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土着化 −マラリア・ノーモア・ジャパン 水野達男氏【解説編】

投稿日:2013/10/11更新日:2021/10/19

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アフリカ・タンザニアで防虫蚊帳のビジネスを立ち上げ、マラリア予防や現地経済の活性化に貢献した水野達男氏。前後編を踏まえ、その戦略的特性につき、グロービス経営大学院教員の荒木博行が先端学説なども引きながら解説する。——孤高さすら感じさせるユニークネスと、多くの者の共感を呼び揺り動かすビジョン。一見、相矛盾する要素を兼ね備え、圧倒的な価値を生み出す“バリュークリエイター”の実像と戦略思考に迫る新連載、解説編。

さて、前編後編と続いた水野達男氏のストーリーだったが、皆さんはここまでの水野氏の半生を聞き、どのように感じられただろうか?様々な人生訓が詰まったストーリーだったと思うが、ここでは連載タイトルでもある「バリュークリエイターたちの戦略論」、つまり、新たな価値を創造するためのリーダーとして、どのような戦略思考や行動が必要なのか、という観点から振り返ってみたい。

そもそもアフリカにおける住友化学の防虫蚊帳「オリセット(R)ネット」事業が黒字化する転換点となったのは規模の経済や経験曲線が効く分岐点まで採算性を度外視しても、「とにかくモノを届けるんだ」という発想だったというポイントについては前編に触れたとおりだ。それに加え、アフリカでのビジネスという特異性を踏まえ、今回のストーリーから深堀したいキーワードは、「土着化」である。

「土着化」なきBOPビジネスの危険性

アフリカやアジア諸国にあるBOP(BaseOfPyramid:社会の貧困層)ビジネスにおいて、大事なキーワードの一つに「土着化」(=becomingindigenous)というものがある。この言葉は、スチュワート・ハートによる『未来をつくる資本主義——世界の難問をビジネスは解決できるか』(原題:"CapitalismattheCrossroads")において2005年に提唱された概念であるが、現場の末端の生活者とコミュニケーションを重ね、その土地固有のコミュニティや環境、資源、ライフスタイルといった文脈を理解・共感することにより、その土地々々の生活者としての視点を得ることを含意している。

このキーワードは、BOPビジネスが過熱した際、現地の生活に対する理解が不十分のまま、大手企業のマインドセットに基づき価格だけに注力した商品を数多く輸出した先進国企業への反証でもあった。同書では、以下のような文章を通じて、既存のBOPの概念に対する危険性を警告している。

「残念ながら、BOPに最初に進出した企業のほとんどは、現地の人々にとって本質的に「よそ者」だった。欧米企業や大手の多国籍企業の大部分は、既存のビジネスモデルを短絡的に適用した。既存の製品を小分け包装にしたり、販売チャネルを広げたりしただけだ。こうした企業のBOP戦略の「第一世代」は、われわれから見ればまったくの的外れだ。そこに暮らす人々の本当のニーズや願望を理解しないまま、距離を置いたところから手早く市場を開拓しようとする戦略だからだ」

そして著者のスチュワート・ハートは、既存のBOPビジネスとの違いを浮き彫りした新しい概念として、「土着化」を前提にした、自らが提唱するコンセプトを「BOP2.0」と定義した。

お気づきの通り、オリセット(R)ネット事業における水野氏の提供価値の源泉となったポイントが、まさにこの「土着化」である。オリセット(R)ネットの事業は、単に現地に蚊帳を輸出し、生活完全に寄与するだけではない。タンザニアの現地のスタッフを採用し、育成し、そして彼ら自身の生産活動により、その生活を支えるものでもある。こういった現地に深く根ざした企業行動の下にオリセットネットのビジネスは成立しているのだ。

土着化を実現するための「帯域幅」

しかし、ここでいう「土着化」というのは、必ずしも現地に拠点を出すこととイコールではない。

「土着化」を実現するために最も大切なことは、企業や人間としての「帯域幅」、つまり情報を内部に取り込むためのアンテナを広げ、高める、ということにある。

オリセット(R)ネットを使用するユーザーは、アフリカ現地にいる真の貧困層である。彼らの声は、通常の企業活動をしている限りにおいては決して入ってくることはない。もちろん、情報を獲得する手段があふれる現在、アフリカについての様々な情報が飛び交っていることは事実だ。しかし、それらの情報は、生活の実情を想像できない人間にとっては「帯域外」の情報であり、とても理解・解釈しうるものではない。企業や人間としての「帯域幅」を広げない限りにおいては、価値の提供側と受取側の間には目に見えない断絶があり、いくら情報の交換があったとしても、それらはお互いにとって無意味な記号でしかないのだ。

