僕たちはみなアジア人である 

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メディアには毎日、アジアの治安情勢に関する不穏な見出しが次から次へと登場している。今週末だけでも、“Abe Says Japan Ready to Counter China's Power(アジアで日本のリーダーシップが期待されている=安倍首相)”(ウォール・ストリート・ジャーナル紙)、“Japan scrambles jets amid China dispute(日中関係が悪化する中で日本の戦闘機が緊急発進)”(フィナンシャル・タイムズ紙)、“Tokyo’s incitement incurs dangerous cycle(日本政府の刺激が危険なサイクルを引き起こす)”(グローバル・タイムズ紙)といった例がある。

僕たちは、誰もが日々のドラマにはまり込むのではなく、頭を冷やして1歩後ろに下がる必要があると思う。僕自身がアジアの未来を思い描くときの出発点は、過去にかなり遡る。

その出発点とは、美術史家の岡倉天心が1904年に著した『東洋の理想』の冒頭の1文である。
「アジアは1つ」と、彼が述べたのは有名だ。

岡倉が生きた時代、アジアのほとんどは西洋列強の植民地と化していた。そのため、彼は2つの狙いの下でこの本を書いた。1つ目は、アジアが現時点で技術的には遅れを取っているものの、偉大な文明を有しているということを西洋に対して証明すること。2つ目は、その文明に誇りを持つようアジア人に促すことである。

アジアが独立し、経済的に繁栄している今、僕たちはアジアの団結という岡倉の理想に対するコミットメントを新たにする必要がある。

まずは、アジアの現在の繁栄が協力の結果であるということを認識しなければならない。戦後数十年間の「雁行型経済発展」――日本が発展を牽引し、韓国、香港、台湾、シンガポールがその直後に続き、さらに他のASEAN諸国が続く――は、付加価値の低い仕事が雁行構造の上から下へ流れていき、最終的には全ての国が豊かになるという互恵的な「繁栄の連鎖」を生んだ。

1978年に中国が経済を開放し始めたことで、アジア経済の拡大と相互依存化はさらに加速した。現在、アジアは世界全体のGDPの30%以上を占め、その割合は2050年までに50%を上回るものと見込まれている。

もちろん、アジア経済の発展は常に順風満帆だったわけではない。アジアは、1990年代初期の日本のバブル経済崩壊、1997年のアジア通貨危機、2008年の「リーマンショック」を乗り越えなければならなかった。

だが、そのような混乱があったにもかかわらず、アジアは繁栄と経済的な相互依存化の一途をたどってきた。AppleのiPhoneとiPadはまさにその象徴だ。日本(東芝、シャープ、村田製作所など)と韓国(サムスン電子、LGエレクトロニクス)の高付加価値部品を詰め込んだ製品であり、台湾企業(フォックスコン)によって中国で組み立てられているのだ。これほどまでにアジアが1つに統合されたものは存在しない。

自由貿易協定(FTA)は、さらなる経済統合に向けた勢いを維持するための助けとなる。最初に生まれたASEANは、その後ASEANプラス1、ASEANプラス3、ASEANプラス6へと拡大している(最後の協定によって、世界の人口の半数以上をカバーする世界最大の自由貿易地域が形成されることになる)。日本と中国と韓国は、独自の三者間自由貿易協定の設立についても議論を進めている。一方、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)はアジアの一部の国を、太平洋の向こう側に位置するカナダ、米国、メキシコ、ペルー、チリと結び付けることになる。

僕は起業家として、イニシアチブが入り乱れたこの状況を歓迎している。なぜか。それは、市場を開放するのは常に良いことだと信じているからだ。自由貿易地域が広がれば広がるほど、僕たちが生み出すものの質が向上するだろう。複数のFTA間での競争は、個々の行き詰まりを打開し、プロセス全体の進行を促進するための助けになるはずだ。

アジアの貿易関係が時とともに進化しているのは明らかである。経済統合の勢いは止まりそうにない。しかし残念ながら、外交分野の状況は全く異なっている。外交分野では、不穏な日中・日韓関係が未だに過去に縛られたままなのだ。

この点について、僕たちは個人として何ができるのだろうか。

僕は、1人ひとりが草の根レベルで理解を深めることが重要だと考えている。ここで肝心なのは、半ばタブー視されている扱いにくいテーマに触れることに尻込みしないことだ。例えば僕は、中国の友人との間で、物議を醸している尖閣諸島(現在の日中間の軋轢の主な原因)や日本の政治家による靖国参拝の問題を話題にする。同様に、韓国の友人に会ったときは、日韓の難しい歴史、とりわけ「従軍慰安婦」問題全体を話題として持ち出すことをためらわない。

こうしたデリケートな問題について議論すると、逆説的な結果が生じる。互いの視点を理解し尊重するようになるため、相手との距離が縮まるのだ。

海外留学を経験したアジア人ならば誰もが気付くのは、アジア人は自然にアジア人同士でまとまる傾向がある。アジア人同士でいると落ち着き、すぐに仲良くなるのである。

アジアの人々は今こそ、アジア人としての自覚を積極的に持つべきである。自分を1つの国だけに属する存在と見なすことは、進歩の大きな妨げとなる。愛国心が徐々に国粋主義へ、歴史がプロパガンダへと変化することで、衝突が生じ、協働は二の次になってしまうからだ。

僕は職業人と個人のレベルで、「1つのアジア」という岡倉のビジョンの実現を促進するために自分ができることをしている。例えば、21年前に僕が設立したビジネス・スクールのグロービスでは、中国や韓国から学生・教職員を迎えている。上海オフィスについては言うまでもない。最近ソウルで開催された世界知識フォーラムなどの公開フォーラムでは、ビジネス面、文化面、社会面での交流を通じてアジアが1つにまとまるべきだという自分の理念について積極的に説明している。

そして僕が今日、LinkedInのバーチャルフォーラムに寄稿していることもその一環だ。

地域の緊張によって、メディアには派手な見出しが躍っているかもしれない。だが、政治家たちが膠着状態から抜け出せずにいる間にも、アジアを1つにまとめ、アジアがばらばらになるのを防ぐために、僕たち1人ひとりは草の根レベルで最善を尽くすことができる。

だから僕はこう言うのだ。今や僕たちはみなアジア人である、と。

(Photo: © Coeuraur - Fotolia.com, TENSHIN MEMORIAL MUSEUM OF ART, IBARAKI)

この記事は、2013年10月28日にLinkedInに寄稿した英文を和訳したものです。

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