ボストンで買った机といす ~すべての原点 20年歩み重ね(こころの玉手箱【4】) 

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「2011年春に日経新聞で取材を受けた「こころの玉手箱」シリーズについて、このたびブログ掲載の許諾を得たので、まとめてアップすることにしました。」

1990年、米ハーバード大ビジネス・スクール(HBS)の2年生になったとき、寮を移った。新しい部屋には備え付けの家具がなく、中古品を求める友人が多かった。あまりモノには固執しない性格だが、この時は新品にこだわった。

一枚板の大きくて頑丈な机と、社長が座るような革製のいすにしようと決めていた。HBSのあるボストンは米国では歴史のある街だけに優れた家具店が多い。大学近くの店で、落着いた色合い、シンプルな形も含め、思い描いていた通りのものを探し当てた。サイドテーブル付きで、約10万。奮発した。

HBSには数多くの企業家、投資家が講演にやってくる。彼らのスピーチから学んだことは「自分にも、青天井の可能性がある」と信じることの大切さだった。

修了後、日本に帰国する際には机を分解して、持ち帰った。1年ほどして住友商事を辞め、30歳になった92年に「アフター・ファイブのビジネススクール」を起業した。

それから約20年。すべてが、この机から生まれた。りっぱな机は創業期メンバー5人のベンチャー企業には似つかわしくない備品だった。会議室などなく、この机の周りに集まり、資金繰りに焦り、夢を語り合った。

その後、グロービス・グループは当初計画通り、投資分野などにも事業を広げた。これまでに70社に起業資金を出し、ワークスアプリケーションズ、グリーなどが上場した。ライフネット生命保険など4、5社が後に続いてくれるだろう。

東京・麹町にある新築ビルの今のオフィスでも、この机のお世話になっている。仕切りのない大部屋の角に置いてあり、約300人に膨れ上がった社員がいつでも机の向こう側から話しかけてくる。

サイドテーブルはボロボロになったが、いすの革はまだ張り替えなくてもいけそうだ。ペンを走らせ、キーボードをたたく机の上板の木目は年を経るごとに渋みと温かみを増す。一生、使うことになるだろう。

このコラムのため、机のことを考える機会があった。父が愛用していた机にどことなく雰囲気が似ていることにふと気がついた。

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