イノベーションを生み出す組織とは? 

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一見、日本と米国の経済は似ても似つかない。

米国経済は、エネルギーに満ちあふれ、AppleやGoogleのような新たな巨大企業を次から次へと生み出している。両社はそれぞれ創業からわずか38年、16年しか経っていないにもかかわらず、今年のフォーチュン500で時価総額ナンバー1、ナンバー2の座についた。

日本は違う。

確かに、オンライン・ショッピングモールを運営する楽天(1997年設立)や、IT複合企業のソフトバンク(1981年設立)など、創業間もない巨大企業も多少は存在する。しかし、日本の大手有名企業の大半は、その歴史を第二次世界大戦以前にまでさかのぼる。例えば、キヤノンとトヨタ自動車がそうだ。両社はいずれも1937年に設立された。他方、パナソニックは1918年創業と、1世紀近くの歴史を持つ。

しかし、日本には創業1,000年を超える企業が7社も存在する。それを踏まえると、創業100年は若手の部類に入ると言っていい。その7社のうち最も歴史が古いのは、建設会社の金剛組である。同社は西暦578年に誕生した、創業1,436年の(つまり、Googleの約90倍の歴史を持つ)老舗である。

そのような老舗企業が存在したり、優勢であったりする。これは、欧米の一部の評論家が主張するように、日本経済には創造的破壊によって自らを再生する力がないことを意味するのだろうか。

いや、断じてそうではない。

米国では確かに、非常に分かりやすい入れ替わりがよく起こる。古い企業が姿を消しては、革新的な新しい企業が誕生し、その後釜に座るのだ。

日本では一見、大した変化は起こっていないかのようである。ところが実際には、老舗企業がまったく異なる企業へと密かに進化しつつある。

近年におけるその最たる例は、富士フイルムと同社のデジタル写真への対応の仕方である。同社にとってデジタル写真は、フィルムを基盤とする旧来のビジネスモデルの存続を脅かす存在だった。

コダックが変化に直面して立ちすくんだのに対し、富士フイルムは積極的に事業を多角化し、化粧品、化学薬品、コンポーネントなどの分野に進出。合弁会社だった富士ゼロックスの株式の過半数を取得して経営権を握り、文書管理・印刷ソリューション分野でプレゼンスを拡大した。

英エコノミスト誌と言えば、変化が遅く頭が固いとして、日本企業をこき下ろすのが何より好きな雑誌である。そのエコノミスト誌が2012年には珍しく、富士フイルムと同社の先見の明あるCEO、古森重隆氏を大絶賛した。「コダックは典型的な変化嫌いの企業のように行動したが、富士フイルムは柔軟な米国企業のように行動した」と同誌は評している。

(僕が最近、富士フイルムに並々ならぬ適応性があると見なした例の1つは、同社の「チェキ」に関するニュースである。ポラロイド風のインスタント・フィルムカメラであるチェキは、実はアジアにおいて同社のデジタルカメラよりも売れているのだ。なんと大胆かつ意表を突いた手だろうか!)

同様の「密かな変革」は日本の大手商社でも起こっている。

僕は1980年代、そうした商社の1つである住友商事に勤務していた。同社は当時、「商社」という呼び名のとおり、年間3億~4億ドルの営業利益の90%を商品取引によって生み出していた。しかし2014年、同社は30億~40億ドルの利益を上げ、その90%を投資でまかなっている。住友商事はもはや商社ではなく、投資会社なのだ。名前は同じでも、中身が違うわけである。

日本企業のこのような自己変革能力は、次の2つのことに起因すると僕は考えている。


1:日本企業は研究開発(R&D)に多額の投資をしている。

JPモルガン証券の株式調査部長であるイェスパー・コール氏がよく指摘することがある。それは、景気が低迷していた1990年代でも、“日本株式会社”はGDPの3.4%相当を投資に充てていたということだ(日本において、R&Dの80%は民間部門で行われている。それに対して米国では、R&Dの約半分が軍・政府関連である)。そのような多額の投資の結果、トヨタ自動車のハイブリッド車や東レの炭素繊維のような新技術が生まれ、富士フイルムはアンチエイジング・クリームや液晶ディスプレイ用光学フィルムを製造できるようになった。


2:日本企業はあらゆる従業員の教育に多額の投資をしている。

日本企業は人材を採用する際、しかるべき専門資格や職務経験を完璧に備えているかどうかよりも、人柄と可能性を基準にする傾向がある。そして、採用した人材を、時間とカネをかけて社内で教育する。これには2つの利点がある。それは、従業員の忠誠心を高めることができると同時に、真の「学習する組織」を生み出すことで、富士フイルムや住友商事が遂げたような抜本的な変革の実現を促すことができるということだ。

ビジネス・スクールの創設者である僕は、この日米の違いを身をもって知っている。グロービス経営大学院でも、ハーバード大学を始めとする米国のビジネス・スクールと同様に、MBA課程による収益が収益全体の4分の1から3分の1を占めている。しかし、僕たちのモデルと米国のモデルを分ける違いは、ビジネスの残りの部分にある。

僕の学校では売り上げの大半を、各企業のニーズに応じた社内教育プログラムを提供することによって得ている。こうしたプログラムは30人1組のマネジャーを対象に、月2日ずつ10カ月以上をかけて実施される。全員がこのプログラムを通じて実力を磨いた上で、そのグループの中から少人数が選抜され、CEOやゼネラルマネジャーになる。この民主的なアプローチは一体感を育むとともに、高いレベルのスキルや知識を社内に広く行き渡らせる効果がある。

それに対して米国企業では、少数の精鋭を経営幹部候補としてあらかじめ選抜し、彼らを――なおかつ彼らだけを――ビジネス・スクールに送り、短期集中型の経営学講座を受講させる(このようないわゆる「経営幹部向け公開講座」は、米国のビジネス・スクールにおいてMBA以外による収益の大半を占めている)。

どちらのアプローチが優れているかということを言いたいわけではない。初めに述べたように、日本のやり方と米国のやり方は、似ても似つかない経済モデルなのである。

米国では、R&Dと教育には社外で対処するのが一般的だ。その結果、古い企業は抜本的な自己変革にてこずる可能性がある。だが、新しい企業が次々に生まれてはその後釜に座り、古い企業にはできないことをやってのける。

日本では、R&Dと教育には社内で対処する傾向がある。つまり、古い企業は一見、融通が利かず動きが鈍そうでありながら、実際は敏捷かつ柔軟で、自己変革力を備えている場合が多いのだ。
(それと同時に、日本にもベンチャー企業がもっと増えてほしいというのが僕の願いだ)

あなたは、これまでどのような組織に所属したことがあるだろうか?市場の状況の変化に応じてオーガニックな進化(自力成長)ができる、真の学習する組織か。それとも、自己変革能力に欠けた、柔軟性のない組織か――。

あなたの経験について、ぜひ聞かせてほしい。

この記事は、2014年8月12日にLinkedInに寄稿した英文を和訳したものです。

(Cover photo: docstockmedia / shutterstock)

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