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おもてなしの人材育成 〜ルールを覚え、ルールを破る〜

投稿日:2014/06/11更新日:2019/08/15

深刻な人手不足がサービスの現場を悩ませています。牛丼のすき家や居酒屋のワタミの店舗では、営業時間短縮や閉店が話題になりました。日本郵政やスターバックス、ファーストリテイリングといった企業では、パートや契約社員を正社員に転換し、人材不足に何とか先手を打とうとしています。人材確保は、おもてなしビジネスを拡げていこうとする企業にとっても避けて通れない問題です。

「人材が生命線」だが、「人材に頼る」経営をしてはいけない

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過去3回の本コラムでは

●おもてなしの定義。おもてなしは変動性の高いサービスの中でも、「(マスではなく)特別な一人に向けて」、「顧客ニーズに先回りして、感動の提供を目指す」点でユニークである

●つまり、おもてなしはサービスの中でも限定的な存在。ゆえにサービス向上のためには、多くのビジネスの場合、おもてなし強化の前にやるべきことが山ほどある

●おもてなしを強化するにしても、まずはおもてなし以外の部分で可能な限り標準化や効率化に努めることが、現場がおもてなしに注力する余裕を生む

といった話をしてきました。

では実際に企業が自社サービスのおもてなし部分をテコ入れしようとする時、どんな壁に直面するのか?その克服のための方策はあるのか?—こうした、おもてなし実践の勘所を話していこうと思います。まず今回は、おもてなし提供の核とも言える人材(従業員)の育成について、最近私が感じていることを書いてみます。

おもてなしに限らず、まずはサービス全般の人材育成について広く見ておきましょう。

サービス企業の経営者がよく口にするフレーズの1つに「我が社において最も重要な資産は人材である」というのがあります。確かにサービスの特徴の1つである同時性(サービスの提供と消費は、同じ場所・同じタイミングで行われるという特性)を考えると、サービスの質を最終的に担保できるのは、顧客接点でサービス提供を担う従業員以外にはいません。またサービス事業を拡げていこうとする時に特に確保が難しいと感じる経営資源が、新しい拠点や店舗でのサービス提供を担える従業員でしょう。人材がサービスビジネスの生命線であることに疑いの余地はありません。

しかし注意しておきたいのは、「人材が生命線」だからと言って、特定の「人材に依存する」経営で良いわけではありません。よく「優秀な人材が足りないから、事業が成長しない」とおっしゃる経営者がいますが、本当の障害は「優秀な人材が足りない」ことではなく、その企業に「人材を育てて、サービス品質を担保していく仕組みがない」ことなのです。

いくら優秀な従業員だって、体調が悪かったり、気分が乗らなかったりして時にはミスもします。ある日突然、辞めてしまうこともあります。優秀な従業員の貢献ばかりに依存していたら、いざという時に現場での業務が成り立ちません。

それに誤解を恐れずに言えば、実態として通常のサービス現場では優秀な人材なんてそもそも採用できません。働き手として応募してくれる人の大半は、やる気はあったとしても、スキルや経験に乏しい人々です。ましてや人手不足で閉店まで強いられる時代に、スキルや経験の有無で選り好みなどしていられません。

ですから特別優秀な人が採用できなくても、普通の人が普通に努力をすれば、自社が目指すサービスを再現できるようになる。そのための仕組み全般、その中でも根幹となる人材育成システムを作るのが経営の仕事だと言えましょう。「優秀な人材が足りないから、事業が成長しない」は、仕組みを作れない経営者の言い訳に過ぎないのです。

極論に振れがちな企業の人材育成

もちろん、どこの企業でもサービスレベルの向上を意識して、人材育成の仕組み作りに相応の努力はしています。それでも仕組みがうまく機能している企業とそうでない企業が出てしまうのは何故なんでしょうか?

