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能力軸の罠—未開発能力の存在を越える

投稿日:2013/04/25更新日:2021/10/26

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前回のコラムでは、セブン銀行の安斎隆会長のインタビューをお届けしました。セブン銀行はコンビニエンスストアにATMを置くことを通じ顧客利便性を大いに高めました。しかし、全国にわたり定着したこのサービスは、導入当初、多くの人から「うまくいくはずがない」と言われていたのだそうです。けれど安斎会長らはそのような声には負けず、「常識に囚われず、“信用、利便性、安心”というお客様の基本ニーズに立ち返り意思決定する」という信念に軸を置き続けられました。その期間は、90年代初頭のATM検討プロジェクトの始動からセブン銀行としての船出、さらに事業が軌道に乗るまでも勘案すると実に10余年。その長期的な視座と粘り強さに感服させられます。また事業の具現化にあたり、既存小売事業のスタッフのみで推進するのでなく、広く金融機関、システム会社、警備会社等の外部プレイヤーを巻き込み、多様な顔ぶれで課題解決していったことも特筆に値するでしょう。

前々回のコラムで私は、多くの組織、個人が「未開発能力の存在—能力軸の罠」、「短期目線の圧力—時間軸の罠」、「末端化の落とし穴—空間軸の罠」という三つの罠により、いわゆる「サイロ化」とも呼べる現象に陥ってしまい、イノベーションの基点にも立てなくなってしまっていると指摘しました。翻って、このセブン銀行の事例は、常識に囚われない発想に基づき、長期目線で、多様性に富んだメンバーとの議論によってクリエイティビティを引き出しイノベーションを実現したという意味で、サイロ化を乗り越えるに必要となる示唆に満ちた好事例と捉えられると思います。

さて、今回からは、その三つの罠を乗り越えるために具体的に何をすべきなのか、という点を論じていきたいと思います。まず論じたいのは、「未開発能力の存在—能力軸の罠」についてです。具体的には、「論理的思考」のある意味では対極に位置する「新たな価値を生み出す発想力(=クリエイティビティ)」を導く思考プロセスについて紹介していきます。

新しいことを発想するのは天才だけの仕事ではない

「新たな価値を生み出す発想力」などと言うと我々の多くは、「そのような、常識に囚われず全く新しいことを発想する力は天才だけに宿るもの」という認識を持ち、開発できる能力ではないと考えてしまいがちです。スティーブ・ジョブズやリチャード・ブランソン、最近ではマーク・ザッカーバーグのような天才的存在だけが新しいことを生み出せる、と。しかし本当にそうでしょうか。

本田技研工業の三代目社長である久米是志は、本田宗一郎がホンダの第一線から引いた際に「お前たちは凡人の集まりでしかないが、皆それぞれ何か一つぐらいは取り柄というものがあるだろう、それを束ねて天才を凌ぐような仕事の仕方をしてほしい」という指示があった、と自著で語っています(『「ひらめき」の設計図』(小学館))。

常識に囚われず新しい価値を発想するということは決して天才だけの仕事ではありません。その後の本田技研が、ヒト型ロボットの「ASIMO」や、小型ビジネスジェット機の「HondaJet」等、革新的な製品を出し続けていることは、仕事の仕方の工夫をすれば我々凡人にもクリエイティビティが宿るということの一つの証左となるのではないでしょうか。前回コラムのセブン銀行の事例にしても、一人の天才が発案したビジネスモデルというわけでは決してありませんでした。

では我々が、こと発想力やクリエイティビティに話が及ぶと、何とはなしに苦手意識を抱くのはなぜなのでしょうか。私は一つには、発想よりも記憶を重視してきた、詰め込み型の日本の学校教育に起因するのではないかと思っています。それは、一つの正解を探すということを重視した偏差値重視型の教育であり、発想を豊かにする、常識を打ち破るような発想を奨励するということの対極にありました。

このやり方は、第二次世界大戦後、日本の経済成長を支えた大量生産型のビジネスを推進する上では非常に効果的でした。なぜならば大きなシステムを回す中においては、システムを動かす仕組みを記憶し、的確にそのシステムの一部として問題を起こすことなく動くことが問われるからです。その結果として、残念ながら、豊かに物事を発想したり、常識を打ち破るような行動を取ったりというのはシステムの効率性を悪化させるため、敬遠されたのではないか——。

しかし、時代は大きく変容しました。インターネットが普及し、グローバルに世界がつながる時代となりました。これまでの仕組みやシステムを超え、人は動き、コミュニケーションをしています。今の時代は、システムを上手く動かせる人以上に、既存の枠組みや常識に囚われず、システムそのものを発想し、創り出せる人が求められてきています。

では、既存の発想を越えて、新たな発想をするためにはどうすればよいのでしょうか。ここではその一つの方法論として、「ルールブレイク・シンキング」と名付けた思考プロセスをご紹介したいと思います。

