『悟りエクスペリエンス』最大化による社員価値経営 

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企業の目的とは何か?—利益を生むこと。

この古典的なやり取りにつきまとう違和感に、ダライ・ラマ14世が絶妙な例えで答えています。「ビジネスの役割は収益をあげることだと言うのは、人間の役割は食事や呼吸をすることだと言うのと同じくらい無意味です。損失を出す会社と同様、食事をとらない人間は死を迎えます。だからといって、人生の目的は食べることだということにはなりません」(『ダライ・ラマのビジネス入門「お金」も「こころ」もつかむ智慧!』ダライ・ラマ14世、L・D・V・ムイゼンバーグ・著)。

ではあらためて、企業の目的とは何か?ドラッカーはそれを「顧客の創造」と定義しました。これはこれで人の感性に訴える素敵な定義ですが、私はあえて「悟りエクスペリエンスの創造」と定義してみたいと思います。

企業がもたらすinvaluableな価値を最大享受するのは社員

企業経営において「価値創造」が強調され始めてから久しいですが、この「価値」にはどのようなものがあるでしょうか。「顧客価値」「株主価値」、そして「社員価値」の3つに大別し、見てみましょう。

まず、顧客価値。企業が提供するプロダクトやサービスの価値を決める主体として顧客があり、彼らの満足の度合いによって価値が評価されます。顧客価値は、モノや情報を通じて顧客に届けられる価値です。一部の書籍や映画など質の高い芸術作品は別として、基本的に届ける相手を「消費者」と想定して開発されたモノや情報から得られる顧客価値は、無論、精神的な満足も生じつつも、一義的には企業の利益に金銭的に結びつくvaluable(価格を有する)なものであって、invaluable(評価できないほどの、非常に貴重な)であることまでは望めないでしょう。

次に、株主価値。その企業が現在そして将来どれだけの富を生み出すか、企業体の経済的価値を決める主体として、株主が存在しています。もちろん、人によっては企業のビジョンや理念に対する共感や期待もこめて投資をしますので、そこには経済合理性だけではない説明のつかない価値判断も反映されます。とはいえ、どんなに理念がinvaluableだからといって、株主価値がvaluableでない企業に対して投資することはないでしょう。

そして、社員価値。プロダクトやサービスの価値を決める主体としての顧客、企業体の価値を決める主体としての株主が重視されることは多くとも、その企業で働く価値を判断する主体としての社員という存在が注目されるようになったのは、ごく最近のことです。それとて未だ、「社員が働きやすい環境を整える」といった、企業活動の周縁事項としてケアされる程度にすぎません。しかし、私はこの「社員価値」こそが企業が真価を発揮する場所ではないかと思っています。なぜなら企業体の活動において、そこで働く人たちこそが、その企業という場がもたらすinvaluableな価値を最大限に享受できる可能性があるからです。

誰の心にも菩提心がある

仏教の視点からすれば、人が人生で求めるべきは唯ひとつ、「菩提=悟り」です。それは、あらかじめお膳立てされたプロダクトやサービスとして、手っ取り早くお金で買って消費できるようなvaluableな価値ではありません。道元禅師が「仏道を習ふというは、自己を習ふなり、自己を習ふというは自己を忘るるなり、自己を忘るるというは、万法に証せられる」と言ったように、悟りとは経験であり、究極のinvaluableな価値です。

悟りというと大げさに聞こえるかもしれませんが、大いなる気づきを得ることは、人がいつでも心の底で求めているものではないでしょうか。神話学者のジョーゼフ・キャンベルが言うところの、「人は生きているというエクスペリエンスを求めている」のです。仕事においても、人は「良い給料をもらう」とか「出世して社会的評価を得る」などという報酬や成果のためだけに働くわけではありません。むしろ、「生きがい」「やりがい」といったinvaluableな経験を求めて働く人のほうが多いはずです。

実は、企業が生み出す価値について、この「悟りエクスペリエンス」を軸に考えるならば、その最も大きな恩恵を受け取ることができるのはその組織で働く人です。いかなる企業であれ、その人の全身全霊を投じて「生きているというエクスペリエンス」を得ることができる立場にあるのは、顧客や株主ではなく経営者や社員です。

そう考えると、昨今の経営戦略論で「ストーリー」が注目されていることも納得できます。経営者が夢やビジョンを語り、一人ひとりの社員が「生きているというエクスペリエンス」を全開にして共にストーリーを作り上げていく。アップル、グーグル、ホンダなど、ストーリーのある企業が生みだすプロダクトやサービスを手にするとき、私たちにはユーザー・エクスペリエンスだけでなく、その会社の経営者や社員の「悟りエクスペリエンス」もお裾分けしてもらっているのではないでしょうか。プロダクトやサービスを購入する顧客にも、心の底には菩提心、悟りを求める心があるのです。

最近では、株主への経済的な利益還元に過度に傾倒したいわゆる米国的な経営への反省などから、企業利益の追求ではなく、社会問題の解決を第一義に掲げ活動する「社会起業家」も増えていますが、「悟りエクスペリエンスの創造」はこうした社会起業的な価値創造とも親和性が高いでしょう。日本的経営という文脈においては、近江商人から受け継がれる「三方よし」に帰着したとも言えるかもしれません。

実に、仏教的な世界観は「衆生の利益(りやく)」を志す社会起業家にとっても、大きな価値観の基盤となり得る可能性を秘めているのです。

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