ちょっと話は広がりますが、企業の人材育成を長年お手伝いしていて痛感するのは、自社の人材育成のあるべき姿に関して、企業人が「極論による単純化」を好む悪しき傾向です。先日も某大手企業で人材育成を所管されている役員にお会いしたら、「本物のリーダーは実務での修羅場経験を通じてしか育たないのだから、幹部養成研修のような座学は一切やるつもりがない」と断言されていました。しかし冷静な眼を持つ読者なら、「それは極論じゃないの?」と感じるのではないでしょうか。確かに修羅場経験は重要ですが、ビジネスパーソンとして時には自身の経験を棚卸してみたり、教室の中で他の人たちと経営論議を戦わせることで自身の思考の癖に気づいたりといった時間も必要でしょう。

あるいは以前お目にかかった別の企業の役員は「これからは従業員一人一人が自律的に判断して動ける組織作りが必須。標準マニュアルを用いた実務訓練などは最小限に止め、自律的な判断を下す際の軸となるフィロソフィーの共有に心血を注ぎたい」と仰っていました。これもまあ、単純化し過ぎた見方ではないでしょうか。どんな職種であっても全てに自律的判断が必要な訳ではなく、大半の業務は標準手順に基づいて処理し、一部において自律的判断が求められるのが実態のはず。フィロソフィーを理解しただけでは生産的な働き方はできないものです。

さらに悩ましいのは、人材育成責任者や担当役員が交代したり、業績が低迷したりすると、それに伴ってかなりの確率で育成方針がひっくり返ることです。去年まで「修羅場経験しかない」と断言していた企業が、社長や担当役員が代わった途端に「ウチの従業員は自社の経験の範囲内でしか仕事をしていない。外に目を向けさせたい」と言い出して、座学の研修を始めたりします。あるいは「自律的判断のためのフィロソフィー共有」を重視していた上記の企業も、法令違反となるミスが複数発生した直後に、社長が「基本の足腰が緩んでいる」と言い出して実務研修を復活させていました。色んな企業の人材育成を10年くらいのスパンで見渡していると、こういう「ポリシーがぶれる」企業が少なくないことに気づかされます。「知識(座学)重視」と「実践(現場経験)重視」、「標準の徹底」と「応用力の強化」といった極の間を数年おきに行ったり来たりしたり、その時々での旬のテーマ(最近だと「リベラルアーツ」とか「デザイン思考」など)を思いつきのように取り入れた人材育成を行っているのです。

育成上手な企業は「当たり前」に徹する

さて、話を戻しましょう。残念ながらサービス現場の従業員教育も、同じような問題に晒されています。従業員の育成方法が人材育成責任者の好みに委ねられており、過度な独自色を打ち出してしまっている企業が少なくないのです。先日も講演を聞きに来てくれた某サービス企業の担当者が「リッツ・カールトンやスターバックスではサービスのマニュアルが存在しないらしい」と本で読んだのに触発されて、「おもてなしを強化するために、ウチも思い切ってマニュアルを全廃してみようかと思っている」とおっしゃるので、「全体設計をよく考えてから決めた方がいいですよ」と忠告したことがありました。(ちなみにおもてなしの先進企業に関して「接客やサービスのマニュアルがない」と時々言われますが、機器操作や施設内衛生管理といった基本業務のマニュアルはきちんと存在し、活用されています。)

あるいはレジャー施設を展開している某企業では、以前は入社時や入社後3か月後などに数日間かけて集合研修を実施していたのに、ある年から突然「弊社では、入社したらすぐに第一線で活躍できます」と謳って従業員募集を始めたのには驚きました。現場に出てみないと鍛えられない部分があるのは事実ですが、だからと言って「全てOJT任せ」でよいのか、正直その企業のサービス水準を見る限りでは怪しいと思っています。

従業員育成で苦労された経験のある方ならお分かりの通り、実際に従業員を育てるには「座学か、現場経験か」とか、「標準か、自己裁量か」といった取捨選択ではなく、どちらもバランスよくやっていかないと、安定した人材供給は望めません。従業員教育がうまく機能している企業の育成体系を見せてもらうと、だいたい以下のような共通項があるように見受けます。

