クリエイティビティを阻害する3つの罠とは 

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前回のコラムでは、「イノベーション」とは何かということ、そして、イノベーションを生み出すためには「新たな価値を生み出すための発想力(=クリエイティビティ)」が重要であるということ、を述べました。

ではクリエイティビティは、いかにすれば組織内で効果的に発揮されるのか——。本来、クリエイティビティは我々人間に備わっているものですが、残念ながら、その発露を阻害するような動きを組織として行ってしまっているケースが散見されます。グロービス経営大学院での私の担当科目「クリエイティビティと組織マネジメント」においても、その片鱗は伺い知れます。受講者の多くは30代、40代のビジネスパーソンですが、そのほとんどが議論する中で、知らず知らずのうちにクリエイティビティを抑制している自身に気付き、驚くのです。

今回のコラムでは、こうした、我々個人や組織が知らず知らずのうちに抱えている「クリエイティビティを抑制する罠」について具体的に掘り下げていきたいと思います。

クリエイティビティを抑制する、サイロ化現象

罠について論ずる前に、改めて「新たな価値を生み出すための発想力(クリエイティビティ)」を高めるために押えておきたい大切な視点を再確認したいと思います。

前回のコラムでシュンペーターの“新結合”について言及しました。曰く、イノベーションは「いくつかの要素を全く新たな組み合わせで結合(“新結合”)し、新たなビジネスを創り出す」ことで生み出されていくということです。ビジネスの領域ではないですが、ニュートンはリンゴが落ちる、という出来事と、地球・月の動きという全く違う事象を組み合わせて、万有引力の法則を割り出しました。そして、この法則が基点となり、様々な技術転用が行われ、我々人類の生活が飛躍的に変化してきました。まさにイノベーションを牽引する種となったのです。

ニュートンのような天才的な着眼までいかずとも、ビジネスにおいて、イノベーションにつながる新たな価値を発想するためには、様々な事象について幅広い視野で捉えた上で、人が気付いていない新しいつながりを見出していくことが求められます。

しかしながら、現在の多くの組織はそれがしにくい環境にあります。その元凶がいわゆる「サイロ化現象」です。サイロとは農産物や家畜の飼料を貯蔵・保管するための貯蔵庫。穀物等の腐食を防ぐために気密性が高い貯蔵庫ですが、そこから転じて、小さな枠の中、つまり既存の世界から出ようとしない様をサイロ化現象と呼びます。サイロ化現象に陥れば、当然、視野狭窄となり、ニュートンのような領域や規模感を越えたユニークな“新結合”を発想することは期待できません。

なお、ここで言うサイロは物理的な行動半径のみを指すものではありません。私は、現行のビジネス環境には、時間軸、空間軸、そして、能力軸から人や組織をサイロにはまりやすくさせていく罠があると考えています(下の図を参照)。以下、詳説していきましょう。

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能力軸の罠—未開発能力の存在

一つ目の罠は、「未開発能力の存在」です。具体的には、論理的思考は強化してきたが、新たな価値を生み出す発想力(=クリエイティビティ)を鍛えることを怠ってきたということです。

今、書店に行きますと、「論理的思考」や「ロジカルコミュニケーション」等の論理思考分野の書籍が多数並んでいます。私の責任範囲の一つであるコーポレート・エデュケーション部門においてクライアント向けに提供する研修の中でも、最も人気のあるクラスの一つが「クリティカル・シンキング」です。このプログラムは論理的な問題解決、そして、ロジカルなコミュニケーション力を強化していくことを目的にしています。私自身も多数の研修等で論理思考強化を目的にした研修の講師を担当してきましたので、論理思考の重要性を否定するものではありません。

しかしながら、論理思考だけで思考能力の強化ができた、と考えるのは時期尚早です。なぜならば、論理思考は物事をより細かく、より詳しく、より正確に分解しながら思考していく傾向があります。もちろん、近代科学はこの論理的思考や合理的思考によって進歩がもたらされたのは間違いありませんし、ビジネスにおいて効率的にアウトプットを創りやすいということも言えると思います。

ただし、気をつけなければならないのは、この思考法の細分化、専門化の結果による視野の狭さという課題です。前述のシュンペーターが述べているような“新結合”を実現するためには、細分化、専門化させるだけではなく、様々な要素に目を向けた上で、それらの要素を全体的に見つめ、ユニークなつながりが生み出せないか、ということを発想するような思考モードが欠かせません。このようなクリエイティビティに該当するような領域の能力を本格的に開発するということが不十分であったのがここまでの日本企業の特徴ではないかと考えています。

