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「バカな」と「なるほど」の交点に解がある —八面六臂・松田雅也氏【解説編】

投稿日:2014/07/11更新日:2021/11/29

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“鮮魚流通のアマゾン・ドット・コム”を目指す八面六臂。その戦略のキーワードは、「泥臭さ」「広いレンズ」「バカなとなるほど」であった。「圧倒的なユニークネス」と「多くの者の共感を呼び揺り動かすビジョン」という一見、相矛盾する要素を兼ね備え、圧倒的な価値を生み出す“バリュークリエイター”の実像と戦略思考に迫る連載第6回解説編。解説者は、グロービス経営大学院教授の荒木博行。

<八面六臂から学ぶ戦略の3つの要諦>
1)「泥臭さ」に裏打ちされた競争優位性
2)広い「レンズ」を通じて考えられた参入タイミング
3)「バカな」と「なるほど」を両立させるビジネスモデル

「八面六臂」という社名だけを聞いたとき、多くの人は何をしている企業なのか、想像がつくことはないだろう。八面六臂とは、「多方面で目覚ましい活躍をしたり、一人で何人分もの活躍をすること」という言葉の意味であるが、松田社長はこの企業名の由来について、「言葉自体に特段色がついていないから選んだ」とだけ語ってくれた。つまり、その言葉が持つ意味から選んだわけではないらしい。

しかし、インタビューを聞くにつれ、私はこの言葉自体がこの会社の行くべき方向を指し示しているのではないか、と感じるようになった。すなわち、顧客に対して一つの付加価値のみならず、多様な付加価値を提供し、今までにない目覚ましい活躍をする会社になるのではないか、ということである。

それでは、この極めてユニークで可能性のある会社の戦略を3つの視点から紐解いていきたい。

1)「泥臭さ」に裏打ちされた競争優位性

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八面六臂のビジネスモデルのことを松田社長は「鮮魚流通のアマゾン・ドット・コム」という表現をする。記事では「鮮魚×IT」という表現も見受けられる。一見すると、IT化に遅れた業界に対して、いち早くITの仕組みを導入し、そのユニークなアイディアとテクノロジーによって成功しつつある企業のようなイメージで受け止められるかもしれない。

しかし話を聞けば聞くほど、そのような一見して見られる「キレイな」イメージとはほど遠い泥臭い実態が浮き上がってくる。八面六臂の戦略上の優れたポイントは何か、その結論から言えば、「誰もが難しいと思う面倒なことを、一貫してやり続けてきたこと」と言えるのではないだろうか。

では、この鮮魚流通ビジネスの本質的な難しさはどこにあるだろうか?
それは、3つの前提を乗り越えなくてはならないことにある。

1.供給の読みにくさ
漁獲は天候など諸々の環境に大きく左右されるため、事前にどの種類の魚がどの程度確保できるかはやってみなければ分からない

2.需要の読みにくさ
飲食店のニーズは全く異なる。店長の好み、調理の腕前、座席数、そして出店地域のニーズなどによってどのような魚を求めるかがそれぞれ異なる。さらに、その細分化された需要が天候やイベント等によって大きく変動する

3.鮮度
当然ながら魚というのは鮮度が重要である。どれだけ高級な魚であっても、鮮度が落ちればその印象は全く変わってしまう。

つまり、「需給がそれぞれ全く安定しない中で、その需給を短時間でマッチングさせる必要がある」という宿命を持ったビジネスなのだ。

では、このビジネスに対して、既存の仕組みはどうなっていたのだろうか?

既存の枠内においては、最終的には供給側の理由でビジネスが成立していた。つまり、飲食店、そして消費者が「鮮魚は必ずしも食べたいタイミングで食べたい種類や鮮度の魚が食べられるわけではない」と割り切らざるを得なかったわけだ。そのような特性を持ったビジネスにおいて、八面六臂は何を実現したのだろうか?冒頭に記載した通り、この需給のマッチングに高度なテクノロジーを擁して解決したわけではない。実はこの裏側には、極めてアナログ的な泥臭い「現場」が存在する。

まずは既存営業だ。八面六臂の既存営業担当者が各飲食店の独自のこだわりや店舗情報、店長のニーズを汲取り、それを確実にデータベースに入れていく。一方で、供給側についても、仕入調達担当が4時起きで各市場を回り、その買い付けデータを入れていく。この営業と調達という双方の現場が水面下で日常的にデータを取り込んでいることが八面六臂の「ビジネスとしての背骨」を作っている。