●経験の浅い従業員には徹底して標準手順に沿った教育を施し、経験者には臨機応変な対応力を磨いてもらう

●育成手法としては、現場でのOJTを育成方法の中心に据えつつ、業務知識の確認や省察(いわゆる振り返り)の場を定期的に設けて従業員の自己変容を促す

●育成プログラムのみを独立して考えずに、採用や配置、評価といった他の人事施策との併せ技で従業員育成を設計・運用している

恐らく上記を読んで「なるほど、育成上手な企業はさすがに違うな」と思った方はいないのでしょう。むしろ、普通過ぎて拍子抜けしたのではないでしょうか。

つまりサービスを担う従業員育成のあるべき姿は、極論に振れたり、奇をてらったりすることなく、「当たり前」と思われるような育成機会を、従業員の特性やタイミングに応じてバランスよく与えていく点にあります。マーケティングや経営戦略では独自色を出すのがビジネスの基本ですが、人材育成に限って言えばそうでもないのです。

おもてなし人材の育成は、スタートがカギ

では、サービス従業員のうち、特におもてなしを担う人材確保のカギはどこにあるか。実際には従業員の確保は、採用や評価・報酬といった人事施策との連動が肝心なのですが、本稿ではひとまず育成にフォーカスを当てて話を進めたいと思います。

先にも書いた通り、おもてなし人材を育てようと思ったら「急がば回れ」で、まず基本となる業務を標準手順に沿って習得させることが先決です。ところがこれが「言うは易し」で、実際にはなかなか難しいのです。

1つには、従業員のやる気を維持しにくい点があります。おもてなしを志す人の中は「自分の裁量で動ける」点を期待して応募してくる人が少なからずおり、そういう人はマニュアル重視の職場だとわかった途端にやる気を失いがちです。特に業界での実務経験を持つ人だと「今さら基本からやらなきゃいけないのか!」と強い抵抗感を覚え、すぐに辞めてしまう、あるいはマニュアルに従っているふりをして自己流を貫いている人もいます。

一方で、もし新人従業員に「標準手順が絶対」と叩き込めたとしても、後で問題が起きます。従業員自身が一連の業務を標準通りにできるようになると、「これで十分」と成長意欲を失ってしまったり、いざ臨機応変さを身につけてもらおうと「自分で考えて動いて」と助言しても、「指示やガイドラインがないと動けません」と返されてしまったり。標準手順だけに依存した育成では、いざ臨機応変に動いてもらおうと思った時に従業員が伸び悩むのです。

マニュアルに沿って動くことに意欲を燃やしてもらいつつ、マニュアル依存に陥らないよう育成するのはどうしたらいいのか?おもてなし人材育成のプロ達が私に披露してくれたノウハウを総合すると、本格的に基本業務習得に入る前段階で以下のようなステップを挟むのがカギだと思われます。

1.「自分はこうありたい」という理想像を描かせる
先輩従業員の活躍ぶりを見せて「一日も早く、自分もああいう風になりたい」と目標を持たせたり、フィロソフィーを語り合うことで「自分はおもてなしのプロ集団の一員だ」といったプライドを持たせたりします。

2.実践と試練
模擬訓練やOJTなど、さっそく実技の場に立たせてみて、軽い失敗を経験してもらいます。

3.自己観照
実技でパフォーマンスを出せなかった「現実の自分」を客観視してもらい、「ありたい自分」との差を認識させます。

上にも書いたように、何を差し置いても先ずやるべきことは、「自分はこうありたい」という高い目標イメージを育むことです。目標のイメージがない、あるいは目標が低いとどうなるか。次の実技訓練でミスをした時に、「自分には適性がない」「この仕事では自分は輝けない」と簡単にあきらめたり、あるいは逆に「初めてにしては、悪くない出来だ」と現状の自分に満足してしまったりします。

