも、私も絶対「NO」だな。

念のため断わっておくが、女性AさんBさんは既婚者である。この「生まれ変わっても今の相手と結婚したい」と感じているのが“女性の方が少ない”というのは、私にとっては意外というより“怖い話”だ。私の家内は、果たしてどう思っているのだろう・・・。それがすぐ頭に浮かんできた・・・。

さらに、その日の話題は広がっていった。いつものように( )内は、私の心の声だ。

男性A: えっ?僕なんか、絶対「YES」だけどな・・・。
(そ、そうだよね)
女性A: 私は、絶対「NO」。いつも、「あの時、なぜ今の主人と結婚しちゃったのかな」とか、「なぜあの時、あの人と結婚しなかったんだろう」とか思うもの。
(うそだろう。それは怖い)
男性B: 私も絶対「YES」だ。
(君は、僕の味方だ)
女性A: 私の場合、人生で色々分岐点があって、その全てに対して、「あの時の選択が異なっていたらなァ」っていつも考えちゃう。
女性C: 男性ってロマンチストだからなんじゃない?
(それは、私がこの前の「かめはめ波」の回で書いた仮説です。でも、それで片付けてしまっていいのだろうか・・・)

この後、会話は「かめはめ波」のコラムの話題に移っていったのだが、前の話がショック過ぎて頭から離れなかった。

・・・・・・本当なんだろうか?

生まれ変わったら?

この恐ろしい設問「生まれ変わった時のパートナーは?」という質問に「今と同じ相手」とか「今とは別の人」と答えるというのは、そもそもパートナーと自分がそれぞれ今の性(男性なら男性、女性なら女性)に生まれ変わるという前提で答えているわけだが、論理的に考えると、

(1)そもそも、生まれ変わらない

はずだ。それでは、話が終わってしまうので、仮に百歩譲ったとして、

(2)生まれ変わるのだとしても、人間に生まれ変わるとは限らない
(3)仮に人間に生まれ変わるとしても、今の相手と同じ時代・結婚する可能性のある地域に生まれ変わるとは限らない
(4)仮に同じ時代・結婚する可能性のある地域に生まれ変わったとしても、性別が今の通りになるとは限らない(し、男同士または女同士に生まれ変わったり、男が女に、女が男に生まれたりする可能性だって同じくある・・・はず)

であるのだから、まず起こり得そうにない話(=おとぎ話)なのだ。ま、最近同性結婚の例も出てきているので(4)の「性が同じか?別か?」というのは、あまり考慮しなくていいかもだが・・・。

で、現実的に考えると、この設問「生まれ変わった時のパートナーは?」は、

(1)「生まれ変わった時」というシチュエーションにすれば、現実の話ではないということで、本音を聞き出すための設定に過ぎず、
(2)質問の真意は「今のパートナーと別れる事が出来て、かつ再婚できる機会が出来た場合に、今のパートナーと結婚するか?」という意味であり、
(3)さらに単純化すると、「今のパートナーと別れたいか?(現実的な諸問題と切り離して)」ということを聞いている

という意味のはずである。

仮に、「男はロマンチストで、女はリアリスト」(第6回コラム参照のこと)という仮説が正しいとするのならば、男は「お互い人間に生まれ変わって、しかも結婚できる状態になる」という夢想を抱いているからこそ、「今と同じ相手」という夢みたいな答えをする・・・ということで、正に仮説通りロマンチストの名に恥じない答えをしている事になるし、夢想であるがゆえに、都合のよい状況を思い浮かべているのに違いない。

一方で、女性は「生まれ変わるはずないなんて百も承知であるが、“生まれ変わったとして”という仮想的な質問をしていただいたので」と現実的に考え、「今の相手より別の相手が良い」という本音を話したということになるのではないか・・・

しかも私の仮説(第6回コラム「かめはめ波ってうてるの?」)を推し進めるなら

・「ロマンチストの男性」は、夢想的に「未来の話」として答えている

のに対して、

・「リアリストの女性」は、現実的に「今の話」として答えている

となるのだから

・・・・・・・・怖い・・・・・・・。

でも、この話、本当なのだろうか?

インターネットを使って調べてみた

早速、インターネットで調べてみると、継続的に調査を行っている団体があることを見つけた。その名も“「いい夫婦の日」をすすめる会”が行っている、“『いい夫婦の日』夫婦に関するアンケート調査”だ。ホームページもある。

で、肝心の調査であるが、2008年から毎年行われていることが分かった。調査は、600~1000人の男女を対象にインターネットを使って行われている。日本における夫婦の数は約300万組なので、統計学的なサンプル数としては十分と言える。(例えば、関東地方のTV視聴率は、600万世帯のうち600世帯を対象とした調査の結果である)

設問「生まれ変わったら今のパートナーを選ぶか?」に対して、「今の相手を選ぶ」「別の人を選ぶ」「どちらでもない」の三択で行われている。

2008年からの結果を集計し、グラフにしてみた。「今の相手を選ぶ」と回答した比率の差異を、「全年齢平均」「30代以下」「40代」「50代」「60代以上」で表したものである。男性の比率から女性の比率を引いているので、その差異が「プラス」になっているというのは、「今の相手を選ぶ」と答えている割合は、男性の方が多いということを意味している。

図1  「生まれ変わった時のパートナーは?」に対する、回答の推移 (”今の相手”と答えた比率の差異=男性の回答-女性の回答)

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確かに、全年齢の平均でみると、2008年から2014年まで、ずっと男性の方が女性よりも「今の相手を選ぶ」と答えているのが分かる。