しかし、一旦この「背骨」が出来上がれば、既存のプレイヤーや新規参入者が太刀打ち出来ない土俵が出来上がる。つまり、この鮮魚という極めて扱いにくい商材を、最適な価格でマッチングすることが出来るのだ。松田社長の言葉を借りるならば、「100円で仕入れた魚が50円でしか売れない店もあれば、1000円で買ってくれる店もある」のだ。この「店舗ごとに異なる細かなニーズの偏在」というものに対して、かき集めてきたデータを最大限活用することができれば、最適なマッチングを実現することができる。八面六臂は、まさにそのマッチングを高度にスピーディに実現しているのだ。

松田社長は「実は内側の仕組みとしてはそれほど大したことはありません。ExcelでもAccessでも十分事足ります」と語る。それでもなぜ八面六臂に競争優位性があるのかと言えば、スマートなイメージとは裏腹の泥臭いニーズの拾い上げや情報収集活動があるからに他ならない。「競合はなぜ入ってこないのか?」という問いに、松田社長は「競合は大概スマートにやろうとするから」と答える。つまり、たとえば「システム提供だけ」で参入しようとするから、この業界の本質が分からずに付加価値をあげることができないのだ。この手の業界で勝つためには、本腰を入れてプレイヤーになることが大前提だ。松田社長は「朝4時に毎日起きて、営業をする。24時間商売にコミットする。そういう覚悟を持つことだ」と語る。

結果的に「テクノロジーを活用して古臭い業界に風穴を開けた」ことは事実であるが、その表向きから感じられるスマートなイメージの裏側に潜む泥臭さを我々は認識すべきだろう。そして、そのような泥臭い活動を一貫してやり続けることができる組織こそ、「競争優位性」というものを築くことができるのではないだろうか。

2)広い「レンズ」を通じて考えられた参入タイミング

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革新的なサービスになりつつある八面六臂のビジネスモデルであるが、八面六臂を紐解くにあたりもう一つ忘れていけないのは、このビジネスを興した「タイミング」についてである。八面六臂のビジネスは、後から振り返ると「これ以外はありえない」というタイミングで創業されている。このタイミングという点について考察していきたい。

我々は得てして、サービスや商品そのものの革新性ばかりに着目をする傾向がある。しかし、当たり前のことではあるが、イノベーションは環境に大きく依存する。いくら良い商品、サービスだからと言っても、時代に受け入れられないものは売れないのだ。

ではその「時代」とは何だろうか?それは、具体的に言えば、企業を取り巻くインフラや、パートナーとなる企業の準備、すなわち、一般的に「エコシステム」と呼ばれるものが整っているかどうか、ということである。この「エコシステム」のタイミングを見誤った場合、たとえ革新的な商品やサービスを生み出したとしても、結果的に失敗に終わることが多いということは時代が証明している。

「ワイドレンズ」という書籍をご存じだろうか?この書籍には、「自社の革新性」ばかりに目をとらわれ、商品やサービスのイノベイティブさとは裏腹に、脚光を浴びることなく終わった事例が数多く紹介されている。製品機能的には優れていたソニーの電子書籍「リーダー」が、アマゾンの「キンドル」に敗れ去ったストーリーなどは、我々にとってもイメージしやすいだろう。この敗因の背景は、ソニーが「リーダー」を出した当時には、出版社側をはじめとするパートナーの電子書籍に対する対応準備ができていなかった、という要素を抜きにして考えることはできない。現在市場を席巻している「キンドル」よりもサイズ、画質が優れていた「リーダー」は、結局そのビジネスを幅広い「レンズ」で捉えきれなかったために負けてしまった、とこの書籍は伝えている。すなわち、イノベイティブな商品・サービスであるほど、我々は広い「レンズ」を持ってビジネス全体を捉えなくてはならないのだ。

さて、その視点から見てみると、松田社長のビジネスを捉える「レンズ」の広さに驚かされる。松田社長が八面六臂のビジネスをスタートしたのは、まさにiPadが世の中に出たタイミングである。そして、それに無線LANなどの通信環境も整ってきた状況でもあった。店舗側の発注者にも、スマートフォンを通じてアプリを操作する、ということを抵抗無く受け入れられる素地が出来ていた。
もし、これらの条件が一つでも欠けていたらどうなっていただろうか?

