おもてなしと標準化の相性は悪くない!? 

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定型化、標準化された接客は一見「おもてなし」と縁遠く思えます。実は標準化こそが、本当に質の高いおもてなしにつながります。

今回は、おもてなしとは相性が悪いと思われがちな「標準化」について書いてみたいと思います。こぢんまりした家族的な経営から、大勢のお客様をもてなす本格的な企業経営へと一段上がるには、「標準化」を飲み込んでいかないと難しいですよ、という話です。

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まずは、筆者の普段の仕事の風景から始めましょう。

読者の皆さんも新しい顧客企業とお付き合いが始まった際、その企業のことを理解しようと色々工夫されると思います。筆者の場合、クライアント企業に初めて出向いた際には、その企業のカルチャーや長所・短所を見極めるために、出会った従業員に決まって投げかける質問が幾つかあります。そのうちの1つが、「最近手応えを感じた仕事は何か?」です。この問いに対する答えは人によって様々で、「社内のプロジェクトに貢献できた」だったり、「自分の提案でお客様が喜んでくれた」だったりです。

けれども、続く私からの「その仕事に手応えを覚えたのは何故ですか?」という質問への答えは、おもてなしを標榜する企業では驚くほどに共通しています。「自分ならではのアイデアだった」や「自分ならではの対応ができた」といった具合に、大抵の従業員が「自分ならでは」という点を強調してきます。(ちなみにメーカーや金融業で同じ質問を投げかけると、「画期的な技術を製品に盛り込めた」とか、「事業部の業績向上に貢献できた」といった答えが多くなり、「自分ならでは」の話は相対的に少ないように見受けます。)

おもてなしを標榜する企業で「自分ならでは」を強調する姿勢は、従業員のみならず現場を管理する側にも根強いようです。先の従業員の上司にあたる管理職の皆さんに「部下をどうやって育成するか?動機づけるか?」といった話題を振ると、かなりの確率で「その人らしい仕事をさせる」という答えが返ってきます。「自分は経営学にも心理学にも疎い」と謙遜される管理職の方が、なぜか「マズローの欲求段階説」を良くご存知だったりして、「最近の従業員の多くは安全欲求や所属欲求といった基本的な欲求は満たされているから、より高次の欲求である自己実現の機会を与えないといけない」なんて自説を披露されたりするわけです。

「おもてなし」を飯の種にするのを邪魔する「自分らしい仕事」

つまり従業員は「自分らしい仕事をしたい」と主張し、管理する側もそれを容認するばかりでなく、一生懸命に背中を押そうとしている。けれども十分注意しておかないと、この「自分ならでは仕事」が、おもてなしを飯の種にするのを妨げる要因になると筆者は考えています。

本コラムの第1回で、おもてなしの特徴の1つとして「提供する内容が事前に100%は確定しておらず、その場その時の状況に応じて提供側が設計し、実行に移す」点を挙げました。
おもてなしが求める、こうした変動性に対処するために、多くの企業では現場の自律的な判断に委ねる措置がとられています。現場の従業員としても「自分ならでは」の仕事がしやすくなりますし、頑張ろうとする従業員の姿を見て管理職の側も安心します。ただ「現場の自律的判断」と言えば聞こえはいいですけれど、無防備に委ねてしまえば色々と問題が起こります。問題の1つが「おもてなしの品質のバラツキ」です。

品質の上ブレに注意せよ!?

製造業の現場ですと、当たり前のように「バラツキを極力抑える」よう取り組まれています。ところがサービス現場の「品質のバラツキ」に対する問題意識は相対的に低いように思います。「否、ウチは品質管理を重視しているよ」と反論されるサービス企業の経営者は少なくないのですが、そんな企業では確かに品質の下ブレには注意を払っていますが、上ブレ防止まで手を打っているケースは稀です。

