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戦略論は必要か? —武藤真祐氏【解説編】

投稿日:2014/03/26更新日:2021/11/29

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高齢化が進む中、ニーズが高まる在宅医療。東京と宮城県石巻で在宅医療を手掛ける医師・武藤真祐氏。インタビューで飛び出した意外な言葉を手掛かりに、新しい価値を作り出すリーダーと戦略論について考える。一見、相矛盾する要素を兼ね備え、圧倒的な価値を生み出す“バリュークリエイター”の実像と戦略思考に迫る連載解説編。

「戦略論なんて必要なんですかね?」
インタビューの最中、無邪気な笑顔を携えながらも、このような問いかけを投げかける武藤さんを前に、私は正直戸惑った。

医師でありながらも、ビジネススクールに通い、マッキンゼーにおいてはコンサルタントとして企業の戦略立案や問題解決を実践されてきた。その経歴を踏まえると、今回のインタビューでは今取り組んでいる「高齢化社会における医療モデル」という高い志について、何らかの戦略的な分析の説明を期待することもあながち外れたことではないだろう。しかし、期待はある意味裏切られた格好になった。もちろん、武藤さんは「戦略は不要だ」というような極端なことが言いたかった訳ではない。戦略論は必要だが、それよりも大事なことがある、ということを伝えたかったのだけだと思う。

しかし、それを理解しつつも、この問いかけはインタビューが終わった後の私の心の中に深く残っていた。実際に戦略論や戦略思考などを学んでも、全く日々の行動は変わらない人は少なからず存在する。むしろ戦略論なんて勉強するだけ却って動きが遅くなるのではないか、「小難しい理屈を考える前に動け」と言い切った方がためになるのではないか、という気持ちにすら稀になることもある。そういう教育現場にいるからこそ、この何気ない装いをした問いかけの意味は大きかった。

我々には戦略論や戦略思考は果たして必要なのか?我々はなぜそういったことを学ぶのか?今回は、戦略論を語る前に、原点に立ち返り、そのような武藤さんからの素朴な問いかけにじっくり向き合うこととしたい。

「免疫システム」が変化への動きを阻害する

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私は経営大学院で多くのビジネスパーソンと接する機会があるのだが、その数多くの方々とその人の志を語り合う中で、ひとつ感じていることがある。それは、いわゆる「青臭い世界」とは対局にある「現状」の引力の強さである。「ビジョン」「夢」「志」のようなものを描いたとしても、時間の経過とともに徐々に現状に引き戻されていく。描いたものが大きければ大きい程、現状の引力は強くなり、身動きが取れなくなる。それがどれだけ素晴らしいビジョンだとしても、だ。

なぜ身動きが取れなくなるのだろうか?
一言で言えば、人間は「複雑」だからである。

本人が納得して描いたビジョンだから間違いなく動き出せる、なんていうシンプルな人間はそんなに存在しない。試しに今まで年始に立てた「今年の誓い」が何勝何敗なのかを振り返ってみれば分かるだろう。

人間にはいくつもの目標が存在する。対外的に打ち出す華々しいビジョン、コミットメントなどがあるのと同時に、外には決して出さない内側の目標、約束事なども存在する。その様々な目標の間のバランスを保って、人間という存在は成り立っている。

「部下にどんどん権限委譲する」、「自分がいなくても回る組織を作る」という対外的な目標を掲げる一方で、「部下に対する自分自身の影響力を強く持っておきたい」、という逆方向にいきがちな秘めた思想も抱えている。それはたとえるならば、右足でアクセルを踏みながら、左足でブレーキを踏むような均衡状態である。

我々はそのような絶妙なバランスの中で生きているのだ。だから、片方に舵を切ろうと頭で思っても、その全体的なバランスを崩すことにまではなかなか踏み切れない。その掲げた大きなビジョンを達成したくないわけではない。しかし、その自分の中で折り合いをつけている調和を乱す、ということに対して体が無意識な拒否反応を示す。片方の目標ばかりを考える訳にはいかないのだ。まさにこの「バランス状態」こそが、人間が複雑であると述べた所以だ。

『なぜ人と組織は変われないのか』という書籍において、ハーバード大学教育学大学院のキーガンとレイヒーは、このバランス状態のことを「免疫システム」と表現した。この研究の面白いところは、素晴らしいビジョンを描いてもなかなか動き出さない状態のことを、決してネガティブには捉えていないことだ。この「免疫システム」の存在が、視野の狭い短絡的で極端な動き方を抑制し、バランスの取れた絶妙な均衡状態を維持してくれている、というポジティブな見方をしているところにある。ビジョンを掲げても動かない、ということは、決して「やる気が無い」とか、「本気ではない」ということではなく、「免疫システムが作動している」と見ることができるのだ。当然、これを裏返せば、免疫システムが効果的に機能している人ほど、自らの変化を起こしにくくなる、ということにもつながる。

「頭」と「心」のかけ算で免疫システムから脱却する

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しかし、当たり前だが、全員がその免疫システムから脱却できないわけではない。たとえば、武藤さんに代表されるストーリーにおいては、このような通常陥りがちなパラドックスの存在を感じない。この背景はどうなっているのだろうか?