おそらく店舗側は、八面六臂のサービスを使うためにPCの使用を求められていただろう。仮にそうだったとしたら、店主として、起動も遅く手間のかかるPC発注と今までのように即時に済むFAX発注のどちらを選ぶだろうか?結局は八面六臂の構想にこそ賛同を示すかも知れないが、実際には十分に活用されないサービスになっていた可能性は否めない。松田社長は、その「エコシステム」が整うタイミングを見極め、参入をしたのだ。八面六臂のビジネスからは、そのビジネスモデルのユニークさもさることながら、このような「参入タイミングの重要性」ということも学ぶことができるだろう。

3)「バカな」と「なるほど」を両立させるビジネスモデル

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ここまで着実に八面六臂のビジネスを育ててきた松田社長であるが、松田社長の視野には、既に「鮮魚流通のアマゾン・ドット・コム」以上のものが映っている。ストーリーにあった通り、このプラットフォームをさらに「飲食流通のプラットフォーム」として進化させ、そして最終的には「食品流通+金融流通+人材流通をグローバルレベルで行うプラットフォーム」になる、という壮大なビジョンを掲げているのだ。

さて、このビジョンを皆さんはどう捉えるだろうか?もし八面六臂のビジネスを十分に理解せずにこのビジョンだけを聞けば、やや荒唐無稽に感じられるかもしれない。しかし、私はこのビジョンはそれほど突飛なこととは思えない。もちろん飛躍はあるが、理に適った現実的なビジョンに感じる。

松田社長のバイブルの一つに一橋大学の楠教授による「ストーリーとしての競争戦略」という書籍がある。ベストセラーの戦略書であるので、多くの方が読んだことがあると思うが、その書籍の中に、「バカな」と「なるほど」を両立させることこそが、戦略立案のキモである、というくだりがある。誰もが初めから「なるほど」と思えるような戦略は容易に真似をされる可能性があり、その賞味期限は得てして短い。むしろ、初めは「バカな」と思えるくらいの飛躍感があり、しかし裏側を丁寧に理解していくことによってようやく「なるほど」と理解できる戦略こそ、優位性があるのだ。

その観点で言うと、まさにこの八面六臂の掲げるビジョンというのは、「バカな」と「なるほど」を両立させている、といっても過言ではないだろう。たとえば、八面六臂の次のビジョンとして、このプラットフォームに果物や野菜、肉、米など鮮魚以外の商品も乗せていくということが描かれている。一見すれば、「商品特性が違う中で、どれだけ現実的なのか?」と思う人もいるだろう。

しかし、冷静に考えてみれば、鮮魚というものは他の商品と比べて扱い方が群を抜いて難易度の高い商材であることが分かる。特に天然の魚は、いつ、何が、どれだけ獲れるのか、という予想がつかない中で、鮮度が極めて短いという特徴をもった商材だからだ。松田社長も「これだけ扱いの難しい鮮魚を通じて能力を高めてきた我々にとっては、それ以外の商材は基本的にはそれほど難しくない」と言い切る。

そして、その自信の背景をさらに探ってみると、八面六臂が卸・流通の本質を押さえつつあるのではないか、ということに気付く。一般的に、卸売業には大きく4つの機能があると言われる。

1.調達・販売(=マッチング)機能
2.物流機能
3.金融・リスク負担機能
4.情報提供機能である。

この視点で見ると、八面六臂のビジネスは、調達・販売、物流は基本機能として先述のとおり高いレベルで実現しつつ、金融や情報提供においてもその付加価値を発揮しつつあると考えられる。インタビューの中で松田社長が、「流通業は金融業である」と語ったように、八面六臂は飲食店の与信管理を適切に行い、そしてそれに基づき運転資金需要に応える、という金融業の側面を積極的に強化している。また情報提供機能については、社内に「メディア部門」を立ち上げ、豊富に抱えた情報を武器に飲食店向けの日常的な情報提供機能の強化を狙っている。つまり、八面六臂は、鮮魚専門でありながらも、既に飲食店にとっては「一取引先」という存在を超えた必要不可欠な「パートナー」となりつつあるのだ。

既存顧客に対して、一旦そのような信頼しうる「パートナー」としてのポジションを築けば、その上に新たな商材、しかも鮮魚よりはるかに扱いやすい商材のマッチング・物流機能を果たすことはそれほど難しくはないはずだ。「競合はアマゾン・ドット・コム」とまで言い切る将来像。しかし、「バカな」という反応を「なるほど」に変える松田社長の洞察力と、そしてそれを裏支えする組織の泥臭さ。それらを持ってすれば、この会社は企業名に負けない活躍をするはずだ。その期待もあながち外れではないだろう。

さて、今回は古い業界に対して新しいテクノロジーを持って戦いを挑むベンチャー企業を取り上げて、戦略のあり方を考えてきた。当然、この示唆は、ベンチャー企業だから、とか、旧態依然とした業界だから、という話ではない。どのような業界であれ、「競争優位性」や打ち手の「タイミング」を考える際には通じる話だろう。ここからの示唆が、皆さんが所属する戦略を考えるヒントになれば幸いである。

■参考書籍
「ワイドレンズ」(ロンアドナー著、東洋経済新報社刊)
「ストーリーとしての競争戦略」(楠木建著、東洋経済新報社刊)

 

→前編はこちら
→後編はこちら

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