アフリカに蚊帳を届ける −マラリア・ノーモア・ジャパン 水野達男氏【後編】 

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水野 達男/ミズノ タツオ

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住友化学株式会社 ベクターコントロール事業部長

1955年2月 兵庫県西宮市生まれ。1979年 北海道大学農学部卒業後、レインボー薬品株式会社 常務取締役 開発部長を経て、2007年に住友化学株式会社生活環境事業部 ベクターコントロール部長に就任。2008年10月より現職。マラリア他感染症対策用の製品の研究・開発、製造、ならびに販売を統括するベクターコントロール(媒介害虫制御)事業全体を運営する。

アフリカ・タンザニアで防虫蚊帳のビジネスを立ち上げ、マラリア予防や現地経済の活性化に貢献した水野達男氏。「アメリカの農家に1週間泊まりたい」「ゴキブリコンテストをやろう」など、破天荒なプランで確実に成果を作ってきた若い頃から芯に置いていたのは「他人の価値観ではなく、自分が面白いと思えること」を大切にする信念だった——。孤高さすら感じさせるユニークネスと、多くの者の共感を呼び揺り動かすビジョン。一見、相矛盾する要素を兼ね備え、圧倒的な価値を生み出す“バリュークリエイター”の実像と戦略思考に迫る新連載、第1回・後編。(企画構成:荒木博行、文:治部れんげ)

「はじめに言葉ではなくビジネスありき。それが本当のグローバル人」

住友化学の事業部長として、アフリカ・タンザニアで防虫蚊帳を製造・販売、マラリア予防や現地経済の活性化に貢献した水野達男。困難なアフリカでのビジネスを成功に導き、年間3000万張の蚊帳を現地生産し、7000人の雇用を生み出した。

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アフリカの蚊の研究所「MOSQUITO HOTEL」(左)、Arusha工場を訪れたブッシュ元大統領と(右)

日本企業の技術的な強みを最大限に生かした製品で海外市場に打って出た上、事業を現地化した。まさに今、引く手あまた「グローバル人材」を地で行く水野の人物像とキャリア形成の軌跡を見ていこう。

前編でも触れたように、住友化学に入社するまで、水野は外資系企業のビジネスマンだった。1979年に北海道大学農学部を卒業した後、20年余、米系化学メーカーでキャリアを積んできたのだ。

住友化学に入社間もない米州担当の頃、水野は風変わりな出張届を出したことがある。出張目的は「アメリカの農家に1週間泊まりたい」というもので、現地では特に商談も会議も予定していなかった。水野がかつて属していた会社が、米国大豆市場で当時急成長しており、米国の農家は他社製品からこの会社の製品に、次々に乗り換えていた。

水野はアメリカで農業を営む人々に「なぜ、利用する製品を変えたのか」尋ねてみたかったのだ。「彼らが行動を変える際、何がベネフィットで、何がトリガーになったのか興味があった」ためだ。実際、アメリカ中西部の穀倉地帯、インディアナ州の農家に泊まり込んだ水野は、彼らと膝つき合わせて話をすることで、購買の意思決定にあたり、何が重要な要素になるのか感覚的に理解することができた。

こうした行動から、語学にも自信があったのだろうと尋ねると、肩すかしを食らう。「僕はもともと英語がそんなに上手くない。タンザニアの公用語であるスワヒリ語も話せないしフランス語も話せないけれど、フランス語圏にも行きます」と言う。「そこで仕事さえすればいいんじゃないか、と思います。現地の人とコミュニケーションして、自分が何者でこういうことをやりたいから力を貸してくれと言って、お互いがんばってミッションを達成していく。それが本当のグローバル人だと思います」。はじめに言葉ではなくビジネスありき、なのだ。

ビジネスといえば、水野の事業性への執着は並はずれている。30代の頃、米系企業で役員を務めた際は、売上・利益ともに急増させた。もともと、水野が所属していた企業は売上高20億円、利益もそこそこは出ていた。それが、売上高80億円の企業を買収した。いわば、小が大を飲み込む合併で、買収された方の大きな企業は利益が出ていなかった。買収の結果、生まれたのは売上高100億円、利益10億円の会社。これを5年で売上高130億円、利益40億円に育て上げた。

