MITの苦渋の決断がMOOCへの流れを作った 

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<今回のポイント>
◆2000年は「eラーニング元年」。オンライン学習の原型が確立される
◆2001年、MITの「OpenCourseWare」プロジェクトがMOOCへの流れを作った
◆オンライン教育の発展・浸透の背景にはデバイスやアプリケーションの進歩がある

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これから数回にわたり、オンライン教育のこれまでの歩みを簡単に振り返ってみたいと思います

まず、2000年前後に戻ってみましょう。

この時期は、1990年代のパソコンとインターネットの普及・浸透を経て、教育分野では「eラーニング」という手法が急速に広がっていきました。オンラインベースの学習モデルの原型が確立されたのは、この時期です。

私は90年代後半に総合商社の人事部に在籍していたので、eラーニングというキーワードの広がりを人材育成の当事者として目の当たりにしていました。日本においては2000年を「eラーニング元年」と呼ぶらしいのですが、その当時、次のようなメッセージを至る所で目にしたことを記憶しています。

「もはや、集合研修は社員教育の手法として古い」

「いつでもどこでも受けられるeラーニングが、研修のあり方を大きく変える」

「eラーニングによって研修コストは大幅に削減可能」

しかし、その期待とは裏腹に、その当時の活用方法は、結果的にかなり限定的にならざるを得ませんでした。冷静に考えれば、eラーニングという手法が相応しいケースもあれば、そうでないケースもあります。例えば、形式化・定型化しやすい知識習得などはeラーニング向きですが、それ以上の複雑なスキル領域(たとえばコミュニケーション力)などは必ずしもeラーニング向きではありません。

ただ、「バズワード(流行り言葉)」化したキーワードというのは、そういった冷静な議論を吹っ飛ばしてある側面を誇大に強調してしまいます。「元年」後の数年間はその反動として、「十分に使いきれない」「期待はずれ」という失望の声が多かったと思います。

この手の「バズワード化」→「誇大妄想」→「がっかり」という流れは、後のMOOC(Massive Online Open Courses=大規模オンライン公開講座/ムーク)のブームにも通じます。

「教育」や「人材育成」という言葉が持つ範囲は非常に広いため、1つのツールやテクノロジーですべてが片付くようなことはありません。

「このツールが教育を変える!」といった断言調の極論には要注意です。この手の教育系バズワードが出てきた時は(むろん、教育系に限らず、ですけど)、期待に胸膨らませながらも、一方では「ツールの限界を冷めた目で見極める」という作法を忘れてはならないと思います。

ちなみに、eラーニングの界隈ではその後、「ブレンディング」(=集合研修など他の手段と組み合わせて使うのがベスト)というコンセプトが出てきます。そもそも、人材育成というのはあの手この手を組み合わせて創意工夫していくことが大切なので、「何をいまさら」と思う方も多いと思います。ただ、カタカナ用語でそれらしく語られると、なんとなく納得してしまうというのも、バズワードの特徴でもあります。

さて、2000年のeラーニングの盛り上がりと時を同じくして、別の変化が胎動を始めていました。

2001年、マサチューセッツ工科大学(MIT)が「OpenCourseWare(OCW)」というプロジェクトを立ち上げたのです。これは、オンライン上に無料でシラバス(学習計画・講義設計)や講義ノートを公開するというものです。MITは後にクラスの動画も公開するに至りました。

このOCWの動きは、当時、アメリカのみならず世界に大きな衝撃を与えました。当時はドットコムブームの真っ只中にあり、ドットコム企業は価値あるコンテンツを探し出し、それらをネットで販売するビジネスモデルの構築に躍起になっていたのです。MITのような名門大学が、そのクラス設計の詳細や講義内容、資料・教材といった価値あるコンテンツを惜しげもなく無料公開することに踏み切ったわけですから、驚くのも無理はありません。

このMITの発表を取り上げたニューヨーク・タイムズ紙は、MITの意思決定を

"the Massachusetts Institute of Technology has chosen the opposite path"

つまり「MITは(他大学とは)逆方向を選んだ」と評しています。

MITもこの無償化という意思決定に至るまでにはかなりの苦悩を重ねたようです。一説によるとオンライン教育のビジネス化において他大学から出遅れたことからの起死回生を狙った苦肉の策だったという見方もあるようです。それはともかく、最終的には「MITの知的資産を、限られた人だけでなく、広くすべての人に」という大義を掲げ、無償化に踏み切ったわけです。

そういう意味では「現在のMOOCの原点はMITのこの意思決定だった」と言っても過言ではないでしょう。

=== OCWについてのちょっとした補足 ===
OCWのコンセプトは、大学のクラスの教材や音声・動画をそのままオンライン上で無償公開する、というものです。そのため、実際に観てみると、「撮影した授業内容をただ垂れ流している」という印象を受けます。それに対して、最近定着しつつあるMOOCは、オンライン上で学ぶ人の身になって動画コンテンツそのものを緻密に設計していることに特徴があります。また、動画に加えて、オンラインベースの宿題や試験、ディスカッションボードなど、オンライン上の学びを総合的に設計していることも大きな相違点です。
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さて、MITのOCWが口火を切った教育の無償オンライン化の動きは、MITの学内を軽々と飛び出して、他大学に急速に広がっていきました。日本国内でも東京大学を初めとして20を超える大学が参加するようになりました。各大学のOCWを検索すれば、ライブラリ形式で、多くのコンテンツを無料で閲覧することができます。たとえばMITのOCWサイトには、動画でも視聴可能なコンテンツが数多く並んでいます。

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そして、OCWが急速に世界中の大学に浸透していった背景には、それを支えるデバイスやアプリケーションの進歩があります。OCWの場合には、デバイスとしてはまず「iPod」(2001年)、アプリケーションとしては「Podcast」と、その後に続く「iTunes U」(2007年)が果たした役割は非常に大きいものがあります。これらのデバイスとアプリによって、耳で気楽に聞ける状況が生まれ、それまで豊富に蓄積されていたOCWのコンテンツへのアクセスが一気に開放されたのです。

ちなみに、この後に続くMOOCにおいても似たような構図があります。2010年に販売された「iPad」を中心としたタブレット端末やスマートフォンの浸透、ブロードバンド環境の整備が、2012年に始まるMOOC大展開の礎石になっています。今度は、誰もが、ストレスなく、いつでも動画教材を観ることができるようになったわけです。

イノベーションというものは、単一の発明などによって突然もたらされるものではなく、様々な条件が揃って互いにつながり合う「エコシステム(生態系)」によって生み出されます。OCWの裏にはiPodあり、MOOCの裏にはタブレットあり――。今後のオンライン教育の未来図を描くためには、教育コンテンツのあり方だけでなく、デバイスやテクノロジーを含めたエコシステム全体を俯瞰する視点が必要だと思います。

今回はeラーニング、OCWというオンライン教育の萌芽を振り返ってみました。次回はMOOCに大きな影響を与えたカーンアカデミーに焦点を当て、オンライン教育の発展の経緯を見てきたいと思います。

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