そこで、この「免疫システムの解除」ということを考えるにあたり、「期待理論」というセオリーを紐解いてみたい。「期待理論」というのは、組織行動の世界では著名なセオリーである。平たく言えば、「人はどういう状態になればモチベーション高く動き出すのか」ということを説明したものである。

実際にはやや難解であるが、非常にシンプルに示すと、人が動き出すための数式は、以下3つの項目のかけ算によって示すことができる、としている。

・頑張れば成果を出すことができる、と思えること
×
・成果につながれば、何らかの報酬につながる、と思えること
×
・その報酬が魅力的である、と思えること

このいずれかが低い(ゼロに近い)状態にある場合は、人はモチベーション高く動き出すことはできない。さらに、もっとシンプルにするために、この後ろの2項目を集約してみると、

「成果を出すための確率」×「その成果によって得られる魅力の大きさ」

という形で表現することができる。

自分が魅力的に感じるビジョンに対して、その道行きの可能性を高く感じている場合に限って、人は動き出すことができる、ということだ。

もちろん、人はそんなに計算高く動いているわけではない、という反論もあろう。ただ、人が動き出すためには、頭と心が一致しないとダメであり、「頭」(=確率)だけで理解していても「心」(=魅力的に感じる気持ち)が賛同しなければ体は動かない、とよく言われるのは、この理論を裏付けていることだと私は理解している。まさにこの「期待理論」というものは、「頭」と「心」のかけ算を表しているとも言えるだろう。

実は、野田智義先生と金井先生が書かれた『リーダーシップの旅』という名著においては、このような一節がある。

「頭」と「心」を一致させること、旅に出ることが大事だと考え、頭の中でできると信じ、心の中でもどうしてもやりたいと感じること。そういう「吹っ切れ」がなければ、リーダーシップの旅は始められない。

先に述べた「免疫システム」の囚われ状態から脱却するためには、ここでいうところの「頭」と「心」の値が最大限になって「吹っ切れる」という状態になる必要があるのだろう。

自分自身の「頭」を納得させるための戦略論

では、この視点から武藤さんの行動を解き明かしていくと、何が見えてくるだろうか?

今回のインタビューで間違いなく感じるものは、「心」の話である。期待理論でいうところの、「成果によって得られる魅力を非常に高く感じている」ということである。まずここに武藤さんの原点がある。

武藤さんが至るところ語っている通り、日本は今後のあるべき将来像を真剣に考えなくてはならないタイミングにきている。彼が描く将来像とは、高齢者が地域において豊かな人間関係を築き、最期まで尊厳ある人生を全うすることができる世の中。そして、一人一人と社会がつながり、お互いを支え合う地域コミュニティができている世の中。この「最大限の理想像」の実現こそが武藤さんにとっての成果そのものであり、この成果に対して武藤さんは人生を賭ける意味を見出しているのだ。まさに多くの現場での人との接点を通じて、彼の「心」が極めて高い状態で共感をしている状態と言えるだろう。

しかし、もう一方の「頭」はどうだろうか?

一般的に、この成し遂げるべき「成果」を高く掲げれば掲げる程、「頭」が追いついていかなくなる。そこに至るまでの道筋が描けないからだ。

しかし、武藤さんの場合においては、彼が持つ戦略思考の力の高さがそれを支えている。インタビューを丁寧に紐解くと、この高齢者医療モデルについて、極めて高い戦略性のある言葉がその端々で語られていた。「我々は、〜という土俵以外では戦わない」、「このモデルの肝は〜であり、そこを押さえていることが何よりも重要だ。そこからはぶらさない」、「そのために必要なオペレーションは〜である。そのためにこういったスタッフが必要であり、そのためには〜という人しか採用しない・・・」

インタビューにおいてはあまりそこが中心的な話題にはならなかったが、質問を通じて出てくる断片的な答えの根底にある「思考の一貫性」こそが、まさに戦略の王道そのものだと感じながら議論をしていた。

戦略論というものは、何もマイケル・ポーターが何と言っていたとか、3Cや5Fというフレームワークを理解して振り回す、ということが本質ではない。入口はそれでもいいかもしれないが、戦略論を極めた行き着く先というのはそんな横文字だらけの小難しい話ではなく、もっと平易で柔軟なものだ。

自分たちが置かれた状況を見つめて、今考えるべき最も大事な問いを見極めること。その問いを一貫して自分自身に問いかけ、それに対して選択肢を洗い出し、適切な判断軸の下に答えをイメージしていくこと。そしてそれが現場で確実に動けるように、信じられる仲間と役割分担をしていくこと。これこそが現場の戦略論というべきものだろう。

彼自身は、それを戦略論とは呼ばないかも知れないし、私自身も表現の仕方は何でもいいと思う。しかし、冒頭の問い、すなわち「戦略論は本当に必要なのか?」という問いに答えるならば、戦略論や戦略思考というのは、自分の「心」で共感したビジョンに対して、『自分自身の「頭」を納得させるために』間違いなく必要なものなのである、と言えるのかもしれない。ビジョンまでの筋道が全くもってイメージできないものに対して、人は力強く動き出すことはできない。「心」が既に起動している人が、「吹っ切れる」ための一つの材料として、戦略論や戦略思考というのは意味を持つのだ。

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最後に自分自身を考えてみよう。我々の「頭」と「心」のバランスはどうだろうか?「心」無きままに、「頭」ばかりを鍛えていないだろうか?もしくは、「心」のありようだけを追い求めて、「頭」はおろそかになっていないだろうか?

もしまだ自分自身が「免疫システム」にとらわれて、吹っ切れていない状態だとすれば、いずれかに問題があるのかもしれない。

この武藤さんのストーリーを読んだ一人ひとりが、「頭」と「心」を陶冶し、それぞれが描く「最大限の理想像」に向けてモチベーション高く動き始めることを期待したい。

■参考書籍:
・『なぜ人と組織は変われないのか』(ロバート・キーガン著、英治出版刊)
・『リーダーシップの旅』(野田智義、金井壽宏著、光文社刊)
・『働くみんなのモティベーション論』(金井壽宏著、NTT出版刊)

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