実際に例えば、某化粧品会社で20年間に渡って美容部員を育てたプロのトレーナーの方は、「最初に本人を『その気にさせる』のがカギ」だと言います。華々しい世界にあこがれて入社しても、最初の頃は店に届いた段ボールを捌いたり、ひたすらラッピングやシール貼りをしたりといった地味で辛い仕事が続きます。それでも「自分は『美』を売っているのだ」というプライドを強く持てていれば、どんなに疲れていても自分を駆り立て、キリッとした姿勢で店頭に戻って頑張り続けるのだそうです。

また、早い段階で「現場に立たせて失敗させる」ことで、本人に「今の自分の不甲斐なさ」に気づいてもらうのも重要です。本人の気づきが浅いようなら、他の従業員や周囲で見ていた先輩との対話を促し、「ここが残念だった」という改善点をうまく指摘してもらえると、自己観照が深まります。

冷静な自己認識が持てると、「早く理想に近づくには、基本から学ぶしかない」と本人の覚悟が定まります。この覚悟がある従業員は、「マニュアル通りではつまらない。もっと自分らしさを出したい」と基本の習得を軽視したりしません。また「自分はこうありたい」という高い目標があるので、いざ基本を習得し終えた時に「マニュアル通りで十分」、「マニュアルがないと動けない」といった残念な態度をとったりもしません。

守破離の「破」を磨くと、おもてなしの舞台に上がれる

従業員が基本業務の習得段階を終えると、いよいよおもてなしのエースになってもらうべく、応用編が始まります。この育成段階になると、

●手順やプロセスよりも、結果で管理する
●現場での裁量権限を与え、臨機応変に動いてもらう

といった姿勢は各社とも共通していますが、それ以外の育成方法は企業によって様々です。「おもてなしの巧拙には、持って生まれた気働きの差が大きいので、育成よりも採用が大事」と割り切っている企業もあれば、「お客様志向の業務態度がおもてなしの向上につながる」と経営理念や行動規範の共有に力を入れている企業もあります。

何が応用段階での育成のカギなのか。ここは経営側の調査だけだと正解が見えてこないので、現場で「達人」と称されるような従業員に会う度、ご自身にとって「ひと皮剥けた体験は何ですか?」と尋ねるようにしています。まだ確答はないのですが、おもてなしを発揮するようになった人の共通項を自分なりに解釈すると、「標準からの上手な逸脱の仕方を覚えた」でしょうか。

武道や古典芸術の世界で道を極める学習プロセスに「守破離」という考え方があるのは、有名ですね。まずは師に倣って基本の型を忠実に守り、そこから外れないように精進する。やがて、それまでに身につけた型を破り、他流の良い点も取り入れて、心と技をさらに発展させる。そして「離」のステージでは、「守」にとらわれず、「破」も意識せずに、独自の流儀を創り出して、新たな型として次の世代に継承していく・・・というステップです。

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おもてなしの達人と呼ばれるような方が本を書いたり、講演をされたりすると、「サービスはこうあるべきだ」というご自身の世界観が前面に出てくるので、我々はつい最終形の「離」に着目しがちです。もちろん独自の哲学や世界観を持てるのが理想でしょうが、日々のおもてなし提供で求められるのは、もう少しベーシックな「破」に対応する能力です。

おもてなしは型通りのサービスではないゆえ、標準手順や社内で決められたルールからの逸脱を含むことが頻繁にあります。たとえばこれは私自身の体験ですが、昨年出張先のホテルをチェックアウトした後、空港に向かう途中で、翌日の講演で参照する資料をホテルに忘れてきたことに気づきました。慌ててホテルのフロントに電話をすると、「すぐに空港にお届けします」と車で30〜40分かかる空港まで、フロントのスタッフ自ら資料を持ってきてくれました。