品質の下ブレが顧客不満足を引き起こすのは誰の目にも明らかですが、実は上ブレ、すなわち他の従業員や店舗が再現できないような卓越したおもてなし行為も、経営的には注意しなくてはいけません。一部のおもてなしだけが突出していると、そのおもてなしを受けた顧客の期待が過剰に膨らむため、次に「普通」のもてなしをされた時には「前回はあんなに素晴らしかったのに、今回は・・・」とがっかりしてしまいます。あるいは顧客本人の「あの店はこんなことまでしてくれるよ」という感想を聞いた周囲の人が、期待を膨らませて自分でも利用してみたのに、おもてなしを受けた結果、「聞いていた程でもない」とか「自分はぞんざいに扱われている」と感じてしまうかもしれません。つまり、おもてなし品質の上ブレは、その局面だけ見れば高い顧客満足を生みますが、別の所で不満足を引き起こして顧客を失っていく危険があります。

特に、上ブレが特定の従業員の個人技による場合、その従業員と顧客との関係が固定化しがちなのが悩ましい点です。顧客が「また〇〇さん(従業員)のおもてなしを受けたい」と思ってくれるのは有り難いのですが、そうした贔屓客が一部の従業員に集中してしまうと、その従業員が不在の時は店がガラガラ。しかもその従業員が独立して、顧客をごっそり持っていかれたりしたら、企業としては大打撃です。

また優れたおもてなしの提供方法が、周囲が真似できない職人技の域に入ってしまうと、従業員の学習が進まず、新人がおもてなしの前線に立てるまでに相当時間を要してしまいます。店の看板となるような人材がなかなか増えないため、営業拠点を増やすのも難しくなります。このように品質上ブレの放置、あるいは個人技量への依存は、様々な面でおもてなしビジネスの規模拡大を阻害します。

誤解なきように断っておくと、おもてなしの内容を全て同一にせよ、と言うつもりはありません。そもそも「その場その時によってふさわしい対応をする」のがおもてなしの要件ですから。でも、もし同じ状況に置かれたならば、他の従業員や店でも同じようなおもてなしを真似できるだけの再現性は担保すべきである、ということは声を大にして言っておきたい。そうやって従業員や店同士が互いに手本となりながら切磋琢磨を続けて、顧客に提供するおもてなしが高い水準で一定の範囲に収まっているのが望ましい姿でしょう。

「自分ならでは」のパフォーマンスが組織に迷惑をかけている

しかし実態としては、例えば顧客から圧倒的な人気を誇るような看板従業員がいる店舗の場合、その従業員の好き勝手にさせているケースをよく見かけます。周囲には真似できない(あるいはどうやっているかさえ周囲には見えない)独自のやり方で大口の贔屓客をつかみ、営業成績を伸ばしていく。看板従業員のハイパフォーマンスは将来的に事業を拡げる際の足枷にはなるものの、短期的には彼/彼女の貢献に頼ってしまった方が、楽に数字が積み上がるからです。そして看板従業員自身も「自分が店/会社の業績を支えている」、「自分が先頭を走ることで、自ずと周囲のレベルも上がる」と意気込んでおり、「自分ならでは」の出過ぎたパフォーマンスが組織に迷惑をかけていることを、本人は(そして周囲も)気づいていません。

古くから続く贔屓客相手の商売や、一日数組限定の小規模経営なら、カリスマ従業員のような達人任せで全く問題ないでしょう。あるいは多少顧客数が増えても数か所の営業拠点であれば、経営者の目が行き届き、数名の優れた従業員の「自分ならでは」スタイルに任せておいても何とか回るようです。でも事業を多店舗/多拠点化し、何万、何十万人と顧客を増やしていこうとするなら、従業員によって品質にバラつきが出る状態を脱しなければなりません。相応の規模の企業が「おもてなしで飯を食える」ようにするには、どこかで従業員の「自分ならでは」の個人技依存と決別して、再現性を担保する仕組みが欠かせないのです。