やはり本当のようだ・・・・。

さらに傾向として読み取れるのが「年齢が高くなる」と男女間の「差が広がる」ということだ。まさに、他人事ではない・・・。

周りの既婚女性に聞いてみた

さて、何故このような結果になるのか、いつものように仮説を立ててみる。そのためには、情報が少ないので、周りの既婚女性に聞いてみることにした。
(なぜなら、怖くて家内には聞けないので・・・・・)

インタビューは、図1のグラフを見てもらいながら行った。

筆者: 高齢になると、男女差は開いていくのだけど、何故か判りますか?
I女史: 分かる気がします。うちの母親は絶対「別の人」と答えると思います。
筆者: なぜです?
I女史: 父親が退職して家にいるようになったのを、母親は厭がっていましたから。
(うちの奥さんも、そんなことを言っていたような・・・)
K女子: 男親が家にいると、母親が余計に手間を掛けないといけないから。
(確かに)
筆者: なるほど、そういえば、2013年に向けて急に差が開いて、2014年には逆に差が縮まっている様に見るけど、これはどうしてでしょう。ひょっとして、2014年は急に景気が良くなって、男が家にいなくなったからかな?
K女子: それは分かる気がする。私の夫も昨年(=2014年)から急に忙しくなって、めったに話をする機会がなくなったので、喧嘩することも少なくなってしまったから。
筆者: えっ?だって夫婦間の絆を強くするには、コミュニケーションが大切だと言われるけど、それと逆になっているのでは?
M女子: ひょっとすると、同じ家にいるのにコミュニケーションしないから仲が悪くなるのであって、そもそも一緒にいる事がなければ喧嘩しないということじゃないですか?
(お見事!)

これを聞きながら、最近見た情報番組の話を思い出した。それは、「妻が、家にいる夫に手伝ってほしいという合図を出すのに、夫はちっとも気付いてくれない」というものだ。

要は、「家事を手伝ってほしいという妻」対「家事は妻の仕事と思っている夫」という構図の特集だ。そこで描かれているのは、「“家事を手伝って欲しい”という想いをこめてサインを出しているのに、それに気づいてもらえない妻の不満が蓄積」する一方で「出されているサインにも、蓄積された不満にも気がつかない夫」という関係だった。

もし、こういうことが続くなら、確かに「今の相手と別れたい(けど別れられない)妻」と「(不満が無いので)今の相手と別れる理由がない夫」という関係になっても不思議はない。

ここで、今回の仮説だ。

仮説14: 女性は、パートナーへの不満を溜めてしまう
仮説15: 男性は、パートナーの溜まった不満に気がつかない

さて、このままだと「生まれ変わった時のパートナーは?」の答えは、ますます食い違っていってしまうだろう。どうしたらよいのだろうか?
(これを見極めないと、自分の身も危ない・・・)

4003 2

パートナーとの関係を改善するには?

仮に、この仮説が正しいとして、両者の違いはどこから生まれてくるのだろう。

まずは、議論を整理しやすくするために、家事をするのは女性という前提で話を進めさせていただく。

ということで、初めに
1. 家事を女性が担当している家庭の場合(専業主婦の家庭)
を考えてみよう。

その場合の、妻の典型的な考えは、

「自分が家事で苦労している傍で、楽をしている夫がいれば、“なぜ自分だけが苦労するのか。不平等ではないか”と考える。なぜなら、夫と自分は対等なパートナーだから」

一方で、その相手の夫の考えは、

「自分は外で仕事してきている。家の仕事は妻の仕事だ。その意味で平等であるし、パートナーでもある。困っているのなら手を貸すが、そうでないのであれば手伝う必要はない」

ではないか?すなわち、「外での仕事は夫が」「家での仕事は妻が」という状態こそが「公平」という考えなのだ。

これであれば、妻は公平であるはずのパートナーに対し「不公平感」を感じてしまい、結果として「不満溜まる妻」という構図になっても当然だ。

では、両方とも仕事をしている場合はどうなるだろうか?ということで、
2. 家事を担当している女性が、外でも仕事をしている家庭の場合(兼業主婦の家庭)
この場合は、夫が家事を分担しなければ、より一層「不公平感」を感じるだろう。

そうすると、パートナーに対して「対等ではない」「不公平である」と感じる考え方の違いが、全ての源のように思えてくる。

良く考えてみると、妻だってパートナーが外で仕事しているくらい知っている。だから、家事を自分が分担していると考えている。それでも、時には家事が辛くなる時もあるだろうし、そんな時に家でゴロゴロしているパートナーを見れば「手伝ってくれたっていいじゃない!」と思うのは、無理もないのではないか?

一方で、本当に夫である相手のパートナーは気が付いていないのだろうか?

はたして、傍で仕事をしている人間がいるのに、自分が遊んでいて何にも感じないということはあるだろうか?
(筆者の経験では、気が付いているからこそ、そんな時に文句の1つも言われると、カッとなってしまう気がしている)

ただ、そんな状況でも、気軽に「手伝おうか?」と妻に声を掛けられない気持ちがあるのではないか?
(あるのです。それに気がついて欲しい。例えば「手を出して失敗したら文句を言われるのでは」とか、「手伝いたくても、教えてもらわないとできない。それはさらに相手の負担を大きくする」とか・・・)

だから、要は、お互いのそんな微妙で実は優しい感情の動きに、お互いに気を回して気がついてあげさえすれば、この違いは解消できるのではないだろうか?
と、ここまで考えてきて、編集K女史に報告・・・・・・・・・。そういえば、もういないんだった。・・・・・・いなくなって初めて知るこの寂しさ。

こんな時は、仮想的に会話してみよう!

「K女子、今回のコラムどう?」
「溜田さん、奥さんに見せました?」

・・・無理です。

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