水野氏は、本編中にあった米州での農家泊まり込みの依頼のエピソードからも分かる通り、ビジネスを遂行する上で必要な「帯域幅」という概念の重要性を本能的に理解していた。新たな価値を創出するためには、「帯域幅」を広げて、生きた情報を手に入れなくてはならない。

だからこそ、水野氏は、アフリカに通い続け、貧困で苦しむ人々を雇用し、社員や現地の消費者と直接交流をし続けた。数多くの現地の写真を見れば想像がつくと思うが、水野氏の最大の武器である人懐っこい性格は、言語や人種、文化の壁を乗り越えて、多くの生きた情報を水野氏にもたらした。

水野氏のこの特質は、生産拠点の運営や現地販売網の拡充において奏功したが、そもそもオリセット(R)ネットの開発自体にも、「既存の蚊帳は洗うたびに防虫剤を塗り直さなければならない。それは生活者にとって現実的なことか」「網目が細かすぎるため熱がこもりる。これでは熱くて眠れない」など、現地の生活に寄りそった視点が多く取り入れられていると聞く。

「土着化」するからこそ乗り越えなくてはならない試練

しかし、情報を理解すればするほど、新たな困難に直面することは想像に難くない。

生活レベルも文化も完全に異なる最貧困層の状況を理解すればするほど、その一方で存在する先進国大企業としてのビジネスとの乖離が大きくなり、どう折り合いをつけるのか、ということの解は導き出すのが難しくなるからだ。

多くの現場において、このような「土着化」ということを概念的に理解していても、そこまで敢えて踏み込まないのは、この「現地適応」と「全社都合」という落としどころの見えない戦いを無意識のうちに回避するためだ。だから、「土着化」「帯域幅」のような抽象度の高いことを避け、目に見えやすい効率的な判断を尊重するようになる。

今回の件も、効率性だけを考えれば、中国など既に生産技術も拠点もある場所だけで製造し輸出する方が、布すら折りたたんだことがないタンザニアの現地スタッフよりも簡単だということは間違いないはずだ。

しかし、水野氏らは敢えて落としどころの見えない難しい道のりを選択した。本編ストーリーにあったような大きな試練に水野氏がぶつかったのは、当然の帰結とも言えよう。しかし、それを乗り越えた今、「帯域幅」や「土着化」というかけがえのない能力を組織にもたらすことに成功したのである。これは、今後の現地における戦略を考えた際、とても力強い武器になることは間違いない。

事実として、いま住友化学は、タンザニアの現地に生産拠点のみならず現地独自の研究開発拠点や販売組織を兼ね備えていると聞く。もはや完全に現地に土着化した組織として、「ポスト・オリセット(R)ビジネス」、すなわち、蚊帳以外の新たなビジネスの可能性を模索しているのだ。これは言うまでもなく、現地で「帯域幅」を広げ、「土着化」してきたからこそ可能になったものと言える。水野氏が言うとおり、住友化学にとってのBOPビジネスというのは、まさにこれからがスタートになるのだろう。

我々の「土着化」はどこまで進んでいるだろうか?

ややもすれば、効率性に追い立てられ、目に見える成果のみを追い求める今日。しかし、この事例は我々に、「帯域幅」の広さや顧客に対する密着度(土着化)という「目に見えにくい指標」にも思いを向ける必要性に気付かせてくれるだろう。

我々は、過度に本社や社内事情の調整ばかりに気を取られていないだろうか?
我々のビジネスは、顧客の真の姿を理解するための「帯域幅」を持ち合わせているだろうか?
「土着化」と言えるほど、末端の顧客に同化し、密接な関係性を描けているだろうか?

これらのことは、決して「アフリカだから」とか、「BOPビジネスだから」ということではない。むしろ、どのようなビジネスにおいても汎用的に押さえなくてはならない問いかけだろう。

我々がこれから世の中に新たな付加価値を提供していく「バリュークリエイター」を志していくのであれば、まずはこれらの問いかけを自らに投げかけ、そしてその答えを自分なりに出していくことではないだろうか。是非、このストーリーから問われていることを自分自身に反芻してみてほしい。

参考書籍:
『未来をつくる資本主義——世界の難問をビジネスは解決できるか』(スチュワート.L.ハート著、英治出版刊)
『ネクスト・マーケット——「貧困層」を「顧客」に変える次世代ビジネス戦略』:C.K.プラハラード著、英治出版刊)

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