急成長の裏には大胆な施策があった。当然、皆が喜ぶものばかりではない。古い製品を製造中止にしたり、これまで「原料を作り、提供するだけ」だったのが川下戦略を始めたり、同時に過去の同業メーカーとの契約に終止符を打ったりして、取引先の領域にも進出。「かなり嫌われた」し、訴訟まで起こされたが、事業としては結果を出した。これらを、年上の部下をまとめあげながら進めていった。

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Africa Technical Research Centreにて

この時だけでなく、事業目標を達成することへのこだわりは半端ではない。「なぜかぴったり、目標通りの売上・利益になることが多かった」と振り返る。

逆境好きなのかもしれない。農薬を扱う古い業界で「クーポンを配ったりキャンペーンをやったり。今まで人がやっていないことをやって、どういう反応が出るか実験してみたくなるタイプ」と自己分析する。目の前にある課題に正面から取り組みながら、解決のアイデアは自分だけでなく周囲の人からももらって、実行していく。

「チャンスの神様に後ろ髪はない、だから自分の価値観で決める」

その最たるものが1990年代の前半頃に行われた「ゴキブリコンテスト」だ。当時水野が勤務していた米系メーカーは、ゴキブリを捕獲する家庭用の製品を作り、日本メーカーにライセンスを与えていた。新製品を日本市場に紹介するため、効果的な宣伝が必要だった。

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今も「人がやらないこと、話題になるようなことをやりたい」は変わらない

真面目に効能を訴求しようとするライセンス先の日本メーカーに対し、水野たちはPR会社と相談して、全く違うアプローチを考えた。「少ない費用で出来て効果があり、製品の機能を使えるような面白いことをやろう」。PR会社が提案してきたのが「ゴキブリコンテスト」だった。仕組みはシンプルで、捕まえたゴキブリの大きさを競い、一番大きなものからベスト10を決めて1位の人には沖縄旅行をプレゼントする、というものだ。

審査委員には日本衛生学会の会長が就任。日本全国から捕まえたゴキブリが送られてきた。長崎県の五島列島から送られたゴキブリが新種であることが分かり、新品種として登録されるというおまけまでついた。コンテストは大成功だった。今なら、twitterで「#ゴキブリコンテスト」と発信して話題になりそうだ。「人がやらないこと、話題になるようなことをやりたい」と言う通りのことを実行してきた。その他にも、農薬業界では初めての「除草効果をギャランテイー—する」キャンペーンや、流通業者をフランスワールドカップに招待するなど様々な取り組みをした。

「他人の価値観ではなく、自分が面白いと思えること」を大事にしてきた。転職はこれまで3回したが、いずれも相手から請われ、事業内容や課題に魅力を感じて決断している。事業規模や自分の収入増にはあまり関心を持たなかった。

最初の転職では、売上高100億円の企業から20億円の企業へ。勤め先の規模を見てキャリアダウンと感じた人から「なんであそこに行くんですか?」と聞かれたが、水野にためらいはなかった。そこで手がけたプロジェクトのひとつが、前述した様々な新規販促策であり、小が大を飲み込む買収と同時進行での積極的な川下戦略、品目整理であり、結果として前職より規模も利益も大きな企業を作りあげる、経営経験だった。

古い体質の化学業界で、次々に新しいこと、面白いことを仕掛ける水野の名前は、やがて周囲に知れ渡る。その噂を聞いた住友化学の副社長(当時)に、一本釣りされてきたのだった。

住友化学に移る際、周囲からは驚かれた。20年以上も外資で活躍し、役員経験もある。オーソドックスに「キャリアアップ」を考えたら、人材紹介会社に登録し、どこかの企業の経営者として迎えられて報酬大幅増を狙うところだろう。だが、水野はそういうことをしなかった。なぜか。

水野には「チャンスの神様」が見えるからだ。「これはある人から教えてもらったんですけれど、チャンスの神様はそれとわかる魅力的な格好はしていない。むしろ、みすぼらしい。通り過ぎた後、ただ、背中に“チャンスの神様”って書いてあるだけ。けれど、その神様は、前髪が3本しかなく、後ろ髪もないから、あとから分かって掴もうとしても掴めない。大事なのは、自分自身の視点を持って、その魅力を感じ取り、感じたらすぐに前髪を掴めるかどうか、なんです」。水野がそういう判断をしていることは、家族にも明らかなようだ。