固定概念に縛られていると認識するのが、ルールブレイク・シンキングの基点

「ルールブレイク・シンキング」を体得するには、まず、我々は知らず知らずの間に「見えないルール(固定概念・常識)に縛られていることを知る」のが基点となります。習慣行動に囚われるのは人の常ですから、その習慣や日常の慣性を明確に認識し、打破していくプロセス(以下の図を参照)を身につけていくことが必要です。

ルールブレイク・シンキングのプロセス

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我々ビジネスパーソンは環境に少なからず影響を受けて仕事をしています。そして、知らず知らずに既存のやり方や会社の常識、業界の慣習に染まってしまっているのが実態です。既存のやり方というのはこれまでの成功パターンから生み出された社員の行動・思考特性です。それがあるから過去は勝ててきたのですが、環境が変われば既存のやり方を変えなければなりません。しかしながら、この過去の成功パターンによってもたらされた思考はなかなか変えることができません。そして、気がつくと見えないルール(固定概念や業界・会社の常識)に染まってしまうのです。

暗黙知という言葉がありますが、悪い暗黙知から悪影響を受けているものの、その状況に気がつくことができないケースはよくあります。会社を変革させたいけれどもできない場合、少なからずこの悪い暗黙知に影響されているものです。

イノベーションという概念を世に提示した経済学者ヨーゼフ・シュンペーターは「旧いものは概して自分自身のなかから新しい大躍進を行う力を持たない」(『経済発展の理論』岩波文庫)と記しました。この言葉も、いかに既存のルールの力が強いか、ということを暗示していると言えます。まずは、そういう状況に自らが陥っている可能性があるという認識を持ち、何らかのルールに縛られていることを知りましょう。

続く第2ステップは、自らが縛られている「ルールを見つける」です。

ルールを見つけるためには、今の状態に対して疑問を持ち、敢えて問いを立ててみることが必要です。例えばセブン銀行のコンセプトを検討する際、彼らが“素人質問”で「平日と土日でATM利用料はなぜ違うのですか?」と銀行関係者に疑問を投げかけたように、素人の視点で現状を見つめなおしてみることにヒントがあります。素人の視点というのは言葉を換えればお客様の視点です。お客様の視点から物事を考え直すことで、たとえば提供者側の論理という見えないルールに縛られていることを認識できるようになります。

トヨタ自動車に代表される製造業で謳われている現地現物や現場現物現実の三現主義等は、一次情報に触れることの重要さを我々に教えてくれます。トヨタ生産方式を確立した大野耐一をはじめとした日本のビジネス界の偉人は繰り返し現場の大切さを強調しています。

リアルな現実に触れることで自分達の提供しているモノやプロセスが単に過去のやり方に縛られているだけであることに気付くことができます。現場には鮮度の高い今求められることや、まだ人には発見されていないユニークな情報が存在しています。そのような情報を掴まえられるかが新たな着想を得るためには極めて重要なステップです。

私が責任者を務めるグロービス・コーポレート・エデュケーション部門のクライアントとのプロジェクトの中でも、実際にデプス・インタビューをしてもらい、そこからのインサイト(潜在的ニーズ)から新たな発想を得てもらうことを実践しています。某小売のプロジェクトでは、以前は来店いただいていたが最近はめっきり来店してくれない顧客に実際にデプス・インタビューをしてもらいました。さらにそういったお客様が訪れている競合のお店に行ってみる。そのような活動を通じて、従来のやり方(見えないルール)に縛られている状況の問題点が見え、そこから新たな発想をしていくことにつながりました。

そして、そのようなプロセスで自らが縛られているルールを見つけたら、第3ステップ「根本の目的を再確認する」に進みます。

例えば、10分1000円のヘアカット専門店「QBハウス」を例に考えてみましょう。理髪店の多くは、マッサージをする、シャンプーをする、金額は4000-6000円等という固定化されたルールを持っていました。QBハウスはそのルールを認識した上で、そもそもの根本の目的を考えます。お客様に応えるべきこと、すなわち根本の目的は“髪を切りたい”というお客様の欲求を満たすこと。その根本の目的を実現するために既存のルールを破って、マッサージもなし、シャンプーもなし、価格は1000円、10分で切る、という新たな価値を考え実行し、業界に風穴を開けていきました。

また、成長著しいライフネット生命。彼らはインターネットで生命保険を売るという新しい流れを創り出しましたが、業界では「生命保険は人が直接介在しないと売れない」という暗黙のルールが存在していました。出口社長と岩瀬副社長はそのルールを理解した上で生命保険の根本の目的は「人の生死に関して一定額の保険金を払い、もしくは障害、疾病、介護保険等で定期給付を行うもの」であり、売り方に縛られる必要はないと捉え、人的セールスを置かずにインターネットのみで生命保険を販売しても売れるはずと考えました。実際に現地現物現実で生命保険の売れ方を調査してみると、保険会社のホームページ経由や郵便・電話等のダイレクトチャネルで売れているケースが18%近く存在している事実をつかみ、「人が直接介在しないと売れない」というルールは形骸化していることへの確信を掴んでいきました。

ルールを破って考える。鍵は拡散思考と統合思考

このように根本の目的に立ち返ることで、発想を拡げることが可能になります。そして、4つめのステップが「ルールを破って考えてみる」です。そのための鍵は「拡散思考」と「統合思考」です。

