仕事を「能力×思い→表現」で分解してとらえる 

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私は企業の従業員・公務員を対象に「仕事とは何か」「プロフェッショナルとは何か」といったテーマの研修実施を生業としています。こうした働くことの根っこを問う教育は年齢に関係なく必要なもので、新入社員であっても、入社10年目であっても、また管理職クラスであっても、その人それぞれの置かれた状況によっていろいろな気づきや啓発が起こるものです。

私は大学でもいわゆる「キャリアデザイン」(この言葉はどうも手あかが付きすぎてしまい、私は使いたくありませんが)に関する講義を何度かやりました。しかし、働くことの根本を学ぶには大学生のタイミングは遅いと痛感しました。彼らの意識も大学の就職課の意識もあまりに「シューカツ(就活)」に向けられていて、「いかに入るか」というテクニック指南講義でなければ人気が出ないからです。

私が最初のキャリア教育を施すのに一番よいと思っているのは中学生のタイミングです。世の中の仕組みをおおよそ把握できてきますし、労働や職業に関する概念も広がり始めます。また、自分の進学方向が理系か文系かといったことも固まっていません。そして何よりも、「夢を見上げる心」と「現実の自分を(客観的に)見下ろす目」がせめぎ合っている時期だからです。つまり、小学生であれば「僕は香川真司みたいなプロサッカー選手になりたい!」といった単純な憧れ心だけで夢を口にすることができます。しかし、中学生になると現実の自分がだんだん見えてきて、よほどのサッカー少年でないかぎり「プロサッカー選手になる」と口にはしなくなる。高校生にもなると、もはやそんなことを口にしていた自分が恥ずかしくなる、場合によっては、自己を冷笑することさえ起こります。その意味で、高校生は「現実の自分を見下ろす目」が勝ちすぎてくるのです。ただ中学生のころは、まだそこまで自分を見下ろすことはしない。そして夢を描く心も十分残っている。

そんなところから、私はボランティア活動のひとつとして、中学生に向けたキャリア教育プログラムづくりを始めました。きょうは実際にある中学校で行った特別授業の一部を大人の職業人である読者のみなさんに紹介します。そこで伝えたいメッセージは、ある種、普遍的なものであり、社会人にとっても有効なことが流れていると思います。いまのご自身の仕事人生に引き戻して考えていただければ、何かの気づきが得られるのではないでしょうか。

【特別授業】「働くって何だろう!?」を考える

このスライド講義ではまず、基本概念となる「仕事=能力×思い→表現」の説明から入ります。

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実際の仕事の例をあげて、「能力×思い→表現」をイメージしやすくします。

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仕事の理解でさらに大事なことは、表現したもの(=商品・サービス)が人に買ってもらわなければならないことを知ることです。人に役立ち、必要とされ、支持され、購買されてはじめて報酬(ここでは特に金銭的報酬を指しますが)が生み出されることを頭のなかに入れなければなりません。

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子どもはよく親の手伝いをすると小遣いがもらえることを体験しています。このとき大人が留意すべきは、子どもに対し、小遣い(=金銭的報酬)は、何か我慢して労働したときの対価であるという認識に偏らせてはいけないということです。「自分は我慢して働いたのだからお金をもらって当然」と考えるのはあくまで一面であり、利己の視点です。「自分の表現したものが人の益になり、世の中に貢献した。そのとき人や世の中が、お礼の気持ちとして代金を払ってくれる。それがつまり売上になり、給料になる」という、利他からの視点でとらえることを伝えねばなりません。

このことは大人の職業人たちもじゅうぶんに理解すべき点です。私もいろいろな研修現場で、またサラリーマン時代の職場で多くの愚痴に接してきました。「こんなにつまらない仕事に耐えているのに(こんな安い給料か)」とか、「給料が余計にもらえるわけでもなし、そんなストレスが溜まる仕事はしたくないね」とか。もちろん不当に安い賃金で働かされることは否定すべきですが、上のような愚痴をこぼす人は、利己だけの感情で言っている場合が多いものです。自分が行った仕事内容の対外的な価値や貢献を棚に上げておいてお金だけを主張する人が増えてしまうことは、組織にとっても、社会にとってもよい状況ではありません。衰退を招くだけです。それに第一、本人が心の底から動機を湧かせて、溌剌と働けないのが不幸です。