この対応に、私が心から感謝したのはいうまでもありません。加えて好奇心から、そのスタッフに「顧客から忘れ物の連絡があった場合、こちらのホテルではどういう対応を取る方針になっているのですか?」と尋ねると、「本当はホテル近辺にいらっしゃらない場合は、お客様の住所を伺って宅配便で送るルールになっております」と教えてくれました。ちなみに空港は「ホテル近辺」とは認められていないらしく、つまりそのスタッフはルールを自己判断で破って資料を届けてくれたわけです。

このホテルのスタッフは非常に頼もしい判断をしてくれたのですが、実は相当なスキルを持っているにもかかわらず、おもてなしで力を発揮できていない従業員の悩みを聞いてみると、「どういう場合に標準手順を逸脱していいか、自信が持てない。ゆえに『本当はこうして差し上げた方がお客さんは嬉しいだろうな』と感じつつも、決められた範囲内での無難なサービスに徹してしまう」という人が意外と多いのです。

定められた手順やルールでは対応しきれない顧客ニーズを察知した時、手順やルールを上手に逸脱するにはどうしたらいいか?

1つは、手順やルールが定められた背景の意図や目的を理解しておくことです。手順やルールはあくまで目的を実現する手段ですので、他の目的が出てきた場合には手段が変わる可能性があります。先の例で言えば、「顧客の忘れ物を指定された住所に宅配便で送る」というルールをホテル側が定めた意図は、スタッフ自身が出向いて届けるよりも、その方が安価ですし、どこに届けるかも確実だからです。しかしそのスタッフは「空港までなら車で行って最大でも1時間半以内に戻ってこられるのだから、手間やコストはそれほどでもない。今はお客様にとって大事な資料を早く届けるのが優先事項であるから、このルールは破るに値する」と判断したのだそうです。

もう1つは、ルール逸脱によって生じる問題を予測し、手を打つことです。上記の例では、スタッフがフロントを離れることによって、本来の業務が遂行できなくなる恐れがありました。このスタッフの場合は、マネージャーに事情を説明し、自分が不在となる間のバックアップを頼んできたそうです。

特に1つめの「ルールが定められた背景を理解する」は、育成する側にとって大変示唆深いポイントだと思います。おもてなし人材育成の初期は標準手順の習得が中心になる点は既に書きましたが、盲目的に手順を覚えさせるような愚は避けなくてはなりません。この落とし穴に気づいている企業では、新人に対してマニュアルの解説をする際に、「なぜこういうルールや手順になっているのか?」という理由をいちいち考えさせながら教え込んでいます。さらに進んだ企業ではマニュアルの内容をあえて不親切にして、新人従業員には現場で先輩の振る舞いを見ながら、どの所作がどういう目的で行われているかを自分の目で確かめながら学ばせる方法をとっている所もあります。職人の世界での「師匠の背中を見て、技を盗め」は旧弊な育成手法だと思われがちですが、実は「技術がどういう文脈で活きるのかを理解させ、将来の応用力を養っておく」という意味では優れており、実際に「認知的徒弟制」などと呼ばれて実践的な教育手法として注目されています。

ただし、上記のやり方だと、1つ1つの手順の習得に時間を要し、新人の立ち上がりのスピードが落ちるのは否めません。初期段階にさほど時間をかけるだけの余裕がない企業はどうしたらいいか。私が現実的な策としてお薦めするのは、基本手順の習得を終えた従業員のうち、「これは」と思う有望人材に、マニュアルの改訂作業や新人の指導役を任せるやり方です。マニュアルを作るという作業は簡単そうに見えて、実は「なぜこういう手順がベストなのか?」を考え尽くさないと、自信ある内容は書けません。新人の指導も同じこと。マニュアル作成や新人指導といった経験を通じて、それまでに自身が学んだ標準手順に込められた意味を理解し、自分の中で相対化できるようになるのです。

経営者の悩み:「歯止めをかけなくてもよいのか?」

さて標準手順やルールからの上手な逸脱に関して、もう少しだけ。ある小売企業を経営されている方から、最近受けた質問について記しておきます。この企業は目下おもてなしを強化中なのですが、「どこまでイレギュラーな対応を許容すべきか?」を悩んでいるのだそうです。