実例を1つ挙げましょう。筆者がよく足を運ぶ外食店の1つに、台湾発祥の鼎泰豊(ディンタイフォン)があります。小龍包が看板メニューで、NYタイムズ紙の「世界の10大レストラン」にも選ばれましたが、かつては台北まで行かないと味わえない貴重な店でした。転機となったのは96年の日本進出時。それまで全て料理人の勘に頼っていたのを、2代目オーナーとなった楊紀華が「皮5グラム、あん16グラム、ひだ18本」といった規格を決め、従業員の反対を押し切って導入したそうです*1。この標準化が原動力となって、どこの店に行っても美味しい小龍包と質の高い接客を提供できる素地が整い、鼎泰豊はいまや世界11カ国96店舗に広がっています。

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ディンタイフォン(鼎泰豐)HPより

おもてなしと標準化の相性は悪くない

従業員が行う業務に関して、望ましい規格を定め、その規格に沿って従業員全員が業務を遂行するよう徹底することを、「標準化」と呼びます。(ちなみに標準化というと、人によっては公共標準、すなわちJISのような国家規格やISOのような国際規格を思い浮かべる方もいるようですが、本コラムで扱っている標準化は企業もしくは取引先も含めたグループ内で適用する社内標準だと解して下さい。)標準化する対象は色々とあって、鼎泰豊のように提供内容そのものの場合もあれば、その提供プロセス、提供に使うための材料やツールなども標準化の対象になり得ます。

こうした標準化の手法を、従来「自分ならでは」の個人技に依存していたおもてなしの現場に持ち込めば、再現可能性がグンと高まり、おもてなしの品質も一定水準に収斂しやすくなります。同じ条件ならば誰がやっても似たようなパフォーマンスを出せるので、新人の立ち上がりも早くなり、店舗を増やそうとした時にもスムーズに従業員育成ができるようになります。

こうした標準化のメリットについては直感的にもわかりやすいですし、経営者にとっては「今さら言われなくても」と受け止める方が多いようです。にもかかわらず、本格的に標準化に舵を切るのを躊躇し、限られた従業員の個人技に頼ったままで事業が広がらない企業がなぜ多いのか。そうした企業の経営者と意見交換してみると、標準化に対して幾つかの典型的な拒絶反応が出てきます。

ありがちな拒絶反応の1つは、「標準化を進めたら、個々のお客様のことを想って対応する『おもてなし』ではなくなってしまう」というものです。こんな風に心配される方は、標準化と創意工夫とが、どちらか二者択一だと決め込んでしまっています。つまり、標準化を現場に導入するなら、1から10まで全てをマニュアル通りにして、非定型な部分は排除しなくてはならない、逆に言うと、従業員の創意工夫が溢れるおもてなしの現場には標準化は一切なじまないという見方です。

定型部分を標準化するから非定型部分に注意を払う余裕が生まれる

でも事実は違います。筆者はよく、「マニュアルを越えたところに、本当のおもてなしが宿る」と説明しますが、標準化がベースにあると、本当に「自分ならでは」を打ちださなくてはならない部分で従業員が創意工夫に取り組めます。もし定型的な業務まで標準化がなされていなかったら、どうなるでしょう?マニュアルがあればすぐに解決するような業務まで、従業員がいちいち自己判断しなくてはならず、時間や手間がかかる上に、個人のスキルや能力によるブレも大きくなります。定型部分のオペレーションが標準化されていればこそ、従業員が非定型部分に注意を払う余裕が生れるのです。

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例えば、おもてなしのプロともいえる航空会社の客室乗務員ですが、恐らく誰一人として「自分流のやり方で仕事をしよう」などと思っていないでしょう。なぜなら航空会社のマニュアルの完成度は高く、客室乗務員の業務の9割5分以上はマニュアルに沿って対処できると言っても過言ではありません。最近はJALでもANAでもマニュアルをインストールしたタブレット端末を全員に支給しているようですが、少し前までは客室乗務員はどこに行くにも安全やサービスに関する分厚いマニュアルを数冊携行し、上級者になるほど暇さえあればマニュアルを読み込んでいたものです。標準手順が頭に入っているからこそ、よく起きる事態やほとんどの搭乗客の要望に対して、迷うことなく適切な対応ができます。そして、いざ搭乗客から特殊なリクエストを受けたりした時に、「これはイレギュラーだ」と瞬時に判断し、頭と心をフル回転させて対処方法を考え、おもてなしの提供へとつなげられるのです。