ちなみに、松下幸之助は『実践経営哲学』のなかで、「本質的には利益というものは、企業の使命達成に対する報酬としてこれをみなくてはならない」と言っています。企業は社会のために使命を果たす。そしてその分だけのお金がごほうびとして返ってくる、それが利益だというのです。この考え方は働く個人にもまったく当てはまると思います。というか、そういう解釈で働いたほうが朗らかに健全に仕事人生を送れると思います。

【演習】仕事の分解シート

さて、ここまでの下地の理解をつくっておき、 「仕事分解シート」演習に入ります。

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中学生に向けては、教材として『朝日中学生ウィークリー』の「ジョブなう」という記事を使います。「ジョブなう」の連載はすでに130回を超えていて、毎回さまざまな職業が紹介されます。この記事のよいところは、実際の人物を取材し、その人を通じて職業を見せていく点です。職業内容やその職業に就くための要件はもちろんのこと、その人の生い立ちやその職に就いた背景なども記事に織り込んであります。

生徒たちにはこの記事群のなかから各自が興味をもった職業(記事)を選びます。仕事を「能力・思い・表現」の3要素に分解し、記入したシートをもとに皆の前で発表します。この記事をお読みのみなさんはご自身の仕事を見つめて、分解作業をしてください。

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…さて、いかがだったでしょうか。ご自身のいまの仕事をどう3要素に分解できたでしょうか。この思考作業をさせるプログラムがどんな意図で開発されたかを以下に書きます。

【解説】いかにして働くことの意識を構想すべきか

学童向けキャリア教育のアプローチはさまざまに考えられます。現状そのほとんどは具体的・体験的なアプローチを採用しています。1つひとつの具体的な仕事を見せ、体験させ、それを通じて働くことに関心をもたせるというものです。職業体験、あるいは職業の疑似体験をさせるテーマパークなどは、いろいろに広がっていくことが望まれるものですが、その手のプログラムは子どもに強烈な刺激を与える半面、フィーバー(熱)も冷めやすいものです。

そこで私がとるのは、抽象的・観念的なアプローチです。本プログラムが試みるのは、 「働くことの根っこにある本質を押さえる力を育むこと」です。「仕事=能力×思い→表現」というひな型にそって、千や万もある職業を考えさせるのもその意図のもとだからです。

また新聞記事を教材にして、職業を技術的要件で理解するだけでなく、その職業に就いている人間の気持ちになって、「その人はその仕事を通して、どう世の中に役立っていこうとしているのか」を想像させる訓練をします。その意図は、「すべての働く人には“思い”があるという価値認識の力を養うこと」にあります。働くことを深く理解するには、そうした多面・多義的な咀嚼(そしゃく)が不可欠だからです。

私がキャリア開発研修の現場で感じることは多々あるのですが、ここでは次の2点に触れながら、さらに昨今の「働くことの意識」の問題について書き進めたいと思います。

1点目として、雇用側・被雇用側の双方で、職業が「技術的能力と金銭的報酬の交換である」という考えがますます支配的になっていることです。そのために仕事現場において、雇用側は働き手の技術・知識による成果をもっぱら評価し(つまり企業は全人的にヒトを求めるのではなく、即戦力としての手や頭を欲する)、他方、働き手側は報酬の多寡をもっぱら考える状況が強まっています。就職(転職)においても、求職者はますます、自らの技術・知識をいかに企業の欲するものにマッチングさせていくかという競争になっています。いずれにしても、そこでは働く「思い」(=仕事観、仕事の意義、理念、信条、夢・志、使命観)といったものが脇に放置されています。