おもてなしで知られた企業には、従業員がお客さまに対してとった対応に関する感動的な逸話が必ずあります。たとえば、靴を中心としたアパレル通販を手掛ける米国のザッポス。ある顧客が病床の母親のためにザッポスで靴を購入したら、母親は間もなく亡くなってしまった。顧客が返品の意向をザッポスに連絡したところ、(顧客自身が返品の手配をするのがルールでしたが)無料で返品の集荷サービスを手配してくれたばかりか、後日自宅にお悔やみの花束とカードが届いたというエピソードがあります。

こうした伝説がいずれ自社内でも生れてくることを期待しつつも、小売業の経営者としては「どこかで歯止めをかけないと、お客さんのためならあれもOK、これもOKとしていたら、現場は収拾つかなくなる」と心配されていました。そこで自らリッツ・カールトンのようなおもてなし企業に関する本を読んだり、講演を聞いたりしたものの、

・自社の経営理念や行動規範に沿うこと
・倫理に背かないこと
・要する支出が限度額を越えないこと(例:リッツ・カールトンでは1日2000ドルまで顧客対応に使ってよいとされている)

程度の制約条件しかわからず、「これでは現場への指針にならない。現場のリーダー格である従業員から『あるお客様に対してルール外のおもてなしをした後、それを見た他の顧客から同じ要望を受けたら、どうすればいいですか?』と問われて困った」のだそうです。

従業員が経験豊富な人ばかりで、顧客も教養ある大人ばかりの業界でしたら、経営が眉をひそめてしまうような行為が連発されるような心配は実際には要りません。(少なくとも国内で事業展開する限りでは。海外に店舗を出した時は、日本での常識が通じないので少し注意が必要です。)それにどこの企業でもおもてなしの事例が積み上がってくると、社内に「ここまではOK、ここから先はやり過ぎ」という共通認識が、従業員間で自ずと醸成されてくるものです。

とはいえ、最初の一歩を踏み出そうとする時に、管理する側としても従業員の側としても「明確な指針がないと困る」という気持ちはわからないでもありません。そこで私からお薦めしたい指針が「他のお客様の感情が害されないこと」です。特に「それを見聞きした他のお客様が、共感と嫉妬、どちらを覚えるかで判断する」という観点が重要だと思います。

先のザッポスのエピソードを聞いた時、他のザッポス利用者も「それは素敵な話だ」と共感を覚えたはずです。ところがもしも「母親が病に伏せていた」や「注文後まもなく亡くなってしまった」といった事情がなければ、他の顧客には依怙(えこ)贔屓に見えてしまうでしょう。そして嫉妬の気持ちから「自分にも、無料で返品の集荷手配をして欲しい」という要望を出してくるかもしれません。

他の顧客が共感するか、嫉妬するかは、おもてなしを受ける対象となる顧客が「特殊な事情を抱えており、その事情に他者が共感できるか」否かで決まります。上記の例の場合、「靴を買ってあげた母親が病で亡くなった」は十分に共感できる特殊事情だと思われます。逆にそうした事情がなく、他の顧客が「自分も同じ対価を支払っているはずなのに・・」と不公平感を覚えてしまうようなイレギュラーな対応は控えるべきです。(一方でサービス開発の観点に立つと、ある顧客へのイレギュラー対応について、他の顧客が不公平感を覚えたり、同じ要望を出してきたりするのは、顧客から見て強いニーズがある証とも言えます。イレギュラー対応のままにせず、標準サービスへの組み込みを検討すべきでしょう。)

おもてなしのプロの方にしてみれば、「他の顧客の感じ方に配慮する」のは当たり前の視点かもしれません。が、「優秀な人材」などに頼らずに、自社なりの仕組みでおもてなしのすそ野を広げていこうとするならば、こうしたちょっとした知恵を言葉にして、広く従業員に伝えていく努力が必要なのだと思います。

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