ルールを破るようなアイディアというのは論理的に深く掘り下げていくことでは思いつきません。それよりも、ルールを破る可能性が少しでもあると思われるアイディアをたくさん出すことからスタートさせていくことが効果的です。一つのアイディアから連想することでさらに別の多くの発想を得ようと考えていくような思考モードです。キークエスチョンは「他には?」「もっと面白いことはないか?」「連想できることはないか?」など。ルールを破るようなアイディアを考え出すためには、まずは拡散思考で制約条件や前提に囚われずに広くアイディアを出すことが遠回りのようで近道なのです。

拡散思考を引き出すのに、よく知られた手法の一つがブレインストーミング(“ブレスト”)です。ブレインストーミングとは集団で多数のアイディアを出し、連想を拡げることで新たな発想を生み出すことを目的にした会議手法です。ただし、日本企業でよくありがちなシーンは、ブレストをやりましょうと言いつつ、結局上司の顔色をうかがいながらやってしまうという状態です。ブレストを主催する人は、「判断・結論を下さない」、「奇抜な考えを歓迎する」、「質より量」、「アイディアを結合・発展させる」という4原則を常に留意したいところです。

そして、たくさんのアイディアが出た段階で「統合思考」にモードチェンジをすると効果的です。シュンペーターは「イノベーションの実行者を企業者(アントレプレナー:entrepreneur)と呼び、企業者は、一定のルーチンをこなすだけの経営管理者ではなく、要素を全く新たな組み合わせで結合し(新結合)、新たなビジネスを創造する」(『経済発展の理論』(岩波文庫))と述べていると以前コラムで書きましたが、新結合を見い出すためには拡散だけではなく、統合思考が不可欠です。

統合思考についての研究者の一人であるトロント大学ビジネススクール学長ロジャー・マーティンは、統合思考(インテグレーティブ・シンキング)とは「相反する二つの考えを同時に保持し、対比させ、二者択一を避けて、両者の良さを取り入れつつ、両者を上回る新しい解決策に導くプロセス意味する」と定義付けています。

つまり、統合思考とは、拡散思考で出てきた様々な要素に目を向けた上で、「全体的に」、「俯瞰的に」見つめてみる。そして、それらの要素のうち、一見関係ないけれども重要な要素を二者択一ではなく、上手く組み合わせ統合的にとらえることで新たな価値を発想することと考えることができます。

ソニー、ウォルト・ディズニー、アップル等で活躍した前刀禎明氏は著書『僕は、だれの真似もしない』(アスコム)において、日本企業の低迷について「技術を保有していても、それを集めて、誰にでもわかる形での新しい価値を創り出すことができない。現実から未来像を見つけることができない。もう技術だけがあってもダメなのです。統合する力、再発明、再定義する力がなければならない」と語っています。統合思考の大切さを物語る言葉です。

統合思考の視点から見てユニークな事例として東京ガールズコレクションを挙げることができます。通常のファッションショーは、ショーではその年のコレクションを眺めるだけで終わります。しかし、東京ガールズコレクションでは、携帯電話やスマートフォンと連動させ、リアルタイムにモデルが来ている服や雑貨を購入することができます。会場にはファッション関係者よりも普通の女の子がチケットを購入して多数来場します。そしてイベントそのものを発信することで、ブランド価値も高まっていきます。ファッションショーと販売を携帯やスマホというツールを軸に統合することで新しいファッションイベントと販売の仕組みが生まれたわけです。

このようにして、既存のルールを破り、新しい価値を発想することができたら、最後のステップである「実行する」プロセスに入ります。ただ、その際に大切なことは、「実験し、検証するマインドを持つ」ということです。

セブン銀行を思い出してみましょう。彼らはいきなりセブン銀行を立ち上げたのではなく、会社設立の数年前に長野県の店舗で実験的にATMを出して検証しています。前述の本田技研工業三代目社長久米是志は著書で本田宗一郎の「やってみもせんで、なにがわかる!」という言葉を引用し、「やって=行動して、みて=その結果を検討して」みることの大切さを強調しています。実行時には、実験し検証するというマインドを持つことが成功確率を上げていくことにつながっていきます。

*         *         *

さて、三つの罠の一つは未開発能力の存在と指摘してきましたが、それを乗り越えるためにはここまでご紹介してきたルールブレイク・シンキングのプロセスを身につけることが非常に重要です。

しかし、こうした、前提や常識に囚われず、幅広くアイディアを考え、統合的に新結合を発想する力は、十分に開発をしてこなかったというのが、残念ながら多くの組織や個人の実情でしょう。

サイロ化現象を乗り越えるためにもまずはルールブレイク・シンキング・プロセスを使いこなし、新しい価値を発想できる人材が増えていくことが大切です。でも、それだけでは足りません。まだ、残る二つの罠が存在します。その点は次回以降のコラムで書いていきたいと思います。

(第6回「空間軸の罠—末端化の落とし穴を超える」はこちら)

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