確かに就職面接の際には、雇用側も働き手側も「志望動機=なぜそこで働きたいのか」なるものを問い、答えます。しかし、そこでやりとりされる動機の多くは、入社するための方便としていかにその志望先の組織に関心があるかに終始していて、必ずしも「なぜ自分は働くのか?」という根本の問いへの答えにはなっていません。実際、企業研修で、3年、5年、10年と働いてきた社員たちに、「なぜ自分は働くのか・なぜいまのこの仕事なのか」という直球の問いに、多くの受講者は明快に答えることができません。「生計を立てるためには働かねばならないから」と書くのが大半です。この答えは決して間違ってはいませんが、「人はパンのみに生きる存在か?」という問題に対し、真正面から考えるのを避けているように思えます。

とはいえ私が観察するに、「思い」が強力で堅固な人も少なからずいます。そういった人は、「思い」が先行していって、そこで必要になる能力を後付けでどんどん習得していく、また、その「思い」に共感してくれる人たちを巻き込んで事を成し遂げていく、そんな姿で自身の道を拓いています。
私が考えるたくましいキャリア形成というのは、技術や知識を雇用側に神経質にマッチングさせていくものではなく、 「思い」がぐいぐいとキャリアをドライブ(駆動)させていき、それに引きずられる格好で能力と人(同志・支援者・共感者)が付いていくものです。ですから今回、子どもたちが職業をとらえるときに重要視させたかったのが、この「思い」という観点だったのです。

2点目に、私は研修の現場で、大人になっても依然、概念化思考、抽象化思考が苦手で、ものごとの本質がとらえられない、本質に向おうとしない受講者を多くみています。具体的にマニュアル的に指示されなければ動けない働き手が増えていることはこのことと無関係ではありません。なおかつ日本人は情に流されやすい性質(たち)です。こうした2つの要素が掛け合わさると、日々起こってくる末端の出来事に感情レベルで反応するしかない、結果的に疲れる生き方になります。
結局、仕事においても、その配属された部署が好きか嫌いか、任された担当業務に対し気分が乗るか乗らないか、上司とは気が合うか合わないか、といった都度都度の感情で右往左往する状況になりがちです。モチベーション(動機)が表層の感情から起こっているので、仕事に向かう姿勢が安定しないのです。そして何か成功マニュアル・処世術の類のものに頼ろうとしてしまう。

しっかりと自分を持っている人は、配属された部署の役割は何か、自分が任された業務の肝は何か、職場の人間関係づくりで大事なことは何か、といった本質的なことをつかもうとします。そしてそのつかみとった本質を軸にして、自分をどう生かしていけばよいか、与えられた環境をどう活用していくか、といった意識で働こうとします。モチベーションの源泉が本質的な奥のところに置かれているので、強く安定しています。

「自律的な人財」ということがよく言われますが、まさに自分がつかみとった本質を軸(=律)にして、ぶれない判断をして能動的に振る舞えるのが自律的ということです。自律の「律」とは、規範やルールということです。自分の内に規範やルールを設けるためには、正しいとは何か、善いとは何か、美しいとは何か、といった本質的な価値を抽象していく能力が欠かせません。だからこそ、抽象化思考は訓練されなければならないのです。

以上、研修現場で感じ取る2点から、大人にしても学童にしても、なぜ「働くこと」の根っこの意識をきちんとつくることが大事かを述べました。本記事で紹介した、仕事を「能力・思い・表現」で分解するワークも、自分の意識を根っこのほうに下げていく作業のひとつです。

私は受講した生徒たちに「家に帰ったらお父さん、お母さんに、ねぇ、いまやってる仕事ではどんな能力が必要?お父さんはどんな思いで仕事をやってるの?お母さんの表現したものはどれだけお客さんにすごーいって言われてるの?ときいてみてください」と言いました。さて、もしあなたが自分の子どもから、こう質問されたらどう答えるでしょうか───。

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