もちろん、イレギュラーの部分で質の高いおもてなしができるためには、客室乗務員自身が、お客様の要望の背景を想像するセンスだったり、企業として大事にしているフィロソフィーだったりを体得しておく必要があります。でも繰り返し述べている通り、こうした高い次元でチャレンジをする前に、定型的な仕事は涼しい顔でこなせるだけの余裕が必要であり、その余裕を生み出してくれるのが業務標準化だと言えます。

もう1つありがちなのが、「標準化に頼ると、サービスの進化が止まってしまうのではないか」という拒絶反応です。これも筆者から見れば大きな誤解で、「規格化」と「標準化」は別物です。「規格化」には一度型を決めたら、それに従わざるを得ないニュアンスがあります。一方の「標準化」の本質は、型にはめることではなく、再現性を担保する点にあります。あくまで再現可能性が大事なのであって、既存の型を逸脱していてもそれが従来の標準よりも優れており、かつ他の従業員や店でも再現可能なのであれば、新たな標準として取り込んでいけばよいだけです。

標準化がもたらすメリットの1つに、社内コミュニケーションの共通言語ができる点があります。いわゆるPDCAのサイクルを回そうとする際、お互いの業務の進め方が違っていたら、どこに問題の原因があって、どこに修正を加えたらいいかの議論が噛み合うはずがありません。振り返るべき共通の型があるからこそ、実践を通じておもてなしをより質の高いものに改善できるという訳です。

問題は「標準化」そのものではなく「その運用」

先に紹介した鼎泰豊でも、実際にサービスの進化は続いているようです。「牛肉麺にネギを入れないで」や「チャーハンに胡椒を入れないで」といった客からの要望は、従来、特別な対応が必要なオーダーとして扱われていましたが、現在では注文時に簡単な入力をするだけで厨房が動ける仕組みになっているようです*2。そして鼎泰豊はどんなに店が混んでいる時も、筆者が経験した限りでは、顧客の食事のスピードを見ながら料理を出してくれたり、足りないものはないかと気遣ってくれたりと、質の高い接客を怠りません。PDCAサイクルを回しながら標準部分を一段と充実させてきたおかげで、一人一人との顧客との接点で、従業員が余裕を持っておもてなしに取り組めている印象を受けます。

このように標準化のメリットをお話してみても、やっぱり「自分が知っている〇〇と言う店は事業を拡げようとして、特徴のないチェーンになってしまった」という反論を時折受けます。確かに業務標準化に取り組んだ結果、残念なことにおもてなしの魅力が失われてしまった外食店やホテルがあるのは事実です。しかしここまでコラムを読んで下さった方なら、それは標準化自体に問題があるのではなく、その後の運用に問題があったと気づくはず。標準化は(直感的理解とは相容れないかもしれませんが)個人の創意工夫だったり、おもてなし方法の進化だったりを促進してくれる仕組みなのですから。

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さて、先般旅行をした際に訪れた世界的にも有名なホテルで、自分の客室の担当をしてくれたスタッフに、冒頭でも紹介した「最近手応えを感じた仕事は何か?」の問いかけをしてみました。やはり嬉々としながら、自分のサービスで滞在客が喜んでくれたエピソードが出てきたので、さらに「もし他のスタッフだったら、どう対応したと思います?」と尋ねてみました。彼の答えは迷うことなく、「多少の違いはあるかもしれませんけれど、ウチで経験を積んだスタッフなら同じような判断をするはずです」と。ベース部分のサービスを揃えた上で、スタッフは本当にイレギュラーな部分でおもてなしの精神を発揮する。このホテルが世界中のツーリストを魅了している理由がよくわかった瞬間でした。

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*1 日本経済新聞2014年1月24日朝刊 アジアNext 「標準化徹底で『芸術品』提供」
*2 Y’s consulting「台湾流経営策略 第95回 鼎泰豊董事長 楊紀華氏」

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