空間軸の罠—末端化の落とし穴

二つ目の罠は、「末端化の落とし穴」です。

私の部門の仲間は元々、日本を代表する大手電機メーカーに勤務していました。彼が所属していたオーディオの事業は多様なニーズに応えるため、セグメント毎に対応した6つの事業部に分化していったそうです。そんな中、一人ひとりは懸命に仕事をしていたそうですが、懸命に働けば働くほど末端の部分へのこだわりばかりが強化されていったそうです。そして、各事業部の枠を超えた発想はできず、ますますミクロ思考に陥ってしまったと言います。その結果、個々の顧客セグメントを超えた、顧客ニーズの根底の大きな変化を捉えられなくなり、残念ながらアップルが生み出したiPodのような新たな製品カテゴリーを創造するチャンスを見逃していってしまっていたのが実態だったそうです。

事業部ごと、機能ごとの末端の中に入り込んでしまい、その末端から出られなくなり世の中のニーズの変化へのアンテナを失っていき、新しいことを発想する力を失っていってしまった典型的な事例でしょう。

視野を広く捉えれば、我々を取り巻く環境は大きく変動しています。たとえば、グローバル化が進む中で国際分業が進んでいます。その中で、従来のバリューチェーンを再構築することが求められているのが多くの会社の実情でしょう。製造業におけるEMS(Electronics Manufacturing Service、製造専門会社)や、製薬業界におけるバイオ医薬品開発専門会社のようにバリューチェーンの一部が強いプレイヤーが現れています。

また、技術の変化も目覚ましい。インターネット、クラウドコンピューティングの進展によりボーダレスに大量の情報が流れています。ソーシャル・ネットワーク・サービス等によって企業等の所属組織の垣根を超えて繋がれる環境も整ってきました。社会を見ると、人口動態の変化(先進国は人口停滞、開発国は人口増加)は著しく、これまでのビジネスのやり方、優先順位を変える必要性はますます強まっています。

このような変化を考えると、末端にとどまるリスクはますます大きくなっていることが身にしみてきます。

時間軸の罠—短期目線の圧力

三つめの罠は、「短期目線の圧力」です。

ホンダにおいて世界で初めてエアバックを開発した小林三郎氏は自著『ホンダ イノベーションの神髄——独創的な製品はこうつくる』(日経BP社)の中で「イノベーションをおこすための期間は10-16年」と述べています。エアバックのような革命的なイノベーションまでいかずとも、既存の発想ややり方を超えて、より優れたモノやサービス、仕組みを生み出し、社会に定着させていこう、となると1週間や1カ月、四半期というような短い時間での実現は難しいはずです。

しかしながら、多くの会社で成果主義が導入され、また株主資本主義によりシェアホルダーからの圧力も強まる中、社員の視点がどうしても短期目線に陥りがちになっています。5年10年という中長期のスパンでモノを考えるのではなく1カ月や3カ月、場合によっては1週間という単位だけでモノを考えてしまいます。結果として、既存の商材の改良や販促強化など短期に一定程度の成果を上げられる発想に社員の目が寄りがちとなっていくことは容易に想像がつくところでしょう。

短期の定量的な目標ばかりに意識がいってしまうと、事業の本質的な目的に対する意識も希薄化していきます。目標を追いかけるという営みは事業を継続させるという点においてはとても大切である一方で、短期の数値目標に追われ思考停止状態になりがちというリスクがあります。

会社として「お客様に新たな価値を創り出す」というような理念を掲げていたとしても、中期的に見て新たな可能性が開けるような領域へのチャレンジへの優先順位が残念ながら下がってしまうという実態を観たことがある方も多いでしょう。短期目線に負けて理念が額縁に書かれただけの状態になってしまうことを、「Short-termism」という新たな造語で語る人も出てきています。

さて、ここまで、能力軸:未開発能力の存在、空間軸:末端化の落とし穴、時間軸:短期目線の圧力、という三つの観点から、なぜサイロ化現象が進んでしまっているのか、ということを説明してきました。

このサイロ化現象にはまってしまうと、新たなことを考えていくエネルギーも減退し、硬直化した組織・個人になってしまいます。そして、既存のやり方や過去の成功パターンに安住したまま、変化を創り出せず停滞していってしまいます。このような状況に陥っている昨今の日本企業について、知識経営の父として知られる経営学者・野中郁次郎氏は「日本的な経営が完全なものではなかったことも事実だ。(中略)現実の変化を直視せず目をそむけ、頑迷なまでに既存のルールを墨守し、周囲や世界から孤立し、自身も思考停止状態に陥る硬直性が同居している」(『ビジネスモデル・イノベーション—知を価値に転換する賢慮の戦略論』東洋経済新報社)と看破しています。

我々は、サイロ化現象が生み出す硬直性を乗り越えるためにも、能力軸、空間軸、時間軸における罠の存在をしっかりと認識した上で、どうすればその罠を乗り越えることができるのか、ということに向きあわなければならないのです。

次回はいよいよ、その乗り越え方について語っていきたいと思います。

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