「可能性が小さくても、そこに賭けている時の方が、楽しそうに見えるらしいです。『人から見たらそんなに面白くないように見える話でも、あなたが面白いと思っているものをやっている時の方がいいわ。』と女房にも言われます」。

そういう発想で、20余年続いた外資系での仕事を辞め、住友化学に入って新しいビジネスを成功に導いた水野の「次の賭け」はNPO。マラリアのない社会を目指し活動するMalariaNoMoreJapan専務理事に、2012年に就任した。

スーツの足元には真新しい登山靴。「僕はやると決めたら、絶対にやりますから」

MalariaNoMoreはアメリカに本部を置く非営利組織で、マラリア撲滅を目的に2006年に設立された。中心メンバーは、ウォール・ストリート・ジャーナルやニューヨーク・タイムズなどアメリカの一流メディアでジャーナリスト経験者や、企業での豊富なマネジメント経験を持つ者、途上国でのボランティア経験を持つ者など。アメリカ赤十字やビル&メリンダ・ゲイツ財団も支援している。

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「いいね!」1つにつき蚊帳1つをプレゼントする「1 Like for 1 Life」を実施した

前編で記したように、住友化学が開発した防虫蚊帳・オリセット(R)ネットは、糸に練り込んだ殺虫剤の効力が5年間続くこと、熱帯で使いやすい、風通しの良い作りでWHOからも利用を推奨されている。オランダやカナダにも支部を持つ、MalariaNoMoreから「アジアのプラットフォームを作りたいので、イニシアチブを取ってもらえないか」と住友化学に要請があったのは、自然な流れだった。

オリセット(R)ネットに限らず、住友化学はマラリア対策に長年に渡り力を入れており、ハーバード大学の関連セミナーのスポンサーなどをしてきた。ところが、MalariaNoMoreからアジア支部作りの相談を受けたCSR部門では、どんな組織を作ればよいのか、途方に暮れてしまった。それは当然といえば当然で、企業のCSR部門は、本業の強みを生かした社会貢献活動を主に行っており、非営利団体を新たに作るノウハウは、通常は持っていない。

「こういう人を集めたらいいのでは?」。水野がアドバイスすると「誰が声をかければいいのか」という話になり、結局「僕がやろうか」と引き受けることになった。オリセット(R)ネットで水野が培ってきた人脈と実績が生かされ、MalariaNoMoreJapanの理事には、外務省出身の大学関係者、経済同友会の新リーダー、エクソン・モービル・ジャパン社長、住友化学副社長、熱帯の疾患に詳しい研究者やアフリカ開発に携わる若手で、有能な女性企画陣などが名を連ねる。多くは、水野が声をかけた人々だ。

今、力を入れるのは、マラリアへの日本人の関心を喚起すること。Facebookページには最新の活動報告を掲載し、若い世代、現役ビジネスパーソンに情報を提供する。最近は、「いいね!」ひとつにつき、1人分が入れる防虫蚊帳を、現地にプレゼントするキャンペーン「1Likefor1Life」を行った。

現在、水野は58歳。普通に働いていればあと2年で定年退職だ。ところが、その表情は若々しく「定年」とか「リタイア」という言葉は全く似つかわしくない。厳しいビジネスの世界で戦い、成果を上げること四半世紀。「NPOというのは全然分からない世界だけれど、世の中の流れは市民社会に向かっていくと言われている。そこに身を置くことに興味があったんです」。

新しいチャンスの神様をつかまえた水野は今、タンザニア・アルーシャにいる。オリセット(R)ネットを製造するパートナー工場の幹部と会い、病院を訪問しマラリア治療の動向を日々、Facebookで報告する。

水野が前からやってみたかったことのひとつに、キリマンジャロ登山がある。アルーシャの工場に行くたびに空から見えるキリマンジャロに「いつか登りたい」と考えていたが、仕事が忙しく時間を取れなかった。

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有言実行。取材後の9月末、水野は標高5681m、ギルマンズ・ポイントまでの登頂を実現した

「僕はやると決めたら、絶対にやりますから」。東京でもスーツの足元に真新しい登山靴を履いて「その日」に備えていた。そんな水野には、神様の走り去った先にある、マラリアで子どもが死なない世界が確かに見えているようだった。

→解説編はこちら

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